78 お芝居のような公開処刑
男は密命を受けていた。
王立学院にあるという神の至宝を盗み出せ……というものだ。
それは、飲み物であり、食べ物でもある。飲めば瀕死の者でさえもたちどころに健康となり、食せば気力が回復し強靭な肉体を得るという。
王立学院で開発され、密かに実験され、間もなく実用段階に入るらしい。噂では神の甘露水ではないかと言われているが、それに近しい何かだろうという話だ。
実態は明らかにはなっていないが、それが手に入れば、我が祖国──サンクジェヌス帝国が、大陸を支配するための一助となる事は間違いない。
だが、まさかこれほど早く、事態が動くとは思わなかった。
それも、我らの努力が無に帰す方向で。
本来ならば、もっと王都が大混乱に陥ってから潜入する予定だったのだが……
おそらくこれが最後の機会となるだろう。失敗すれば命はあるまい。たとえ、この場を脱出し、祖国に戻っても……だ。
だから、失敗するにしても、研究室や保管庫のひとつ、有力な人物のひとり、いや、目に入るモノをひとつでも多く破壊し、殺害して果てる覚悟だ。
ヤバイ。背後から誰かが迫ってきている。右からも……
見つからないよう、ひと気のない方へと進んでいく。
人影を見つけて足を止める。
相手は二人組か……と思ったら、入り口で分かれた同胞たちだ。
小さく指笛を鳴らして、合図を送る。
「よう、無事だったか」
残る二人も、逃げ回るのに必死で、ロクに調べる事ができなかったようだ。
迫って来る足音が聞こえ、大きな建物へと身を潜める。
中は何だが騒がしいが、ある意味好都合かも知れない。
群衆に紛れてやりすごすか。それとも、任務失敗と判断して、ひとりでも多く道連れにするか……
これは建物ではなく通路だったのだろうか。向こうに出口が見える。
背後の足音に追い立てられ、急いで外へ飛び出し身を潜める。その目の前で、扉が閉じられた。
間一髪だ。通路に閉じ込められれば終わっていた。
ホッと息を吐いたのも束の間……
なんだ、騒がしい。宴会でもやっているのか?
そう思いつつ、背後を振り返り……
男たちは罠にはまったことに気付いた。
「あの男は……」
「手配書の男だな」
この男が率いる秘密部隊によって、我らの計画が瓦解したという。
ここは、まるで闘技場のようだった。
周囲は観客で埋まり、高い壁に囲まれたフィールドには、危険人物と呼ばれた男と、なぜか動物が二匹。それに、魔獣使いと黒き魔獣がいた。
「どうやら、この場で俺たちを処刑するつもりのようだな……」
別の入り口が開き、二人の男が転がり込んできた。
「あいつらまで……」
今回の計画が始まる前から、この国に潜入していた同胞たちだ。
うまく学院に潜り込んでいたのだが、彼らまでもが、あぶり出されてしまったようだ。いや、初めから正体がバレていて、泳がされていたのだろうか。
これで、こちらは五人。それに、武器もある。
あの恐るべき子供たちがいないのならば、狙うべきはあの男だ。
「どうせもう助からない。ならばせめて、あの男だけでも討ち取るぞ」
そう、仲間に伝え、短剣を構えた。
敵は五人。明らかに戸惑っているようだった。
「この程度の相手ならぁ、あんたたち三人で十分でしょ」
なんて、無責任なことをフェルミンさんが言っていたが、黒猫と赤茶犬は、可愛い動物の姿だ。
いくらなんでも、相手を甘く見過ぎだと思うのだが、フェルミンさんは手伝うつもりはないらしい。
それに、あれだけ人型のお披露目にこだわっていたのに、何も言ってこない。
魔道具によって拡張されたフェルミンさんの声が、興味本位の学生たちで埋まった会場──第四演習場に響き渡る。
「みんな~、待たせたわねぇ。これより、召喚術士による、模擬演習を行うわよぉ。でも、その前に、この学院に潜り込んできた不審者たちのぉ、処刑を行うわよぉ。ゲストの召喚術士さ~ん、派手にぶちのめしてやってねぇ」
いろいろ言いたい事はあるが、全てはこれが終わってからだ。
『クロエ、ディアーナ、悪いが頼む』
『お任せください』
『せっかくの晴れ舞台やし、派手にキメますえ』
メイプルが言うには、俺はただ杖を構えて、それらしく振る舞えばいいらしい。
そうすれば、あとは二人が片付けてくれる。
『じゃあ、俺からはひとつだけ……』
『相手を殺すな……ですね』
『ほんま、アニさまは優しおすなぁ』
コクリとうなずくと、観客を煽っていたフェルミンさんが開始の合図を出す前に、相手が襲い掛かってきた。
そりゃそうだ。相手は、こんな茶番に付き合う義理はない。
迎え撃つように走り出した二匹は、途中でフリフリのメイド服の獣人姿──猫耳少女と犬耳少女に変わった。
手首には、シアの腕輪が装着されている。ならば、わざわざ俺が強化をする必要はなさそうだ。
そしてこれが、メイプルの言っていた対策なのだろう。顔の上半分を仮面で隠している。
俺は、指示通り召喚術士の杖を手に、泰然と構えていた。
敵の狙いは明確だ。散開して、誰か一人でも俺の元へとたどり着ければ討ち取れると思っているのだろう。
剣を手にした犬耳少女の戦い方は巧みかつ大胆だった。
敵の剣を弾き飛ばすと、体当たりをしてぶっ飛ばす。
流れるように、もう一人の背後を取ると、腕を首にからめて気絶させる。
俺は、メイプルに言われるまま、杖を右に向かって振る。……と同時に猫耳少女が、その方向へ縄のような何かを次々と投げた。
重り付きのロープのようだ。それが、相手の身体に幾重にも絡んで動きを封じていく。
続いて、杖を左へ振る。それに素早く反応した猫耳少女は、背後に迫っていた相手の武器をかいくぐって当て身を食らわせ、後方宙返りをしながら相手の顎を蹴り上げる。
最後に、杖を左から右へとサッと横殴りに振る。
作戦の成功を確信したのだろう。俺に迫る最後の敵が笑みを浮かべていた。
だが、その動きが苦悶の声と共に止まる。
背後から、獣のように猛然と迫った二人が、交差するようにして当て身を食らわせたのだ。
それでも相手は進もうとするが、俺まであと数歩というところで倒れ伏した。
俺は勝利を宣言するように杖を掲げ、軽く地面を突くと、その左右で、猫耳少女と犬耳少女が華麗にポーズをキメた。




