86 平穏な日常に届く祈り
あの試験の後、マリーさん、フェルミンさん、そしてメイプルから説明を……というか、釈明を聞かせてもらった。
王立学院に資金を提供している貴族たちから、召喚術科を廃止し、魔導術科の拡充を図るべきだという提案が出ていた。
要するに昔からよくある派閥争いなのだが、召喚術を学ぶ生徒数が激減したことで、とうとう学院の議題に上ってしまった。
とはいえ、伝統ある召喚術を軽々しく投げ捨ててしまうのはいかがなものか……という意見も根強く、継続議題として棚上げにされた。
なんとか廃止は免れているが、崖っぷちなのは変わらない。
そんな状態になる前からフェルミンさんは、任務で全国を回るついでに、才能のある子供を見つけては、召喚術を学ぶ意思のある者を王立学院へと送っていた。
その中に俺も含まれるわけだが……
フェルミンさんが退学になった俺を探していたのは、一人でも多くの召喚術士を確保したいという気持ちもあったが、巻き込んだ末に実家から勘当を言い渡された俺の身を案じ、困っているようなら手を差し伸べようと思っていたからだった。
なのに、そこで予想外の事実を知る。
退学になった俺が、人間を召喚していたのだ。
それを知ったフェルミンさんは、人間の召喚体をお披露目することで、下火になった召喚術の人気を再燃させようと考えた。
だが俺が、召喚術士として輝かしい実績を残すよりも、平穏な田舎暮らしを望んでいると知り、その考えを封印した。
秋になり、来年度の新入生募集が始まる。
まだ早い時期とはいえ、今のところ、召喚術科を希望する者はいない。
そこへ俺が、試験を受けるため、王都へとやってきた。
偶然とはいえ、試験日にはギリギリ間に合ったわけだが……
変な騒動に対応するため緊急の任務が入り、俺と入れ違いになった事を気にしていたらしい。
いつまた任務が課せられるか分からないし、長い任務から戻ってきたら、すでに召喚術科が廃止になってた……なんてことになったら目も当てられない。
だったら、この機会を逃すわけにはいかないと、強硬手段に出た。
まあ、強硬手段とはいえ、できるだけこちらに配慮した形で進めようとしてくれたようで、協力をお願いされたメイプルにしても、準備だけは進めるけど、全ては俺の判断に任せるつもりだったらしい。
だからメイプルは、あの衣装や仮面などを用意したものの、俺があくまでも黒猫のチカラだけで試験に挑むと知って、それを応援してくれた。
「お兄さま、勝手をしてごめんなさい」
「あー、メイプルちゃんは悪くないからねぇ。私が口止めしたんだから」
神妙に謝るメイプルに、悪びれないフェルミンさん。
言われなくても、そんなことだろうと何となく分かる。
「ハルキだって悪いのよ。素直にお披露目しておけば、こんなことをしなくても済んだのに」
実技試験の時、俺が人の姿をした召喚体を使って、素晴らしい成績とはいわずとも、一目で合格と分かるような成果を出せば、フェルデマリー王女殿下が姿を現して絶賛する……という手筈が整っていたらしい。
なのに、俺が黒猫だけで無難に終わらせようとしたから、フェルミンさんが暴走し、当初に計画していた案を実行した。
それが、第四演習場で行われたアレというわけだ。
「私だってぇ、ハルキたちには悪い事をしたって思ってるわよ。でも、後悔はしてないしぃ、やって良かったって思ってるわ~」
なんとも勝手な話だが、俺としても、自分たちの実力が試せたという意味では良かったと思う。
たぶん、こんな機会でもなければ、新しい戦い方を試すこともなかっただろうし、限界まで全力を出すようなこともなかっただろう。
戦いが無いのが一番だが、いざという時の備えは必要だ。
いくらこちらが戦いを嫌っても、相手から挑まれれば応戦するしかないし、それをしなかったら一方的にやられるだけだ。
「ちゃんと、ご褒美も用意してあるから、期待してていいわよぉ」
「俺が望んでいるのは、平穏な田舎暮らしですよ」
「もちろん、分かってるわ~」
今回の結果がよほど嬉しかったのだろう。終始ご機嫌なフェルミンさんを見つめながら、国家召喚術士の資格さえ手に入れば、それだけでいいんだけどな……と内心で苦笑しつつ呟いた。
シアが隣を歩き、黒猫が肩の上に乗っている。
試験から十日以上経ち、キュリスベル王国で頻発していた騒動も収まり、平穏な日常が戻ってきた。
今まで控えられていた荷馬車の往来も活発になり、やや過剰とも思える賑わいを見せているが、何にせよ、安心して出歩けるようになったのは嬉しい。
「いろいろ売ってるな。シア、クロエ、何か欲しい物はあるか? みんなへのお土産でもいいぞ」
冒険者登録で相当な額を使ったが、それでもまだ懐には十分な余裕があった。それこそ、王都で半年ほど遊んで暮らせるほどに。
いやまあ、半年はさすがに言い過ぎだが、ケットシーハウスでお世話になっているので、お金の心配をする必要が全くなかった。
だからといって、そんな生活を続けていたら、申し訳なさ過ぎて俺の心が押しつぶされるだろう。
だからまあ、資格を得たら、早々に村へと戻るつもりだ。
その為にも、俺の番号があるようにと祈るしかない。
学院の外、塀際に立てられた掲示板に、合格者の番号が書かれた木板が掲げられていた。おそらく、学院の敷地内にも同じものがあるはずだ。
召喚術士の欄はすぐに見つかった。
「よしっ!」
「ハル兄、合格した?」
「ああ、合格だ。クロエもありがとうな」
可愛い声で「にゃあ」と答えてくれた黒猫を、笑いながら撫でる。
あれだけ無茶振りに応えたんだから、さすがに大丈夫だとは思っていたけど、本当に合格できてよかった。
召喚術の欄に三つ並んでいるので、どうやら全員が合格したようだ。
まあ、他の日や、他の場所でも試験が行われていたら、分からないけど。
受験カードと引き換えに資料を受け取り、待っているみんなに念話で報告する。
喜びの声を聞き、やっと肩の荷が下りたと安堵する。
「さあ、思いっきり楽しむぞ」
考えてみれば、王都に来てから、こうしてゆっくりと散策することもなかった。
なので、ケットシーハウスへと向かいながら、賑わいが戻った街を、三人で満喫することにした。




