75 迫りくる避けられぬ運命
女子学生が、すごい形相で俺を睨んでいる。
気持ちは分からなくもない。
彼女は自分が一番の弟子だと思っているのに、その目の前で、フェルミンさんは彼女のことが目に入っていない様子で、俺のことを弟子だと明言したのだ。
しかも、今まで手を抜いていたと……、その実力を示せと迫っている。
女子学生が感情的になるのも無理はない。
だが、俺は被害者だ。
このまま何事もなく終われば、無難に合格できたはずだ。
なのに、試験を受けて合格するよう勧めてきた人に、試験そのものが壊されそうになっている。
加えて、試験に関係のないことで、命がけで戦えと強要されているのだ。
その状況で、俺が責められるのは、さすがに理不尽が過ぎるだろう。
黒猫にお願いして、風精霊経由でフェルミンさんに、女子学生のことを気遣うようにと伝えてもらう。
これで少しは、俺に対する敵意が和らぐといいんだけど……
「ソニア、あなた幸運よぉ~。召喚術の新たな未来が見られるわよぉ」
あっ……なんだろ、火に油が投入されたような気がする。
ますます視線が痛い。
強化魔導人形は、兵士の訓練用に使われるもので、値段はもちろん、性能も格段に高い。
そんなものが、この学院にダース単位で置いてあるわけがないのだが……
本当に戦うのなら、シアとクロエは必須だろう。
ディアーナの実力は、まだ完全に把握しているわけではないが、聖法騎士なら戦闘能力が期待できるし、聖法術による援護にも期待したい。
それに、集団戦となればメイプルの指揮は必須だし、その護衛にサンディーがいれば心強い。
つまり、強化魔導人形の集団と戦うには、フェルミンさんの思惑通り、全員に手伝ってもらうしかない。
「フェルミンさん、冗談ですよね? 悪ふざけもここまでに……」
「ハルキ、甘いわよぉ。すでに十二体、こちらに送ってもらってるからぁ」
……だめだ。とても説得できそうにない。ならば……
「ほら、試験官の皆さんも、こんな予定外のことは認められないですよね」
……なるほど、ゲレット先生が腰を抜かしたのは、フェルミンさんが現れたからだったのかと、今さらながら気付く。
バーンズ先生は見て見ぬふりをしているし、まだ新任のリリーベルに説得を期待するのは無理だろう。
「試験に全く関係のない騒ぎを持ち込まれては、担当官殿も困りますよね」
「ハルキ、往生際が悪いわよぉ。これも実技試験として評価すればいいわ~。でしょ? ボーちゃん?」
そんな、無茶苦茶な……
「こ、これを、実技の総合能力試験として採用する。見事、勝利を収めれば、大きく加点すると約束しよう」
「いやいやいや、こんな事をしなくても、合格ラインは超えてますよね?」
「その提案、キュリスベル王国第三王女フェルデマリーの名に於いて承認します。なお、この申し出を断った場合、国を代表するようなもっと大きな式典にて披露して頂くことになりますわ」
全員が息を呑んだ……
なぜ、こんな場所にマリーさん……いや、フェルデマリー王女が?
だが、俺には、大体の状況が理解できた。
はっきりとした理由は分からないが、フェルミンさんに説得されたのだろう。
この件に王女殿下が関わっているとなれば、十二体の強化魔導人形を手配することぐらいは容易いだろう。
それに、すでに根回しが終わっており、俺には初めから戦う以外の選択肢がなかった……ということになる。
仕方がない……と、念話でみんなに相談する。
こんな事になって申し訳ない……という気持ちで一杯だったのだが、なぜかみんなは乗り気だった。
『私もお兄ちゃんの役に立ちたかったし、みんなもそうだよね?』
サンディーの呼びかけに、みんなが賛同する。
『せやったら、クロエはネコさんですし、ウチはワンちゃんになって登場するんはどうやろか……』
さすがディアーナ、呑気なものだ。そんな冗談を言う余裕があるのか……なんて思っていたら、せっかくのお披露目なんだから、どうやって登場しようか、という話になってしまった。
それはまあ任せておくとして……
試験は、強化魔導人形の準備が整うまで、他の課題を消化することになった。
女子学生が探査能力試験に挑む。
制限時間内に、学院の限られた区画内に隠されている、敵兵に見立てた人形を見つければいい、というものだ。
フェルミンさんと王女殿下の御前だけに、かなり緊張した様子だったが、大型白犬の活躍で、かなり余裕をもって見つけることができた。
俺の方は、運動能力試験だ。
もう今さら隠す必要はないので、人の姿に戻っていいと伝えたのだが、なぜかクロエは猫耳少女姿に変身した。
当然のことながら、ここまで人の姿に近い召喚体は非常に珍しいだけに騒然となったが、ハーピーや人魚の例もある。
みんなが、猫の妖精や、獣人の類ではないかと疑っている間に、無事に……というか、非常識とも思える優秀な結果を残して、試験を終えた。
五十メートル走は、ほぼ一瞬。ジャンプ力は計測不能。
シアの腕輪や、俺が強化した影響もあるのだろうが、これはクロエが、俺の為にと全力で挑んだ結果だ。
文句なしの合格だろうと確信し、黒猫に戻ったクロエを抱き上げて、よくやったと褒めちぎる。
こうしてもふもふの毛に顔を埋めていると、安心感が広がり、すごく癒される。
だが、そんな現実逃避は、長く続かない。
「さあ、ハルキ。お楽しみに時間よぉ。第四演習場へ行くわよ~」
なんだかすごく楽しそうなフェルミンさんの声に、俺は深いため息を吐いた。




