77 不審者のせいで闘技場となる
ソニア・ブラッドリーは、悔しさに唇を噛む。
フェルデマリー姫が、フェルミンの弟子を指名した時、全く反応できなかった。
自分でも分かっている。
あれは、あの男に対してかけられた言葉なのだと。
だが、弟子ならここにもいると主張することぐらいはできたはずだ。
それができなかった。
ハルキ・ウォーレン……
この学院の先輩らしいが、退学になって一度は召喚術士の道を諦めたという。
それをわざわざフェルミンさんが探し出して、連れ戻したって聞いた。
なぜそんなに、逃げた男のことばかり、気に掛けるのだろうか。
そりゃまあ、猫獣人の召喚体なんて初めて見たけど……
次の瞬間、驚くべき光景を見た。
狼獣人? いや、犬獣人っていうのだろうか。
二体目の獣人が現れた。さらに……
「……子供?」
次も獣人かと思ったのだが、耳や尻尾がない。
耳や尻尾がない獣人……これではまるで人間だ。
いや、どうみても、人間の女の子としか思えなかった。
その次も、その次も……
ただただ驚愕し、信じられない思いを抱いたまま、現実感のない光景を見つめ続けた……
勢いというか、その場の雰囲気に呑まれたというか……
王女さまの命令を受けてしまったのだから仕方がない。
クロエとディアーナを呼び出す。
「二人は不審者の捜索を……って、なんて格好をしてんだ?」
猫耳少女はともかく、なぜディアーナまで……
「わんわん♪ どうやろか。ウチ、かわいい?」
こちらは犬らしい。
赤髪に合わせたのか、赤というよりは少し茶色味がかった、犬耳と犬尻尾がついている。
しかも服は、あのフリフリメイド服だった。
「犬耳メイドのイヌディアだわん♪ ……って、アニさま、どないしはったん? 向こうやと好評やったんよ? やっぱり、似合うてないやろか……」
「いや、驚いただけだ。この耳は……アクセサリーじゃなくて、わざわざ生やしたのか。尻尾も……」
「案外なんとかなるもんどすなぁ。試したら、ほれ、この通り。犬の姿にもなれるんやけど……」
「すごいな。でも、それはまた今度にしよう。二人とも、すごく似合ってるし可愛いけど、この状況、他人が見たらどう思うだろうな……」
見れば猫耳少女も同じようなフリフリメイド服姿になっている。間違いなく、サンディーが作ったのだろう。
いや、今はそんな場合ではない。
「よ~し、よしよし」
可愛がるように二人の頭を撫で、喉元をくすぐる。
「ネコクロエ、イヌディア、急いで不審者を見つけてくれ。相手は三人だ」
「わかったわん♪」
「わ……わかったにゃあ♪」
ノリノリのディアーナとは対照的に、クロエが恥ずかしそうに答える。
二人はコクリとうなずくと、隠形と幽霊化で同時に姿を消した。
「ハルキってば、まさか女の子をケモミミメイドにして、ご奉仕させる趣味があるなんてね……」
いきなり現れたと思ったら、とんでもないことを言い出す風精霊に、ため息交じりにフェルミンさんが同意する。
「そうねぇ。可愛いしぃ、愛でたくなる気持ちも分かるけどぉ、ハルキの将来が心配だわ~」
そう言いつつ、くすくす笑っている。
なるほど……
どうやら二人は、事前に知っていたのだろう。
ケモミミメイドとかいう不思議な言葉が出てきたということは、メイプルも無関係ではあるまい。
呆れつつ、その当人を召喚跳躍で呼び寄せる。
「どうでしたか? お兄さま、喜んで頂けましたか?」
「そりゃもぅ、大喜びだったわ~」
「ハルキってば、夢中で二人を撫でてたわよ」
勝手に二人が答える。しかも、なんて人聞きの悪い……
メイプルの服は、この学院の運動服だった。
それに安堵し、サンディーとシアも呼び寄せる。
さすがにこの服は、サンディーが作ったわけではないだろう。誰が用意したのか分からないが、サイズも合っているようだ。
俺からすれば、違和感というか、変な感じにしか見えないが……
「いつも通り、指揮はメイプルに任せる。サンディーはその護衛を」
「任せて下さい」
「うん、分かった」
「それでは、不審者さんをここへ追い込みますので、お兄さまはここで迎え撃って下さい。私たちは、あの建物の上から見てますね」
「ああ、頼む。でも、わざわざ追い込まなくても、見つけたその場で捕らえたほうが簡単だと思うけど」
「フェルミンさんの希望なので……」
「かなりご立腹だったからな……」
まさか、自らの手で鉄槌を下す……とか思っているのだろうか。
「であればワタクシは、この顛末を見届ける必要がありますわね。フェルミン、召喚術士の有用性と、人の姿をした召喚体の可能性とやらを証明してみせなさい」
「はい。姫さまがお望みとあらば」
こんな事を思うのは、さすがに失礼だとは思うけど……
恭しい態度で答えるフェルミンさんだが、何だか普段の態度とギャップがあり過ぎて、ごっこ遊びをしてふざけているようにしか見えない。
騎士たちを引き連れて、王女さまが建物へと向かい始めると、あっという間にいつものフェルミンさんに戻る。
「ほらほらぁ、あなたたちも一緒に行って、姫さまと同席させてもらいなさいな。ここに残っているとぉ、危ないわよ~。あー、ハルキは残ってねぇ」
危ない場所に残れとは、俺に何をさせるつもりだろうか。
なぜかシアも準備があるからと、建物の中へと連れていかれてしまった。
腕輪と木剣があるとはいえ、少し心細く感じる。
俺とフェルミンさんの二人だけが、グラウンドに取り残された。
十五体の強化魔導人形は、誰が操作しているのか知らないが、グラウンドを取り囲むように散らばり、壁際に移動する。
「まるで、闘技場だな……」
「そうよぉ、ここはこれから闘技場になるのよ~」
その声に反応したわけではないのだろうが、外へと続く通路が一つを除いて閉じられた。おそらく、その残った扉から不審者が追い込まれてくるのだろう。
なんだか、外が騒がしくなってきた……と思ったら、観客席に人が現れた。それも、どんどん増えてくる。
「ちょっと、フェルミンさん? これは……」
いつの間にか、フェルミンさんは、黒狼に乗って離れた場所で何やらやっている。
そこへ、メイプルから念話が届いた。
『お兄さま、ごめんなさい』
『まさか、これもメイプルが?』
『いえ、違います。どうやらフェルミンさんが手を回していたようで、召喚術士による公開演習という名目で、見学者を集めているようです』
いつの間にそんなことを……と思ったが、たぶん風精霊が暗躍しているのだろう。
『たぶん、これ、激怒して帰っても文句はないよな?』
『それがお兄さまの望みでしたら、私が手配しますけれど……そんなこと、しませんよね?』
『……まあな。召喚術科が存続の危機で、この機会を最大限に活用しようっていう気持ちは分かる。だけど、だったら、ちゃんと先に相談して欲しいって思うのは、俺のわがままなのか?』
『たぶん……ですけど、フェルミンさんって、常に思い付きで……いえ、状況によって柔軟に対応される方なので、事前に相談とかできないのだと思います』
もしこの瞬間にでも、フェルミンさんがもっといい方法が思いついたら、今の状況がなくなったり、もっと酷くなったりするかも知れない……ということだ。
『メイプルにも、こうなるって予想できなかった?』
『いえ……、フェルミンさんが望んでいるのは、大勢の前で私たちの正体を明かし、実力を知らしめること。介入しなければ、こうなることは分かっていました。ですけど、お兄さまがそれを望まれていないのは分かっていましたので、それを避けるために、試験の中、限定された人の前で……と思ったのですけど』
『これも、不審者が乱入してきたせいだな……』
『そうなりますね。でも、ご安心下さい。一応ですが、対策を考えて、準備しておきましたので』
何をどう準備すれば俺が安心できるのか、全く分からない。
それを問い質す前に……
『お兄さま。不審者さんたちが入ります。偵察のお二人を呼び寄せて下さい』
『わかった』
言われた通り、二人に呼びかけると、黒猫と赤茶犬が現れた。




