76 召喚術の未来のために
王立学院には、術士や戦闘関係だけではなく、林業や石材加工など、職人を養成する様々な学科が存在する。
畜産や農業関係もあり、大きな農場や牧場で食料を生産し、自給自足はもちろん、余剰分を王都で販売していたりもする。
そして、もし王都陥落の危機に瀕した時は、この学院に王都の人たちを避難させ、最後の砦となるよう設計されている。
田舎暮らしで苦しんだ今なら分かる。生産関係の情報や技術が、どれだけ貴重なのかを。だから……
「フェルミンさん、ちょっといいですか?」
「ん~。なぁに?」
「もし俺たちが、この戦いに勝ったら、学院で調べものとか、見学をする許可を頂けませんか?」
「それってぇ、復学するってことぉ?」
「いえいえ、そんなつもりはないんですけど、ほら、ここって農業とか、林業とか、田舎の暮らしで役に立ちそうなものがいろいろありますよね?」
う~ん、と考え込んだフェルミンさんは、フェルデマリー王女に話しかける。
今回は、王女様として来ているだけに、護衛の騎士たちもいるのだが、フェルミンさんはお構いなしだ。
「ハルキ、やっぱり難しいみたいだけど、何か考えてあげるわ~」
「本当ですか? お願いします」
「あんまり、期待しないでね~」
残念だけど、これはダメそうかな……と思いながら、準備に戻るフェルミンさんの背中を見送った。
第四演習場なんてあったっけ……
そう思っていたのだが、知らないのも当然だった。
俺が去ってから、新たに作られた施設らしい。
演習場という名称だが、周囲に観客席があり、併設された建物からも見えるようになっていた。
少し準備が遅れているようで、建物の中で休憩することになった。
「フィーリア、居るか?」
「なに? どうしたの?」
俺の呼びかけに応じて、小さな風精霊が姿を現してくれた。
「まさかフェルミンさん、このためだけに王女様を引っ張り出してきた……なんてことはないよな? こんな好き勝手やってたら、そのうち怒られそうだけど」
「あー、それなら心配いらないわよ。だって、これはついでだもの」
「ついでって……こんな大掛かりな事を?」
「マスターが、ついでの物事に全力を注ぐって、今に始まったことじゃないわよ。ほんと、どっちがついでなのか、分からないわよね」
フェルミンさんの役目は、王女さまの案内と護衛だ。
その王女さまの目的は、国王からの要請を、学院長に伝えることらしい。
王都へ供給される食料の増産と、復興の手伝いが主な内容だ。
そのついでに、国の未来を担う人材が集う、国家試験の視察に訪れた……ということになっている。
それでなぜ、廃れている召喚術を? ……という話になるが、不人気だからこそ、よく見定める必要がある……という理由まで用意されていた。
「召喚術科の存続がかかってるから、マスターも必死なのよ」
王立学院では、初等部で六年間、各学科に分かれて四年間、学ぶことになる。
俺の場合は、召喚術科から入学したわけだが、三年で退学となった。
まあ、それはいいとして……
現在、召喚術科に在学しているのは、全部で十一名。
一年生が四人、二年生が二人、三年生が三人、四年生が二人しかいない。
その中で、国家召喚術士の資格を持っているのは、四年生の二人だけ。
今回、三年生のうち二人が受験したわけだが、残る一人は召喚術士以外の道を選ぶことになるだろう。
生徒数だけで比較しても、魔導術科は約三〇〇名、聖法術科は約二〇〇名、精霊術科は約一五〇名なので、召喚術科は際立って少ない。
フェルミンさんが積極的に勧誘していなければ、更に少なくなっていただろう。
こんな状況では、近いうちに召喚術科が廃止になってしまう。
それだけに、人間の召喚体の存在を知らしめ、その有能さを示して、召喚術の新たな魅力をアピールすることで人気を取り戻そう……ということらしい。
「……だから、たまたま視察に来ていた王女様が、素晴らしいと褒め称えれば、その効果は計り知れないでしょうね」
つまり、そこまで脚本が出来上がっている……ということか。
知らない間に、全ての段取りが整っていて、あとは俺が覚悟を決めてやるだけのようだ。
この感じ、なんとなく覚えがあるような……
「まさかだけど……、この件にメイプルは関わってないよな?」
「まさかも何も、メイプルに協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたわよ?」
「えっ? ……じゃあ、メイプルはお披露目のことも?」
「もちろん。だけど、アンタの邪魔になるようなら協力できないって、そう強く言われてるから、その辺はマスター……姫さまがちゃんとしてくれるはずよ」
つまり、これをすることで俺に利益があるとメイプルが判断したのだろう。だったら、迷いは晴れた。
「先に言ってくれればいいのに……」
「たぶんメイプルは、最後の判断をあんたに任せるつもりだったんでしょ。なのにマスターは……」
つまりメイプルは、全ての用意を整えた上で、俺に判断を任せるつもりだったのに、フェルミンさんが暴走したのだろう。
いや、メイプルのことだから、こうなることも予想していたのかも知れない。
だが、この後に起こる騒ぎまでは、予想できなかっただろう……
公平性を期すために、俺以外の受験者たちにも、総合能力試験を受ける意思があるかと問われたが、二人とも辞退した。
それはそうだ。こうして目の前に、強化魔導人形が十五体も並べば、その威圧感は相当なものだ。
それに召喚術士がひとりで挑む。
こんな無謀なこと、兵士の訓練でもやらないだろう。
準備が着々と進む中、慌ただしく兵士が駆け寄ってきた。
「試験担当官殿に……」
途中まで言いかけて、フェルデマリー王女の姿に気付いたようだ。
「火急の用件につき挨拶を省く無礼をお許しください。王女殿下にご報告申し上げます」
まさか、この場に王女さまがいるとは思わなかったのだろう。
まだ若い兵士のようで、ガチガチに緊張している。
「つい今しがた、五名の不審者が正門の突破をはかり、うち二名は捕らえたものの、残り三名が侵入。現在、兵士二十名を動員して捜索しておりますが、未だ発見には至らず。皆様には、早々に安全な場所へと避難して頂きますようお願い申し上げます。相手は、件のならず者と思われます」
一気に言い終えると、敬礼をして、そそくさと去っていった。
担当官から、試験の一時中断が言い渡されると、フェルミンさんの機嫌がみるみる悪化していく。
「担当官さん。どうか私に賊の討伐を命令してくださいな」
「い、いや、それは……」
「た・ん・と・う・か・ん・さん☆ 私に任せてくれるわよね?」
これは危険かも知れない。
フェルミンさんの態度や声色が、いつもと違っている。
迫られた担当官は、顔色を悪化させ、冷や汗を流しながらも、やんわりとした言葉を選んで、必死に抵抗している。
そこへ、救いの手が差し伸べられた。
「であれば……」
王女さまが進み出る。
「ワタクシ、フェルデマリーが、国王の名代として命じます。フェルミンとその弟子よ、学院に入り込んだ不審者を早急に捕縛なさい」
「はっ、ご命令、謹んでお受けいたします」
あっ……、つい反射的に、片ヒザをついて受けてしまった。
これが王族の威厳というものだろうか。
気付けば、同じように隣で控えるフェルミンさんが、笑みを浮かべながらこちらを見ていた。




