71 フェルミンさんの一番の弟子
門番は安堵の表情で、俺を中へと案内する。
理由は明白だ。
フェルミンさんの姿がないからだ。
気を利かせた黒狼は、門番からは見えない場所で俺を下ろすと、遠くから見送ってくれた。
代わりに、風精霊が付き添ってくれている。
案内された教室には、今回の受験生なのだろう、すでに二人の学生がいた。男と女が一人ずつだ。
他の三人は試験官なのだろう。
そのうち、二人の男性は、召喚術の教師なので見覚えがあった。
バーンズ先生は五十歳近くで、座学を担当している物静かな人だ。とにかく淡々と授業をこなすという印象が残っている。
ゲレット先生は、まだ四十にはなっていないだろう。実技を担当していて、俺に退学を迫った人物でもある。教育熱心なのは認めるが、自分に酔うタイプなのだと今なら分かる。
残り一人は新人なのだろうか。それとも試験の為に呼ばれたのだろうか。
活発で明るそうな若い女性で、俺と近い年齢に見える。
「ウォーレンさん。本当にきたんだ……」
その呟きを聞き逃さなかった。
どういう意味だ? 俺が来るとは思わなかったってことか?
一度は逃げ出したくせに、試験を受けるんですかぁ? ……と受け取ってしまったのは、たぶん俺の被害妄想だろう。
……まあいい。
ちなみに風精霊は中に入れなかった。
まあ、部外者なのだから仕方がない。とはいえ、あの風精霊だけに、大人しく従うとも思えない。
今ごろ、姿を消して、この部屋のどこかで見物していてもおかしくはない。
普段は使われていない教室なのだろう。机が三つしかないので、受験者はこれで全員らしい。
学生が二人に部外者が一人。なんとも寂しい限りだ。
俺が在籍していた時でも、もう少し賑やかだったと思ったけど、冗談抜きに、本当に召喚術の成り手が減っているようだ。フェルミンさんが嘆くのも分かる。
受験者カードを提示し、確認してもらった上で、席に着く。
隣──三つ並んだ真ん中の席に座った女子学生が、なぜか俺を睨んでいる。
『兄者のお知合いですか?』
机の上の乗った黒猫が、お座りをして小首を傾げる。
ひいき目を抜きにしても、滅茶苦茶かわいい。
『い、いや、生徒の知り合いはいないはずだけど、なんだろ……。気になるけど、試験前に話しかけるのはマズいよな……』
『試験前に睨みつけるのも、行儀が悪いと思いますけどね』
『まさか俺に重圧をかけているのか? 外部からの受験者だから? ……でもまあ、気にしても仕方がないな』
『そうですね』
そう思ったのに、どういうわけか、向こうから話しかけてきた。
「アンタよね。フェルミンさんが探してた相手って」
生徒にまで、噂になっていたのか。
「ちょっと、無視するなんて失礼ね」
「いやいや、試験前に話しかけるほうが失礼だと思うけど。それに、たしかにフェルミンさんは俺のことを探してたようだけど、あの人は常に召喚術士の素質がある人を探してるから。俺に聞かれても分からないよ」
あれ? 何か言い返してくるかと思ったのに、小さく「たしかに……」と呟いている。
案外、素直で真面目な性格なのかも知れない。
「まあいいわ。私はソニア・ブラッドリー。何だかフェルミンさんの弟子とか言われているようだけど、フェルミンさんの一番の弟子は私なんだから、覚えておきなさいよ」
「うん、わかった。俺の場合は、弟子っていうより生徒だったからな。教わった内容も、たぶん学院の授業と大差ないと思うよ」
微かに「いいな……」という呟きが聞こえた気がするけど、キリッと再びこちらを睨んでくる。
「アンタには、絶対負けないから……」
「お互い、合格できるようにがんばろうな」
最後は「なによ、余裕ぶって……」なんてことを言いながら、プイッと横を向いてしまった。
妹たちは素直で良い子ばかりなので、こういう反抗的な態度は新鮮で面白い。
それに、実家の妹たちでもっとエグイ態度にも慣れているので、それを思えば可愛いものだ。
たぶん彼女も、フェルミンさんに声をかけられて、ここへ来たのだろう。
弟子って言うからには、少しは師事してもらったのだろうけど……
何をしてもらったのか分からないが、とにかく、俺に対抗心を燃やすほどフェルミンさんを慕っているようだ。
『兄者。あの人、ブラッドリーという名前でしたよね』
『たしか、そう言ってたよな。ソニア・ブラッドリーだったか?』
『その、偶然かも知れませんが、負傷した騎士を運び込んだ治療所の所長が、ミルファ・ブラッドリーという方だそうです。年齢的に親子とは思えないので、親戚か年の離れた妹ってところでしょうか』
『そうか。一応、心に留めておくか。……でもまあ、俺たちは余計なことを考えずに、試験に集中しよう』
『了解いたしました』
こうして目の前にいられると、ついつい手を伸ばして触りたくなるものだ。
何か不思議な魔力があるのか、気付けば俺は、黒猫の背中──サラサラで触り心地の良い毛並みを撫でていた。
そうやって癒されていると、人の気配が近づき、扉がノックされた。




