91 それぞれの思惑が重なり合った結果
別室とはいえ、王族の方々が、それも王様と王妃様が滞在している館だ。
なのに、サンディーに膝枕をしてもらってソファーで横になっているのだから、呆れられても仕方がない。
「なぁに、ハルキってば、ちょっと領主さまになったからって、もう王様気分なわけ?」
現れるなり、風精霊が辛辣な言葉を放つ。
だが今は、反論する気力もない。
……いや、これぐらいは言わせてもらってもいいだろう。
「俺の願いは、ささやかながらも平和に田舎で天寿を全うしたいって、フィーリアも知ってると思うけど。これで、本当にそれが叶えられるって思う?」
わざとらしく呆れたように大きく息を吐き出した風精霊は、何も分かってないわね~、とばかりに、首を横に振る。
「あのまま田舎に引きこもってても、いずれアンタのことは噂になるわ。そりゃまあ、最初に再会した時のままだったら、そんなに心配する必要は無かったのかも知れないけど……」
「最初って……メイプルとサンディーしかいなかった時……だったかな」
「そうそう。でも、アンタたちは目立ち過ぎたわ。考えてもみなさい。ただの農夫が、いきなり収穫量を大きく増やしたり……は、まあいいとして、仕立て屋さんを大繁盛させたり、陶器や煉瓦を作り始めたり、村の人が総出でも倒せなかった害獣を倒したりしたら、間違いなく噂になるわ」
まあ、確かにやりすぎだったとは自分でも思う。
でもそれで、村のためになるのなら構わないと思うけど……
「そりゃ、周りの全員がいい人だったらいいんだけど、その中に一人でも悪い人がいたら、アンタなんていいように利用されてポイされるわよ」
「まあ、俺だけだったらそうかも……。でも、みんながいるから……」
「そう思っているところを利用されるかもね。人の姿をする化け物だとか、この事をばらされたくなかったら……とかね。その相手が悪徳領主だったらどうなる?」
「従って酷い目に遭うか、とことん抵抗してお尋ね者になるか……かな」
「そういうこと。そうならないためには、どうすれば良かったと思う? 今ならハルキでも分かるわよね?」
そりゃまあ、何となくとはいえ、分かっているつもりだけど……
どれが真実で、どれが憶測なのか分からないが、風精霊は、今の状況を懇切丁寧に説明してくれた。
国家召喚術士になれば、召喚体が魔獣や化け物だと疑われても違うと証明してもらえる。もちろん召喚術士の身柄も保護される。……ある程度は、だが。
だが俺は、それを飛び越えて宮廷召喚術士になった。
国王直属の特別任命官なのだから、これで大貴族と言えども簡単には手出しができなくなった。
特命官になるには爵位が必要だが、その逆に、任命するために爵位を与えるという慣例もある。その場合は男爵位が与えられるのだが……
男爵と言えども貴族は貴族だ。しかも、俺の場合は、王族と直接繋がりのある特命官であり、フェルミンさんの弟子でもある。
これで、男爵だからといって軽んじられる存在ではなくなった。
領主の件は、完全に別件だが……
前任者が醜聞で解任されたのだ。辺境地ゆえに誰もなりたがらないという事情もある。だからといって、いつまでも空白にしておくわけにもいかない。
だから、俺に白羽の矢が立った……というわけだ。
「領主さま自ら畑を耕すっていうのは聞いた事がないけど、別に罪に問われることでもないんだから、好きにすればいいんじゃない?」
「いや、だって、そんな暇、あるの?」
「そりゃまあ、余計な仕事が増えるでしょうけど、その子たちがいれば余裕でしょ。特命官のお仕事も、たまにはあるかも知れないけど、それだってあまり無茶は言われないはずよ。それさえ我慢すれば、お望み通り、平和で気ままな田舎暮らしができるわ。なのに、何の不満があるわけ?」
ぐうの音も出ない。
ここまでしてもらって文句を言っては、特大の罰が当たるレベルだ。
それは分かっているけど、心に何か、正体不明のもやもやが漂っている。
「しょうがないわね……。メイプル、私じゃお手上げだから、お兄さんを納得させてあげて」
やれやれといった風精霊の呼びかけに応えて、メイプルが姿を表す。
もちろん、こちらも仮面姿だ。
「お兄さまが気にされているのは、なぜ自分にそこまでしてくれるのか……ということかと。この恩をどうやって返せばいいのか、後でどんな要求をされるのか……それが、不安な気持ちにさせているのでしょう」
なんで自分が……という思いを深く探れば、たぶん、そういうことなのだろう。
「ですけど、気にする必要はないのですよ」
フェルミンさんにしてみれば、元々は事後支援のつもりだったのに、召喚術士を一人確保できた上に、人召喚で召喚術の新たな可能性が広がった。それだけで、俺に感謝をしているだろう……とメイプルが説明し、風精霊が同意する。
王族の方々は、フェルミンさんやマリーさんを通じて、事前に俺のことを聞いていたのだろう。その上で有益だと判断し、宮廷召喚術士、男爵位、領地などを与えて、いつでも命令できる状態にした。
いわば、首輪をつけ鎖につないだ状態で、ある意味、噂通りの「秘蔵っ子」となったわけだ。
命令されれば従わざるを得ないが、その鎖はフェルデマリー王女が握っていると明言された。
その王女さまとは王都に来てから一緒に過ごしたが、貴賎の分け隔てなく他人のために頑張れる、尊敬できる人だと分かった。
それに、人を見る目には自信があると話していたミアの見立てでも、信用できる良い相手だと話していたらしい。
「他にもいろいろありますが、一方的にお兄さまが得をしているわけではありませんので、そう深刻に考える必要はありませんよ。それよりも、お兄さまはディッケスの領主さまになられたのですから、そちらのことを考えませんと。案外、それが一番、大変かも知れませんよ」
「そうだな。変な邪推をするより、目の前の問題に取り組まないとな」
「何をするにしても、まずは、周辺にいる貴族たちのことを知ることね。妬まれて邪険にされたり、利用しようと擦り寄ってくる者が、必ず出てくるから」
こちらの様子を見ていた風精霊は不吉な言葉を残すと、話は終わったとばかりにパンと手を叩き、「じゃあ、お客様を呼んでくるわね」と姿を消した。
しばらくして扉がノックされ、俺は慌ててサンディーの膝から頭を上げ、服を正して椅子に座り直した。




