74 無難を願ひて波風立ちぬ
メキメキ、バキッと、嫌な音が青空に響き渡る。
男子学生の大ワニが、ダミー人形を噛み砕いたのだ。
意外な瞬発力はあるものの、基本的に陸上での動きは遅い。
だが、その破壊力は脅威だった。
魔導処理が施された動くダミー人形だけに、捕らえるまで少し時間がかかったが、食い付けば一瞬で終わった。
「よし。そこまで!」
一部始終を見ていたが、実戦で使えるかどうかは微妙なところだ。
たとえば、俺が敵の立場だったら、ワニの姿が見えた時点て警戒するし、攻撃範囲に入らないよう気を付けるだろう。
水中ならともかく、地上でなら、とにかく近づかなければいい。
囮に食い付かせて口を縛ってしまえば最大の武器を封じられるが、爪や尻尾の一撃も危険だ。
野生のワニなら、死角となる背後から近づいて……なんて方法もあるらしいが、知能の高い召喚体相手にその方法は通用しないだろう。
……というのは、メイプルからの助言だ。
男子学生の立場で考えると、とにかく攻めは捨てて、守りに徹するのがいいだろう。そこにいるってだけで、相手にとっては脅威だ。
伏兵にするのもいいだろう。もしくは、敵が目前に迫ってから、いきなり現出させれば避けられない。
だがまあ、やはり一番活躍できる場所は水中だろう。
「次っ! ソニア・ブラッドリー。始めっ!」
「はいっ!」
あの妖精は、悪戯妖精という種類らしい。
何かの術を使ったのか、魔導人形が動きがぎこちなくなる。
そこへ、大きな白犬が襲い掛かる。
だが、トドメを刺したのは、召喚術士であるソニア自身だ。
手にした槍が、心臓部分を貫いた。
「よし。そこまで!」
召喚体をサポートに回して自分が戦う……という方法も認められるらしい。
つまり、いざという時は、俺も参戦してもいいってことだ。
それにしても、この魔導人形も懐かしい。剣技の相手で何度も戦った相手だ。
シアの能力向上がなくても、俺一人で倒せる相手だ。そんなものに、クロエが苦戦することはないだろう。たとえ猫の姿であったとしても……だ。
「次っ! ハルキ・ウォーレン。始めっ!」
空中に現れた黒猫が、ふわりと優雅に降り立つ。
『クロエ、遠慮はいらない。派手に壊していいぞ』
『はっ。兄者の命、しかと承りました』
まさに電光石火。
勢いよく走り出した黒猫は、空中に飛び上がると、猫の身でどうやったのか、手裏剣を飛ばして魔導人形の関節部分を的確に破壊する。
動きが止まったところで……
『強化、十だ。派手にやれ!』
精神経路を通じて、チカラを注ぎ込む。
魔導人形の頭に着地した黒猫を中心に、ざわっと風が動き始める。
それは、あっという間に旋風となり、魔導人形をズタズタに引き裂いた。
風が収まり、宙返りをして地面に降り立った黒猫が……
「秘技・風刃の舞い」
ビシッとポーズを決めると、魔導人形はバラバラになって崩れ落ちた。
「………よ、よし。そこまで!」
駆け寄り、胸に飛び込んできた黒猫を抱き留めると、よくやったとばかりに優しく撫でてやる。
人間ほどの素早さや複雑な動きができない魔導人形とはいえ、素人や生徒にとっては十分に脅威だし、装甲の強度も相当なものだ。それを猫の姿で、ここまで破壊したのだから恐れ入る。これなら、強化をする必要さえなかっただろう。
ほら、担当官が信じられないものを見るような顔で、こちらを見ている。
試験官たちも、あんぐりと口を開けている。俺を退学に追い込んだゲレット先生に至っては、完全に目が泳ぎ、腰を抜かしたかのように座り込んでいる。
まだこの後も、登録をした運動能力試験が控えているが、よほどのヘマをしない限り、これで合格は間違いないだろう。
そう思い、ホッとひと安心していたのだが……
「あーもう、ハルキってば何をやってるのよぉ~」
聞き慣れた声が……できれば、この場で一番聞きたくなかった声がした。
当然のように、部外者は立ち入り禁止です……と、追い出されそうになるが、フェルミンさんはお構いなしだ。
「こんな手抜き、師匠として認められないわ~。ハルキ~、本気を出さなかったらぁ、どうなるか分かってるわよねぇ~」
いや、分からないし、分かりたくない。
そこへ風精霊まで現れて、俺にささやいてくる。
「ごめんね、ハルキ。マスターはどうしても、人間の召喚体をお披露目させたいらしいのよ。だからまあ……諦めて、みんなを呼びなさいな」
「いやいや、このままでも合格だろ?」
「たぶんね。でも、マスターがそれで納得すると思う?」
いや、思わないけど……
できるだけ無難に、波風を立てずに合格する。それが目標だったのだが……
こうしてフェルミンさんが乱入した時点で、もうそれは叶わないようだ。
だったら、誰か一人だけ、来てもらおうか。
こういう時、頼りになるのはサンディーだが……
「この子の本気を知りたかったらぁ、強化版をダース単位で持ってこないとぉ。ほぉら、サッサと用意なさいな」
「ちょっ、それって、兵士の訓練に使うやつですよね?」
「そうよぉ。ハルキ、覚悟なさい。死にたくなかったら、早くみんなを呼んだほうがいいわよぉ?」
いやいや、試験の公平性に関わることだ。さすがに、国家試験でそんな無法は通らないだろう。……なんて思っていた自分が浅はかだった。
「わかってるわよねぇ、ボーちゃん。これは、召喚術の未来に関わることよぉ?」
「いえ、フェルミン嬢、そう仰られましても……」
「ゼス・ボードウィン! いいから、さっさと強化魔導人形をできるだけかき集めなさい!」
「はいっ!」
今まで威厳を以て試験を進めていた担当官が、こうも容易く屈服するとは思わなかった。
そしてこれが、俺を護る、唯一最大にして最後の砦が陥落した瞬間だった。




