93 姫様直属の特命官たち
この部屋に入るまでは、次に会ったら盛大に文句を言ってやろうと思っていたし、いろいろと問い質してやろうとも思っていた。
だが、風精霊と話したことで、その気は失せたし、なんなら感謝するしかないと思っている。
なので、入室してきた相手に、素直に感謝の言葉を伝える。
「王女殿下、フェルミンさん、今回はいろいろとご尽力頂きありがとうございました。これでようやく、村に戻ることができます」
「なぁに、ハルキ、そんなに畏まっちゃってぇ、どうしたのぉ?」
そりゃ、王女さまの前なんだから、畏まっても当然だと思うけど……
その視線に気付いたのか、王女さまは自分の格好を確認し、何かに納得したように小さくうなずく。
「フェルミン。着替えますから、手伝って下さいな」
そう言うと、おもむろに服を脱ぎ始めた。
いやまあ、王族なら、侍女やらなにやらと常に周囲に人がいるだろうし、あまり気にならないのかも知れないけど、ここに俺がいる。
さりげなく背中を向ける。
「サンディー」
そのひと言で、俺が何を言いたいのか分かったのだろう。
王女さまの方へと向かい、着替えを手伝い始める。
メイプルは、まあ……、手伝わせないほうが無難だろう。
『ところで、メイプル。クロエたちのほうは大丈夫か?』
『はい。事前に把握していた五名に、新しく判明した二名。そろそろ頃合いかと思いますが、よろしいですか?』
学院に紛れ込んでいる、サンクジェヌス帝国の息がかかった者たち。
だけど、潜んでいるのは学院の中だけではない。
『せめて王都の中ぐらいは、キレイにしておきたかったけど大変だろうし……』
『でしたら、このまま王都の中も調べて、出立の日にでも、そのリストをフェルミンさんに渡しましょうか?』
『それがいいかな。でも、無理する必要はないから。せっかく王都にいるんだから、クロエたちにも楽しんでもらわないと』
『そう……ですね。分かりました。すでに軽率に動く相手は狩り尽くされてますし、今残っているのは潜入に長けた者たち。そこに手を伸ばせば、まだ見つかってない敵が警戒して、余計に見つけにくくなりますからね』
『ああ、そうだな』
『では、そのリストをフェルミンさんへの置き土産にして、後の処置をお願いすることにしますね』
そこまで深く考えていたわけではなかったけど、それでいいだろう。
お土産というよりも厄介事を押し付ける形になるが、王都の人たちが上手くやってくれるだろう。
そのフェルミンさんの声が聞こえてくる。
「ハルキ~、もうこっちを向いても平気よぉ」
そこには、フェルデマリー王女、改め、宮廷魔導術士のマリーさんがいた。
やはり、こちらの姿のほうが落ち着く。
「ハルキってば、真面目ねぇ。王女さまの着替えなんて滅多に見られないんだからぁ、この機会に、しっかり見せてもらえば良かったのに~」
「ちょっ、フェルミンさん? な、何を言って……」
マリーさんの着替えは、ケットシーハウスで何度も見かけている。
フェルミンさんもだが、もはや、目の前で着替え始めても、妹たちと同じような感覚で接するようにしている。
だが、王女さまの着替えとなれば話が変わる。
もちろん、言葉が変わるだけで人は同じなのだが、背徳感が洒落にならない。
「マリーさん、魔導術士の姿になって良かったんですか? 門番に怪しまれたりしませんか?」
「ですから、来た時の姿に戻ったのですわ」
「それ……逆に、王女さまはどこから来たのかって話になりそうですけど……」
「内緒ですけど、王宮と通路でつながっておりますので、心配いりませんわよ」
「あー、今の話、俺は聞かなかったことにしますね」
そんな重要機密をさらっと話すとか……
いや、俺がモノを知らないだけで、周知の事実だったりするのだろうか。いや、だったら内緒とは言わないだろう。
「これでワタクシたちは、晴れて仲間。フェルデマリー姫の忠実な手下ですわよ」
「ワタクシたちって……俺も?」
「当然ですわ。王様も仰ってましたでしょ? 貴方の処遇は姫さまに一任していると。宮廷魔導術士マリー、宮廷召喚術士フェルミン、聖法騎士ガイゼル、それに新たに加わった、宮廷召喚術士ハルキ、この四人が姫さまの剣にして盾ですわ」
姫様直属の特命官ってことなのでしょう……と、メイプルから補足が入る。
「わかりました。けど俺は、田舎で領主をしながら作物を育てていればいいんですよね? そりゃまあ、非常事態とかなら別でしょうけど……」
「ええ、もちろんそれで構いませんわよ。今回のことで、帝国付近の領地にも目を光らす必要性が出てまいりましたから。ディッケスとその周辺が富み栄え、王国への忠誠が揺るがぬ地となれば、それだけで王国の益となりますわ」
「……そういう言われ方をすると、何だかすごく重要な任務に聞こえますけど」
「もちろん、国防が関わることですから重要ですわ。ですから、ハルキたちには期待しておりますわよ」
なるほど。メイプルの言った通りだ。
俺の出世には、王国の思惑があると言われたが、これもその一端なのだろう。
ディッケスは、王国にとっては辺境の地だが、帝国領に近い。
その帝国は、今回の件で、王国の領土を奪うつもりなのだとはっきり分かった。
だから、その地を信頼できる者に預け、周辺の監視を強めたいのだろう。
俺の希望を叶える代わりに、領主として領地や領民を護り、周辺地域を監視して、自らの手で平和や幸せをつかみ取れ……ってことなのかも知れない。
「そういえば、フェルミンさんって、王様の前でもあんな調子なんですか? よく怒られませんね。見ていて、ひやひやしましたよ」
「それは仕方がないですわ。本来ならば、フェルミンが王となっていた……かも知れませんもの」
…………いま、なんて?
「フェルミンさんが……王さま?」
「そうですわ。ハルキも噂には聞いてますでしょ? 先代王の兄の子孫が生きているって話」
先代王の兄の子孫……
無名ながらも優れた人物に対して、冗談交じりに噂されたりする言葉だ。
前に俺も、同じように言われたけど……
現国王はライ四世。その父で前国王はパルマ。その兄の名前はライ。
現国王と同じ名前なので、王太子ライと呼ばれることもあるが、それだと今の王太子と混同してしまう。
なので、先代王の兄、もしくは、獣王と呼ばれている。
というのも、その人物は、召喚した獣たちを駆り、国内を縦横無尽に駆けまわって活躍した召喚術士だったからだ。
召喚獣ばかりだったが、その数は十を超える……と伝えられている。
人気と実力は十分だったのだが、王位に就くことなく若くして病に倒れた。
間違いなく偉大な王となられただろうにと、当時はもちろん、今でも惜しまれているらしい。
婚約者もいたが、その後の消息は不明で、後を追ったとも、王家にかくまわれているとも言われていた。
だから、そんな噂が出てくるわけだ。
それはともかく、この話の流れは……
「もしかして、フェルミンさんは……」
「はい。フェルミンは、その獣王さまの孫ですわ」
そう言ってマリーさんは笑顔を浮かべ、フェルミンさんは腕を組んで、得意気に胸を張った。




