90 サプライズにも程がある
館の中にフェルデマリー王女がいるのは当然として、フェルミンさんがいるのも想定通りだったのだが……
俺は状況が理解できないまま、跪く……いや、平伏していた。
そりゃそうだ。
何の予告もなく、心の準備もできないまま、国王さまと王妃さまの前に放り出されたのだ。
とにかく、平伏する以外にできることはない。
心当たりがあるとすれば……というか、状況から考えれば人間の召喚体に関する事だろうが、それが国王さまを動かすほどのこととは思えない。
今回の混乱の件で?
いや、多少は役に立ったとは思うが、俺の……妹たちの活躍はその他大勢の中のひとつに過ぎないだろう。
そうなると、残るは……
やっぱり、ケットシーハウスに滞在している件だろうか。
様々な理由があるにせよ、王女さまの家に転がり込んだ平民の男。しかも、同じ屋根の下で何日も過ごしていたのだ。
理不尽過ぎるが、状況だけを見れば、処刑されても文句は言えない。
「ちょっとぉ、ハルキ。さすがにそれは、大げさよ~」
こんな状況でも、なぜかフェルミンさんは、フェルミンさんのままだった。
あまりにもいつも通り過ぎて怖い。
「フェルミン。話が通っているはずでしたわよね?」
「あー、それなんだけどぉ。ご褒美のこともあるから、サプライズにしようかと思って……」
これがサプライズなら、間違いなく大成功だ。
危うく心臓が止まるところだったし、今も違う意味で息の音が止まるかもと、真剣に心配している。
たが、ご褒美というからには、叱責や処刑が待っているわけではなさそうだ。
「ほらほらぁ、ハルキ、いつまでも這いつくばってないで、立ち上がって~」
「いや、でも、王様の前で……」
「構いませんわよ。このままでは話が進みませんから。立ち上がって下さいな」
「そ、それでは、失礼いたします」
そう、王女さまに促され、未だふわふわと浮足立つ身体に活を入れる。
部屋の真ん中には机が置かれ、その上に黒くて四角い板が置かれてあった。
「それでは、ハルキ・ウォーレン。個人認証カードをこちらへ」
そんな名称だったのかと思いつつ、進行役に言われるがまま、さっき受け取ったカードを精神収納から取り出し、黒い板の上に置く。
カードが発行された時に使っていた魔道具に似ているが、これも同じようなものなのだろうか。
「冒険者組合より、永久組合員カードの授与を行う」
扉を開けて入ってきたのは、冒険者組合の商用門前出張所で受付をしていたキャロル姉妹だった。
こうして二人同時に会うのは初めてだが、似ているものの、細かな部分がいろいろと違っていて、別人だとよく分かる。
姉のイライザさんがトレーの上にカードを乗せて運んでいる。余計な力が抜けているのは、感情を失っているからだろうか。
その横に立つ妹のネイザさんは、トレーのカードを手に取ると、黒い板の上、俺が置いたカードの隣に並べる。
「それではハルキさん。認証板に右手を乗せて下さい」
黒い板の隅の方に手のひらを当てると、同じようにネイザさんも右手を黒い板に乗せる。
黒い板に次々と、光の文字や記号が浮かんでは消え、終了を表す文字が現れた。
「これで、プラチナ冒険者の登録が終わりました。それと、こちらが今までの報酬となります。さすがにこの場での確認とはいきませんので、中の明細を確認して、問題があれば後日にでも組合にお越しください」
ニッコリ微笑んだネイザさんは、自分が持ってきたカードを回収し、イライザさんを連れて部屋の隅へと下がった。
冒険者組合って平民の互助団体のはずなのに、なぜ王族、それも王様の前で? ……と不思議に思いつつも、成り行きを見守る。
「続いて、宮廷召喚術士の任命式を行う。ハルキ・ウォーレン、こちらへ」
遅ればせながら、俺もイライザさんと同じ心境にたどり着けたのだろう。
この時点で、俺の思考が麻痺し、恐らく意識がぶっ飛んだ。
目の前で起こっていることを、どこか他人事のように思いながら、とにかく粗相のないようにと、求められたことを淡々とこなしていく。
「任命に先駆け、爵位の授与を行う」
跪く俺に近付いたフェルデマリー王女の手によって、マントが手渡された。
すぐに、係員の手によって装着される。
「国王に代わり第三王女フェルデマリーが、其方に男爵位を与える」
貴族証明書──昔ながらの紙の書面が手渡される。
「ありがたき幸せにございます。ハルキ・ウォーレン、微力ながらもキュリスベル王国を支える礎に加わり、粉骨砕身努力すると誓います」
召喚術士服には不釣り合いなマント姿のまま、再び魔道具の前に戻ると、王女さまと二人でカードを更新する。
加えて、ブローチが一角獣の影絵のものと取り換えられた。
「冒険者組合より、特別組合員カードの授与を行う」
男爵といえども貴族。貴族になったのだから、冒険者の資格を失う。
なので、その例外となる特別組合員になるという。
再び、キャロル姉妹によって、カードの更新が行われた。
さすがにもう終わりだろうと思っていたら、王様が立ち上がった。
もちろん、即座に跪く。
「ふむ、ウォーレンよ。新たに臣を得たことを喜ばしく思う。其方の処遇はフェルデマリーに一任しておる故、よく従い、よき助けとなることを期待する」
ははーっと、深く頭を下げる。
だが、話はそれで終わりではなかった。
「それとは別に、現在空白となっておるディッケスを、ウォーレン男爵領とする。聞けば其の方、かの地に並々ならぬ思い入れがあるという。ならば、見事に治めてみせよ」
「はっ、ご厚情に報いるべく、全力を尽くします」
「ふむ、期待しておる。では、こちらへ参られよ」
まさか王様と、こんな小さな机を挟んで向かい合うとは思わなかった。
もちろん、手続きのためなのだろうけど……
指示されるまでもなく、導かれるように手のひらを魔導具に置き、手続きが完了した。
王女さまからは、フクロウ型の真鍮製文鎮が渡される。領主の証……ではなく、慣例の記念品らしい。
「以上をもって、全ての手続きを完了とする」
言われるがまま、カードを手に取り、挨拶をして、部屋から退去する。
なんとかなった……この窮地を無事に乗り切れたと思う。
王様の不興を買うことなく、滞りなく全てが終わったはずだ。だけど……
「ハハ……、俺が貴族? 俺が領主さま?」
扉が閉じられた瞬間、緊張の糸が切れてふらつく。
それを予期していたのか、即座に現れた仮面姿のサンディーが俺を支える。
そのおかげで、無様に転倒する姿を晒さずに済んだ。
「ウォーレン卿、お疲れ様でした。どうぞ、こちらでおくつろぎください」
係員が別室に案内してくれた。
心遣いに感謝しつつ、ありがたく休ませてもらうことにする。
それにしても、ウォーレン卿って……と苦笑する。
なんかもう、今日一日、無茶苦茶だった。
全部が夢だったと言われたほうが、まだ現実感があるほどだ。
少々行儀が悪いが、サンディーに介抱されながら、俺はソファーで横にならせてもらうことにした。




