72 黒猫の庇護の下で
試験が行われる教室に入ってきたのは、昨日、応接室で会った、フェルミンさんにタジタジだった若い男だった。
昨日と同じ軍服姿だったが、その胸には、宮廷召喚術士のブローチを付けられているのを、今になって気付いた。
その男は、国家召喚術士認定試験の担当官だと名乗り、俺たちに起立するよう命じる。
俺は、一旦帰還するようクロエに頼む。
お披露目といえば、現出から帰還までがセットになっている。なのに、最初から現出していては、段取りが狂ってしまう。
担当官は、カンカンという朝の弐つ鐘に合わせて宣言する。
「これより、国家召喚術士の認定試験を開始する!」
「「よろしくお願いします!」」
どうやら身体は覚えていたようだ。
反射的に返事をし、それが三人揃っていたことに安堵する。
「では、ボッシュ・ガーランド、前へ。召喚体のお披露目、始めっ!」
男子学生が前に出ると、召喚体の名前だろう「ガブ、出てこい」という呼びかけに応えて、大きなワニが出現した。
これは戦闘能力が高そうだ。それに水陸両用となれば戦術も広がる。
……つい、召喚術士目線で評価をしそうになってしまった。
ワニを帰還させ、男子学生が元の位置に戻ると、次は女子学生の番だ。
「よしっ! 次っ! ソニア・ブラッドリー、前へ。召喚体のお披露目、始めっ!」
「はいっ!」
元気よく返事をして前に出ると「アニー、パック、出てきなさい!」と命じる。現れたのは、白くて大きな犬と、翅脈の模様が見える透明羽の妖精だ。
見た感じからして、犬がアニーで、妖精がパックだろう。
何となく、黒狼と風精霊を思わせる組み合わせだが、そういうところもフェルミンさんに合わせたのだろうか。
だが、さすがに人形の真似は、できなかったのだろう。
このお披露目は、召喚ができたことを示すだけのものなので、別に全員を見せる必要はない。だが、対抗心を抑えられないソニアの性格を考えると、もし人形に近いものが召喚できていれば、間違いなくお披露目しているはずだ。
「次っ! ハルキ・ウォーレン、前へ。召喚体のお披露目、始めっ!」
「はい」
何も気負う事はない。
前に進み出た俺は、いつも通りに話しかける。
「よし、クロエ、頼む」
ふわりと宙から降り立った黒猫は、こちらを向いて、優雅に尻尾を振りながらお座りをする。
「はっ。主殿の命により、クロエ、参上仕りました」
俺が小さくうなずくと、黒猫は担当官の方へと向き直り、一緒に礼をする。
頭を上げ、こちらを振り返る黒猫に軽くうなずくと、宙返りをして姿を消した。
これでお披露目は終了だ。
俺が元の位置に戻ると、担当官が声を上げる。
「よしっ! 着席!」
この通り、国家試験……というか、この学院もだが、国への奉仕を求められるモノだけあって軍隊色が強い。
椅子に座る時も、背もたれを使わず、背筋を伸ばして姿勢を正す必要がある。
手は机の上ではなく、ひざの上だ。
女性の試験官が、机の上に小冊子を置いていく。
「続いて、筆記試験を行う! 筆記用具を準備せよ!」
精神収納から、ペンとインクを取り出す。
準備が終わったのを見計らって、女性試験官が、試験内容を説明していく。
この試験は明確な答えのない小論文形式らしい。
設問に対する答えや根拠などの内容はもちろん、文章能力も採点の基準となる。それを、限られた時間内に五つも取り組まなければならないので、時間配分が大変そうだ。それに……
「この試験は、召喚体の協力を認めます。なので、召喚体と力を合わせて取り組んで下さい」
しかも、試験会場以外での活動も認められる。
その方法に制限は無く、本で調べてもいいし、誰かに聞いてもいいらしい。
小論文と聞いて憂鬱な気分になっていたが、なんだか光が見えた気がする。
メイプルの背後から後光が差すようなイメージだ。実にありがたい。
『……そういうわけだ。メイプル、頼む、助けてくれ』
『そういうことでしたら分かりました。お兄さまのお手伝い、全力で頑張らせて頂きます』
メイプルから喜びの感情が流れてくる。
たぶん、何も手伝えないと思い、今まで残念に思っていたのだろう。だが、これならメイプルの独壇場だ。
もちろん、最近の社会情勢だとか、流行りだとか言われたら厳しいだろうが、少なくとも、俺が考えるよりもまともな文章を作ってもらえる。それだけでも、かなりありがたいし、すごく助かる。
「よし、時間だ。筆記試験、始めっ!」
担当官の合図で小冊子を手に取る。
まずは……キュリスベル王国の歴代国王の名前と、歴代国王が行った施策の中で、一番のお気に入りのものを述べよ……か。
もちろん……というのも悲しいが、俺に分かるわけがない。
さっそくメイプルは、管理人さんから教えてもらっているようだ。
マリーさんから話を聞ければ、驚くような裏話が出てきそうな気もするけど、残念ながら、朝早くからお仕事に出掛けたままらしい。
男子生徒が頭を抱えている。
どうやら召喚体は、あの大きなワニだけなのだろう。のっしのっしと歩いて部屋から出て行ったが、どうやって調べるのだろうか。
いや、いまは他人を気にしている場合ではない。
結局、問題の中に、召喚術に関する内容はなかった。
だが、料理に関してはサンディーがいるし、戦術に関してはシアがいる。
『兄者、背後にお気を付けください。何者かが忍び寄っています』
シアかクロエに対処させようかと思ったのだが、人間を呼び出せば騒ぎになるだろう。
仕方がない……
『兄者、来ます』
警告と同時に黒猫が姿を現し、不審者に飛び掛かる。
俺も腰の木剣を手にして素早く立ち上がると、相手の喉元に剣先を突き付ける。
この光景が、担当官や試験官に見えていないはずがない。だから、これも試験の一環なのだろう。だとすれば、やりすぎるのもマズイ。
「降参、降参。実に見事だ」
どうやら、俺以外は対処できなかったようだ。
だが、これは何の試験なんだろう……
「席に戻って、試験を再開せよ」
「「はい!」」
担当官の号令で、再び机に向かう。
どうやら、今のは何だったのか、説明する気はないようだ。
机に飛び乗った黒猫は、行儀よく座ると、問いかけるようにこちらを見つめる。
『ありがとう、クロエ。助かったよ』
『いえ。何かの試しだったようですね。でしたら、このままここで、ボクが見張っておきましょうか?』
『ん~、そう何度も同じ手は使わないだろうから、姿を消して警戒を続けてもらったほうがいいかな。ほら、目の前にいると、俺が撫でたくなってしまうから』
『あっ……、そうですね。気が散っては、試験に差し支えますよね』
黒猫は、小さくうなずいて姿を消した。
名残惜しいが仕方がない。
その後は抜き打ち要素らしいこともなく、無事に全部の文章を書き上げた。もちろん、名前の記入も確認済みだ。
「よし、時間だ。筆記試験を終了する! 起立!」
「「ありがとうございました!」」
みんなの力を借り、こうして無事、筆記試験を乗り切った。




