09 予期せぬ来訪者
今日は、村に行商人がやってきており、二人の買い物の荷物持ちをすることになった。
見たところメイプルは、よく分からない石や粉末などを買っていた。それに、村の店でも木の小皿や小さな椀などを買い求めていたので、たぶん、また実験にでも使うつもりなのだろう。
その資金なのだが……
以前、サンディーがマーリーさんの店で作った小さなぬいぐるみや、ちょっとした装飾品などが、小さな子供たちに人気らしく、売り上げも好調で、家事の合間に店に通って作るようになっていた。
商売に関わると面倒なことになりそうだが、マーリーさんは、「子供のお小遣い程度で買える品なら職業組合も文句は言わないでしょうし、もし何か言われても私の雇った従業員ってことにしておくから」と、言ってくれている。
その収入を家計の足しにとサンディーは言ってくれたのだが、メイプルと二人で好きに使っていいと伝えておいた。
たとえ貧しくても、先行きが不安でも、二人の稼ぎに手を出すのは違うと思う。その気持ちはありがたいし、すごく嬉しいけど、俺にも兄としての意地がある。
「……いや、だから! 二人の面倒を見るのは、アルジの責務であって、兄だからとかそんな……」
面倒を避けるために対外的には兄妹ということにしているが、それ以外では召喚術士と召喚体という関係なのだと、自分に言い聞かせ続けている。だが最近、それがだんだん虚しく思えてきた。
たとえ真実はどうであれ、妹二人と力を合わせて生きていくことに、何のためらいがあるだろうか。
……まあ、それはいい。
どうせメイプルのことだから、家計を助けるため、いろいろと考えてくれているのだろうが、まだそこまで追い詰められているわけでもないし、彼女たちの好きに使わさせてあげたほうが、有効に活用してくれそうな気がする。
それにしても……
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「何だかみんな……そわそわしてるなって思って」
「あっ、そうそう、それはね……」
サンディーが聞いた話では、どうやら昨晩、畑が荒らされたらしい。
今朝になって発見されたのだが、まだ育っていない茎や根が、その場で食い散らかされていたようだ。
そんな事をするのは野生動物しか考えられず、猟師の見立てでは、近ごろ見かけるイノシシの群れではないかということだ。
幸い……と言っていいのか、俺の畑からは離れていたのだが、早めに駆除をしなければ、味を占めた害獣たちが何度もやってくるようになるし、数もどんどん増えていくだろう。
夜間は猟師たちが巡回してくれるらしいが……もちろん実力を疑うわけではないが、実際に狩り終わるまでは安心できない。
こういう時こそ、メイプルの頭脳が役に立ちそうだが……
「すみません、お兄さま。それは止めておいたほうがいいと思います。専門の方がおられるのに、私のような小娘が意見すれば、いい気はしないでしょう」
そう冷静に返されてしまった。
そりゃそうだと納得しつつも、やっぱり不安だ。
「ハルキお兄さま、買い物に付き合って頂いて、ありがとうございました。これで全部です。その籠、私が持ちましょうか?」
買い物籠を持ち、肩からカバンを下げて、丈夫そうな板を抱えているが、それほどの量ではないし、重くもない。
「いや、いいよ。それより、他に買い忘れがないか……あー、そういえば、サンディーは何も買わなくていいのか?」
「えっ? ちゃんと買ったよ? そのまな板、私のだよ。カバンの中の砥石と石鹸粉も」
二人が稼いだお金なんだから、二人で自由に使えばいい……と思っていたのだが、結局は家の為であり、ひいては俺の為のものばかりだった。
「メイプル、サンディー、いつもありがとな」
「いいのですよ、お兄さま」
「そうそう。お兄ちゃんの手伝いができて、私は幸せなんだから」
召喚体としては至極真っ当な反応なのだが、その姿で言うのは反則だろう。
ついつい頬が緩んでしまった。
サンディーは、家に帰るなり包丁を研ぎ、新しいまな板で昼食を作ってくれた。
それで味が劇的に変わったりはしないだろうが、作りやすくなったとすごく喜んでいたので、良い買い物だったのだろう。
食事の後、作業着になって荷物を抱え、メイプルと一緒に陶器小屋へと向かう。
その途中、聞き慣れない声に呼び止められた。
「そこの二人、ちょっと待って。……あっ、やっぱりハルキだ!」
子供っぽい甲高い声に、名指しで呼び止められる。
何事かと思い、声のした方を向くが、誰もいない。
まさかと思い、横の水路を覗き込むが、やっぱり誰もいなかった。
「妖精さん……でしょうか?」
メイプルが何かを見つけたようで、目を丸く見開いている。
その視線の先には……
「風精霊? なんで、こんな場所に?」
そうそう人前に姿を現したりはしないはずだが……
「ちょっと、アンタ、まさか私の事、忘れたりしてないわよね?」
「そう言われても、精霊の知り合いなんて、あの人の召喚体ぐらいしか……!? まさか、フィーリアか?」
名前を呼ばれて一瞬嬉しそうな表情を浮かべた風精霊だが、すぐにプイッと頬を膨らませて横を向く。
「そりゃね、何年も前にちょっと会っただけだけど、こんな愛らしい私を忘れるなんて信じられないわ。こっちはずっとアンタを探してたっていうのに……」
「えっ? 俺を探してた? ……なんで?」
「なんで……って、そりゃ、アンタが退学になったって聞いたからに決まってるでしょ!」
「あー……、それは、心配させて悪かった」
「別に心配なんてしてないわよ。でも、野垂れ死んでたら、さすがに寝覚めが悪いでしょ? 元気ならそれでいいわ。……って、何笑ってんのよ」
「あはは、ごめん。なんだか懐かしいっていうか、フィーリアは変わってないんだなって思って。フェルミンさんは、どこに? 折角だから挨拶を……」
そこまで言って、メイプルを放ったらかしにしていたことに気付く。
ごめんと謝りつつ紹介しようと思ったら、すこい勢いで地響きが近付いてきた。
まさかと思いつつ、そちらを見ると……
思った通り、それは黒い獣に乗った魔女だった。