87 王都見聞録
店先で足を止める。
村のことが、よほど恋しかったのか、ふと仕立て屋さんのことを思い出す。
そういえば……
『メイプル、ちょっといいか?』
『もちろん。お兄さま、どうかされましたか?』
『その……、マーリーさんから、えっと……なんとか商会の宣伝とか頼まれてたと思うんだけど、完全に忘れてたなーって。どうしよう……』
唐突に思い出したのは、たぶん、陳列されていた服が、どことなくマーリーさんのところで見たものに似ていたからだろう。
『キッシュモンド商会ですね。大丈夫ですよ。こちらで進めていますので』
『さすがメイプル。助かった。ありがとう』
『いえ、もとはと言えば、私とサンディーお姉さまの用事ですので。それよりも、お兄さまは今、帰りですか?』
『ああ、シアとクロエを連れて、店を見て回ってるところだ』
『そう……なんですね』
あっ、なんだか少し残念そうだ。
だったらと、黒猫に頼んで、ひと気のなさそうな場所を探してもらう。
『ここなら誰も見てないし、メイプルも来るか?』
『はいっ』
その即答が、終わるか終わらないかのうちに目の前に現れ、クリーム色の髪をふわりと揺らせながら、軽やかに着地する。
いくら何でも早過ぎだが、それだけ心待ちにしていたのだろう。
戦闘能力が低いメイプルは、留守番になりがちだ。
特に今回は治安が悪化していたので、出歩ける機会も極々限られていた。
もちろん、危険を感じたら精神世界に逃げ込めばいいのだが、あまり見られて噂になっても困る。
幽霊騒ぎになるぐらいなら構わないが、万が一、俺たちのことが特定され、問題にされると非常に困るので、それをするのは、余程の緊急事態か、最後の手段だ。
人一倍好奇心が強いだけに、相当に辛かっただろうし、残念だったのだろう。
その反動なのか、本当に嬉しそうだ。
「クロエ。メイプルのことを頼んだぞ」
そう言って、黒猫をメイプルの肩の上に乗せると、任せてとばかりに「にゃあ」と鳴いた。
人前で、猫の姿で言葉を話さないようにと言ってあるからだが、この鳴き声や仕草も、最初の頃と比べたら、ずいぶんと様になったように思う。
「じゃあ、行くか」
「はいっ!」
気合十分のメイプルに気圧されるように、シアが「おー」と控えめに応えた。
さっき店先で見かけた服は、俺たちが馬車で運んできた荷物に含まれていた、キッシュモンド商会の商品だった。
今も、サンディーとミアで、商談と宣伝を続けているらしい。
「そういや、ディアーナは今日も単独行動か?」
「そのようですね。気になるのでしたら、聞いてみましょうか?」
「いや、いい。でも、もし何か困ってるようなら、相談に乗ってやってくれ」
「はい。分かりました」
彼女も好奇心が強いほうなので、何か面白いことがないかと探しているのだろう。だったら、好きにさせてあげよう。
……なんてことを思っていると、服の裾がクイクイっと引っ張られる。
何事かと思ったら、シアが何かを真剣に見つめていた。
「ん? 串焼きだな。なんだシア、お腹が空いたのか?」
「空いてないけど、食べたい」
シアがおねだりするのは珍しいが、それがなんだか少し嬉しい。
まだ昼の弐つ鐘も鳴っていないが、この匂いを意識してしまったら、たとえ満腹でも誘惑されてしまうだろう。
店先のベンチを借りて休憩する。
「どうだ、シア。気に入ったか?」
「うん。すごく美味しい」
「それは良かった。他にも上手いものがあるから、遠慮せず言ってくれ」
「わかった。ハル兄、ありがとう」
お礼を言うのは、こちらのほうだ。シアには何度助けられたことか……
無邪気にかぶりつく姿は、何とも美味しそうで目が離せない。
メイプルも、別の意味で目が離せない。
「手は後で洗わせてもらおうな。汚れるのは仕方がないから、気にしないで食べたらいいよ」
塩とタレがあるのだが、メイプルはタレを選んで、見事に手をベタベタにしていた。
不器用ながらも一生懸命に食べる姿が微笑ましい。それに、指先をペロッと舐める仕草は反則級の可愛さだ。
それに加えて、横では黒猫が、お皿に取り分けた肉をはむはむしている。
図らずも、それらが宣伝効果になったのだろう。
いつしか店には行列ができていた。
食べ終わり、店で手を洗わせてもらったら……
「ほらよ。兄ちゃん、これはお礼だ。持ってってくれ」
上機嫌な店員さんから、おみやげまでもらってしまった。
それを、そっと精神収納に送り、好きに食べていいよと残り三人に伝えておく。
「お兄さま、ご馳走様でした。それにしても、柔らかくて美味しいお肉でしたね」
「学院で品種改良された、コッコウの肉だな」
「あれもコッコウだったのですね」
コッコウは、小型の陸鳥──飛べない鳥のことだ。
野生種よりも油が乗っていて、臭みが無く肉質も柔らかくなっていた。
小型陸鳥の卵は様々な料理に使え、味も絶品なのだが……
そういえば村では、野生種を狩ることがあっても、誰も飼っていない。
「村でも、いっぱい食べられるようになったらいいな」
「そうですね」
「わかった。ハル兄、村に戻ったら、いっぱい狩るね」
「いやいや、野生種を狩りまくったら、すぐに絶滅するからな。できたら、育てて増やすのがいいんだけど」
「増やす?」
「そうそう。狩り尽くしたら食べられなくなるけど、増やせばたくさん食べられるし、卵も採れるようになる」
ウラウ村では飼われてないが、周辺の町や村なら、飼っているところがあるかも知れない。
こんな感じで、残された滞在時間を、みんなの見聞を広めるために使った。
やはり、王立学院の見学は無理らしい。
フェルミンさんだけでなく、マリーさんも同じことを言うのだから、そういう決まりがあるのだろう。
一番の早道が、貴族になって多額の出資をすれば……とか言われたので、実質、不可能だと言われたも同然だ。
教員になるという手もあるが、その道の熟練者であると同時に、人に教えるのが上手く、人柄も重視されるのだから、こちらも不可能に近い。
そもそも、王都に腰を落ち着ける気はない。
「ハルキ、ちょっといいかな」
「フィーリアか。どうした?」
「あー、その……ね、マスターがまた、何か企んでるみたいだから、あの子たちも、いつでも姿を見せられるように、準備させておいたほうがいいわよ」
あの子たちとは妹たちのことだ。
フェルミンさんは、授与式の場でも、何かを画策しているらしい。
とはいえ、そんなことを風精霊が、わざわざ俺に教えるだなんて珍しい。
なんだかんだと親切なのは分かっているが、マスターの意に反する行動をするとは思えないので、それぐらいなら教えてもいいってことなのだろう。
「知らせてくれて、ありがとう。俺としては、後はもう何事もなく、普通にカードをもらって帰りたいだけなんだけどな……」
「そうさせてあげたいけど、まあ……諦めたほうがいいわね」
「だよな、下手に逆らうと、余計に事態が悪化するって分かったし」
何か準備をしたほうがいいと言われても、何をされるのか分からないだけに、何も手の打ちようがない。
なので、とりあえず妹たちには、いつでも変装できるよう、仮面と衣装を準備してもらい、俺は何が起こっても平常心で対処できるようにと心掛ける。
そして運命の、授与式当日を迎えた。




