84 恵みの大樹
わざわざ確認するまでもないが、女子学生が知りたいのは、俺の事ではなく、人間を召喚する方法だった。
別に隠すつもりはないし、召喚術の発展につながるのなら、どんどん広めてくれればいいとは思うが……
残念なことに、俺自身、確実に召喚できる方法なんてものは知らない。
全て偶然なのだから、教えられるのは、その時の状況や心境ぐらいだ。
「教えるのは構わないけど、かなり特殊らしいから、そう簡単には納得できないだろうし、真似もできないと思うよ」
「大変なのは覚悟してます。よろしくお願いします」
気に食わない俺に対して、こうして頭を下げて教えを乞うのだから、決意は固いのだろう。
「分かったよ。でも、なんでそんなに人を召喚したいの? 身体能力なら獣のほうが期待できるし、補佐や偵察なら妖精や精霊のほうが向いていると思うんだけど。それこそ、ドラゴンとか神獣なら、宮廷召喚術士も目指せるのに」
こんな言い方はしたくはないが……
俺が言うのもなんだが、妹たちは優秀だし、召喚体の中では汎用性に富んでいるというか、戦闘、計算、交渉など、得意不得意はあれども、全員が何でもそこそこできると思う。だがそれは、人間の範疇での話だ。
優劣を競うのであれば、その分野に特化した召喚体のほうが勝る。
召喚体は、種族、召与才能、習熟度が重要となる。
例えばの話、戦闘系の召与才能をもつドラゴン相手では、シアといえども敵わないだろうし、隠密系の召与才能をもつ毒蛇ならば、クロエよりも上手く暗殺をこなすだろう。
……いやまあ、暗殺なんてことをやったら、お尋ね者になってしまうのだが。
「………に、……………め、です」
女子学生は迷った末に、小さな声でぼそぼそと呟いた。
だが、それでは、俺の耳には届かない。
「えっ? なに?」
「ですから。………さんに、その……、……てもらう……です」
「……ごめん、聞き取れなかった」
「だからっ、召喚術士の夢、召喚術のロマンって言われる人間を召喚して、私もフェルミンさんに褒めてもらいたいんですよ!」
思いっきり、欲望丸出しの答えだった。
なんだそれは……と呆れたが、風精霊の見解は違った。
「ソニアの、そういう自分に正直なところ、将来有望だわ」
「いや、これって雑念だろ? 俺の時は、散々雑念を捨てろって言ってたくせに」
「なに言ってるの? ハルキ。アンタのは、本音を覆い隠そうとしているから雑念っていうの。ソニアのは純粋な願い、願望、原動力なんだから、それはどんどん育てればいいのよ。もちろん、そこに邪念が混ざれば危ういけどね」
意味が分からない。
女子学生に自信を取り戻させるための方便なのだろうか。
「二人は全くタイプが違うのよ。ハルキは強力な欲望を抱えているけど、雑念が邪魔をして発散できない感じ。反対にソニアは、純粋無垢で雑念は少ないけど、余り執着がないから欲望を溜め込まない感じよね」
「なんか俺の評価、人聞きが悪すぎるんだけど。俺ってそんなに欲だらけか? 自分で言うのも何だけど、割と淡白だと思ってんのに」
「あのね……、ハルキ、いいことを教えてあげる。召喚体の数って、召喚術士の欲の大きさと比例してるらしいわよ。ちゃんと、研究結果もあるし」
「……で、でも、五人ぐらいなら、別に珍しくないだろ?」
「そう。数だけなら珍しくはないわね。でも、五人ってところが問題なの。全部が同じような種族っていうのが異常なのよ。私に言わせてもらえば、ハルキ、アンタどんだけ人に飢えてるのよ……ってことになるの」
なぜだろう。話せば話すほど、俺がヤバイ奴になっていく気がする。藪を突くと思わぬ毒蛇が出てきた感じだ。
「でも、話を聞くのは悪い事じゃないと思うわよ。ハルキの場合、かなり無茶苦茶だから、なかなか信じられないと思うけど、何かの参考にはなるはずよ」
「……まあ、そういうわけだ。それでも、俺の話を聞く覚悟はあるか?」
「もちろん。聞かせて下さい」
俺の問いかけに、女子学生は真顔で即答した。
それはもう、存分に聞かせてあげた。
さすがに裸で召喚されることや、契約──微妙な位置にある召喚印にキスをするといった部分は、年頃の女の子に聞かせづらいので端折ったが……
折れたクワの柄で召喚したり、召喚陣に猫耳や猫尻尾を加えたり、疲労でフラフラになっていて、どうやって召喚したのかハッキリと覚えてなかったり、学院で習うものとはかけ離れた、デタラメとも思える聖句など、ありのまま伝えた。
まあ、なんというか、話している俺自身でも無茶苦茶だと思える内容だけに、聞いている方も困惑している。
「まあ、そうね。とても信じられないとは思うけど、私がちゃんと召喚するところを見届けたから、間違いないって保証するわよ」
風精霊が自信満々に告げると、なぜかそのまま、召喚大会に突入してしまった。
女子学生だけでなく、先生たち──俺を退学に追い込んだゲレット先生までもが、真剣に召喚を試みている。
だがまあ、そう簡単に成功するわけもなく、時間だけが過ぎていく。
「ん~、これは良くないわね」
「良くない? どういう意味だ?」
「みんなの心に疑心暗鬼が広がっているのよ。召喚できるって信じて疑わない状態じゃないと、成功確率がどんどん落ちていくのよね。そうだ。ハルキ、お手本を見せてあげたら?」
「そ……、無茶を言うなよ」
「試すだけでもいいから」
そう言われても、今の状態で十分に満たされているので、何かに困っているようなことはない。つまり、召喚する理由が無い。
今まで召喚した妹たちを思い浮かべながら、何か理由がないか……どんな時に不便を感じたり、手助けして欲しいって思うのかを探していく。
いやまあ、早く村に戻りたいとか、細かく探せばいくらでも思い浮かぶのだが、わざわざ召喚してまでとなると難しい。
結局、自分では決められず、念話でみんなと相談する。
『そうですね……。でしたら、荷物の管理ができる方がいいですね。精神収納に物が増えて、お兄さまの負担も増えてますから』
『確かにな。安心して荷物を置ける場所があれば嬉しいけど、倉庫番って一人で留守番するってことだろ? ちょっと可哀想だな』
『だったら、お兄ちゃん。お店とかどう? お兄ちゃんが作った野菜を売ったり、お料理やお菓子とかでもいいかも』
『せやったら、ウチもお薬とか提供させてもらうえ』
『傷薬や毒抜き、保存食でしたら、ボクも作れますよ』
『わかった、わかったから、ちょっと待って。それってどんな店だよ。今は店のことは置いておくとして……。倉庫整理ができて、店員ができて……いや店長のほうがいいだろうな。あとは料理? お菓子作り? 材料を買ったりとかもってことは商人って感じだよな。話術が得意で、交渉事とか得意だとありがたいし……』
どう考えても、無茶な注文だ。
だが、なんとなく仕立て屋のマーリーさんと、ケットシーハウス管理人のセラさんが合わさった感じを思い浮かべる。でも、話術と言えば、冒険者ギルドの受付をしているキャロル姉妹の妹のほう、ネイザさんの印象が強く残っている。
さすがにこれで小さな子供っていうのはマズいだろうから、大人の人。できれば壮年の男の人だといいんだけど……
いやいや、そういうのが雑念なのだろう。
頭で考えるのをやめて、心の中で形作る感じで……
ふぅ……と大きく息を吐いて、精神収納から召喚術士の杖を取り出し、召喚することに意識を集中……は、したらダメだった。
こういう時は、どうすればよかったっけ?
とにかく、みんなの夢を思い描く。
俺が願うのは、みんなと幸せに過ごす未来。それを支える礎となるような……、大樹のような存在が欲しい。
半ば無意識のままに召喚陣を描き始める。
「我らの願いを育みし大樹よ、果実の恵みをもたらすべく、我が呼びかけに応えよ! 召喚!」
ちょっと試すだけのつもりだったのに、気が付けば夢中になっていた。
ここがどこで、どんな状況なのかを、完全に忘れて没頭していた。
ここまでやったのだから成功して欲しいが、何も起こらない。
だが、俺の召喚には少し時間差があるようなので、まだ諦めるには早い。召喚陣が残っている間は、まだ可能性は消えていない。
「よし、きた!」
召喚陣の光が増していき、安心感というか……なんだか温かい気持ちに包まれるような、そんな感覚が広がっていく。
まさか……
空中に現れた相手の輪郭が、徐々に明らかになっていく。
このパターンも初めてだが、細身で背の高い人物だと分かる。
緑がかった瞳。端正な顔立ち。背中辺りで切り揃えられた見事な銀髪。
どこか、ガイゼル閣下が男装していた、旅人のアランを彷彿とさせる。
まさか、本当に男を召喚できたのか? ……と思ったが、相手は裸なので、すぐに間違いに気付く。
肉付きは薄いものの、紛れもなく女性だ。
……って、眺めている場合ではなかった。
「うそ……」
誰の呟きだろうか。
他の者は声も出せない様子で、凝視している。
そんな中、呼びかけに応じて現れたサンディーは、新たな仲間に簡単な貫頭衣を着せ、仮面を被せて美貌を隠した。




