80 戸惑いと失敗だらけの序盤戦
戦いの開始を告げるフェルミンさんの合図を受けて、俺たちは一斉に動く。
敵の強化魔導人形は、四体で一組となり、三つに分かれて行動するようだ。
残る三体は後方で待機しているが、こちらの隙を見て襲って来るのだろう。
シアとメイプルの見解は同じで、数に劣る俺たちが勝つには、とにかく序盤のうちに、一体でも多く倒したほうがいいらしい。
ならばと、全力で走る。
『お兄さま、そちらは違います』
『左翼から攻めるんだろ?』
『はい。敵の左翼です。なので、こちらからだと右手側になります』
『あっ……』
さすがにこれは恥ずかしい。あまりにも初歩的な間違いだ。
『兄者。我々はこのまま左の敵へ向かいましょう』
俺の間違いに気付いたクロエが、こちらへ来てくれたようだ。
後ろからメイプルもついて来ている。
『そうですね。お兄さま、このまま行きましょう。二手に分かれたことで、中央の敵がどちらに行こうかと迷っているようです。私たちは敵の右翼を引きつけ、時間稼ぎをしている間に、シアちゃんたちに頑張って頂きましょう』
『分かった。悪かったな、作戦を台無しにして』
『いえ、この方法も考えていましたし、どちらにしようか迷っていたので、問題はないですよ』
もし敵が人形じゃなければ、召喚術士である俺を狙うだろう。その場合、絶好の囮となる。
中央の集団がこちらにくれば、敵左翼──シアたちの戦いが楽になる。
その場合、俺たちは敵を引きつけて、時間稼ぎをすることになるのだが……
なぜか、一体だけ先行してやってきた。
クロエが関節部分を狙って手裏剣を放つが、途中で外装に跳ね返される。
やはり強化版は反応が早い。
二体目が迫っているが、今ならまだ……
『クロエ、後続が来る前に、これを狩るぞ』
『心得ました』
俺は、護身用の剣ではなく、使い慣れたシアの木剣を手に取る。
強化版はどうか分からないが、魔導人形ならば、一定以上の攻撃を加えれば、倒されたと判断して動きを止める。
だから、木剣でも問題は無い。
正面から斬りかかるが、いとも容易く敵の剣に弾かれる。
体勢を崩したところに攻撃が迫るが、横に転がって避けると、腹部を狙って突き上げる。それも、腕に装着された盾で防がれてしまった。
後ろに飛び退ったその目の前を、敵の剣が通り過ぎ、風圧で前髪が揺れる。
「せい! やぁ!」
足元を狙う牽制を交えて、力強く切り込む。
剣で受け止められ、力比べとなるが……
『クロエ、今だ!』
どこにいたのか、落下してきたクロエが、身体をひねるようにしながら、手にした短剣で首を斬りつけた。
「あっ……」
つい、声が漏れてしまった。
ガクンとチカラを失った人形が動きを止める。
撃破認定された時と同じような反応だが、ゴトッという音がして、地面に人形の首が転がった。
戦いの前、景気付けのために……
『いつもは、殺すなとか、周りに被害を出すなとか面倒なことを言ってきたが、今日の相手は人形で、ここは多少暴れても周りに被害が出ない場所だ。ちょっと相手の数が多いけど、遠慮なく暴れてくれ』
『わかった。思いっきりやっつける』
『シアが言うと、ちょっと怖いけど……。みんなで助け合いながら、怪我無く楽しく全力で勝とうな』
なんてやりとりがあったのだが、それは、この人形ならば、多少手荒なことをしても壊れないだろうと思っていたからだ。
通常版とはいえ、バラバラにしたクロエだ。軽く見ていたつもりはないのだが、それでも、まさか強化版の首を落とすとは思わなかった。
外装が傷付くのは当然なので、替えもたくさんあるし、簡単に交換できるのだが、さすがにこれはマズイかも知れない。
思わず動きを止め、周りの様子を……というか、フェルミンさんの姿を探す。
だが、見つける前に、答えが聞こえてきた。
「うわぁ~。まさかぁ、あの強化魔導人形の首を斬り落とすなんてねぇ。そう簡単には壊れないはずなんだけどぉ。でもぉ、どんどん壊しちゃって、いいからね~」
「壊してもいいって……」
フェルミンさんが、また適当なことを言っている……と思ったのだが、その後の説明で、新たな魔導人形を作るための情報収集や検証も兼ねているらしく、どういった形で壊れるのかも参考にするらしい。
『お兄さま。次が来ます』
高価な人形を壊してしまったショックで動けなくなっていたが、メイプルの声で我に返る。
壊していいのなら、それこそ、本当に手加減なしだ。
そう、勇んでみたものの……
『俺が悪かった! 調子に乗ってました!』
すぐにメイプルに助けを求めることになった。
相手は人形だけあって、一切の手加減がない。
一体だけならともかく、二体同時に攻められたら、いくらシアの能力上昇があっても厳しい。
もう一体はクロエと戦っているが、さすがに正面切っての戦いだと、簡単にはいかないようだ。
『お兄さま、中央の人形がこちらに来ます。敵左翼は……三体目を排除。シアちゃんを呼んでも大丈夫そうです』
多少は戦闘経験を積んだが、こんな戦いは初めてだ。
メイプルが状況を整理してから伝えてくれているが、二体同時に相手をしている状態では、一度に多くのことを伝えられても頭の処理が追いつかない。
それに、少しでも早く、少しでも多くの敵を倒そうと、俺も攻撃に参加したのだが、あまり役に立っているとは思えない。
素人だから仕方がないとはいえ、すごく残念だし、すごく悔しい。
時間をかけて、一体ずつ戦わせてもらえるのならば、何とかなりそうだが……
どうやら、俺が前線に立つのは、ここまでのようだ。
『シア、来てくれ!』
目の前にシアが現れる。
まだ空中なのに、即座に反応して手にした剣を構え、俺に向かって振り下ろされた攻撃を、着地と同時に弾き返す。
相変わらず、小さな子供に似合わぬ戦闘能力だ。
今さら俺は驚かないが、観客たちには衝撃的だったのだろう。
どよめきの中、シアは相手を攻め立てる。だが、さすが強化型というべきか、二体を相手に正面から打ち合っては、シアといえども致命的な一撃を加えるまでには至らない。
『お兄さま、ここは二人に任せてこちらへ戻って下さい』
なんだか、小さな二人を残して逃げるようで気が引ける。
それに、観客の目も気になる。
だが、俺には俺の役目があると自分に言い聞かせて、木剣を腰に吊るすと……
慌てたり急いだりしないよう気を付けながら、全て予定通りだと言わんばかりに笑みを浮かべ、ゆっくりと歩いてメイプルの元へと向かった。




