79 召喚術士の悲願が成就した日
これ以上はないというほどの、完璧な勝利だった。
だが俺には、こう言ってはなんだが、勝利の喜びよりも、二人に怪我が無かったことと、最後まで演じきったという安堵感のほうが遥かに大きかった。
観客たちは盛り上がっていた。
闘技場が歓声に包まれているが、どうやらこちらも、勝利に対してというよりは、二人の獣人の活躍に向けられたもののようだ。
物珍しさもあるだろうが、そのほとんどが、容姿と強さを称える声だった。
それに応えるように、犬耳少女は剣舞を、猫耳少女は軽業を少しだけ披露すると、動物の姿に戻り、メイプルたちのいる建物の中へ召喚跳躍していった。
メイプルの説明では、いきなり人の姿を見せると、不気味がられたり、本当に召喚体なのかと変に疑われたりする危険があるので、あくまでも本体は召喚獣で、獣人姿になれますよ……という風に演出したのだそうだ。
何にせよ、思いのほか獣人姿が受け入れられたので、俺も少し安堵した。
これなら、人の姿で現れても平気なのでは……と。
不審者たちが兵士によって連行されていくと、強化魔導人形が動き始める。
どうやら、いくつかの集団に分かれるようだ。
再び、魔道具で拡張されたフェルミンさんの声が響く。
「みんなぁ、召喚された獣人たちの戦い、凄かったわよねぇ。でも、ここからが本番よぉ」
言葉を切ると、少し間を空けて、真面目な声で話し始める。
「それは、召喚術士にとって、長年の夢、恋い焦れた悲願でした。多くの者が挑み、そして諦め、こう結論付けました。残された伝説は偽りだったのだと……」
まさか、フェルミンさんが、こんな芸当ができるとは思わなかった。
言葉遣いもだが、声の抑揚やテンポが、観客の心をつかんでいるようだ。
「誰かが言った、召喚術は非効率的だと……。誰かが言った、召喚術は時代遅れだと……。そして、誰かが言った、もう召喚術は必要ないと……」
悲痛な表情で顔を伏せていたフェルミンさんが、バッと空を仰ぐ。
「だが、見放された召喚術に、希望の光が射しました。全ての召喚術士に、いま一度、この言葉を思い出してもらいたい。召喚術士には、圧倒的に不利な状況でも、ひっくり返せる方法がある。そうです。ついに我らの悲願が成就したのです!」
なにやっちゃってるんですか?! フェルミンさん!!
そう絶叫して、全力で走り去りたい衝動に駆られる。
これで負けたらシャレにならない。赤っ恥もいいところだ。
『お兄さま。そろそろそちらへ行きますので、打ち合わせ通りにお願いします』
せっかくだから、召喚術っぽい演出をしようということになっていたが、この雰囲気はとても辛い。
それに、召喚術のイメージアップを図るためとはいえ、本来ならば必要のない動作だけに、これを他の召喚術士が見たら、どう思うだろうか……
大きく深呼吸をして、腹をくくり直す。
こういうことは中途半端が一番ダメだ。だから、やるからには全力で……
まずはメイプルだ。
杖の先端で地面をなぞり、淡く光る軌跡で彼女の紋章である「本」を描き上げると、念話でタイミングを合わせてコンと杖で地面を突く。
空中に現れたメイプルは、薄衣を揺らしながら、フワリと地面に着地する。
観客席から歓声が沸き上がるが、それが徐々にざわめきに変わっていった。
メイプルの衣装は、革と薄衣が主体で、シアの軽装鎧に似ていた。……というか、それを参考にしたのだろう。
顔の上半分を仮面で隠しているが、その色も含めて、彼女のイメージカラーの緑色に合わせて、全体的に淡い緑色で統一されている。
妖精っぽい雰囲気だが、身体の線が分かり易いので、現れたのが人間のようだと観客も気付き始めたのだろう。いつまでもざわめきが消えない。
そんな中、俺は「剣と妖精」の絵を描く。
水色の軽装鎧を着たシアが現れ、ふわりと降り立つ。
間髪入れずに次々と描いていく。だが、次は難しい。
フライパンとフライ返しだが、これで良かったっけ? ……と思いながら、淡い黄色の鎧を着たサンディーを呼び寄せる。
次はクロエだ。紋章は苦無と巻物。彼女のイメージカラーは紫色だが、淡い色にするとなんだか桃色っぽくなり、その小さな身体と少し恥じらった姿が相まって、可愛さであふれていた。
最後はディアーナだが、これが最難関だった。
盾はともかく天馬って……と思いつつ、細かな部分を誤魔化しながら、素早く仕上げて呼び寄せる。淡い赤色の衣装が、とても華やかだ。
衣装のせいもあるが、この五人が並ぶと場が明るくなったように思える。
それに、やはり一緒に居ると心強いし、安心する。
「見て頂けましたでしょうか。もうお気付きの方もおられるでしょう。そう、彼女たちは人間……、召喚術によって召喚された、人間の召喚体なのです」
湧き上がる拍手と歓声に応え、俺たち全員で、優雅にお辞儀をする。
まだ戦闘の前なのに、すごく緊張したし、すごく疲れた。
だからといって、ここで気を抜いてはいけない。
最後まで、彼女たちの主にふさわしい姿を演じ切らなければ、格好がつかない。
「まあでも、いくらスゴイって言われてもぉ、召喚術に興味がなかったら伝わらないわよねぇ。だから、分かるようにぃ、こんな趣向を凝らしてみました~」
なんだか楽しそうなフェルミンさんの進行を聞き流しながら、俺たちは念話で戦いの打ち合わせを続ける。
さすがに、無為無策のまま勢いだけで何とかなる相手ではない。
「こちらに用意したのは~、魔導人形たち。でも、学院の訓練用とは格が違うわよぉ。兵士たちの訓練にも使われる高級品。十五体の強化魔導人形たちよ~」
人形たちが一斉に、抜いた剣を立てて掲げる。何かの典礼で見た動きだ。
完全に同調した、一糸乱れぬ動きは、それだけで脅威に思える。
「無謀な挑戦だけどぉ、これに勝てればまさに一流の証ぃ。儚く散るか、それとも栄光を掴むのかぁ。みんなで、最後まで見届けてあげてね~」
誰のせいで、こんなことになったと思っているのだろうか。
観客を煽り立てるためだと分かっていても、ツッコミたい衝動に駆られる。
「それでは~、始め!」
メイプルの指示に従って、みんなが一斉に動き出した。




