68 王立学院
街中も多少は落ち着いてきたのか……と思ったが、襲われないのは、たぶん前を行く黒狼のおかげなのだろう。
それに加え、上空から浮遊霊が、肩の上で黒猫が周囲を警戒している。
そのおかげで、黒猫なら、魔女姿になっているフェルミンさんの肩の上に乗ったほうが、より映えるだろうな……なんてことを考える余裕があった。
さすがに正面大通りは、等間隔で騎士が立っていたりで、警戒が厳重だった。
フェルミンさんと黒狼のおかげだろう。俺たちは、制止されることも咎められることもなく、普段通りに歩くことができた。
途中、クロエから、ここが冒険者組合の本部だと教えてもらう。
なるほど、この建物がそうだったのか。
商用門前出張所も、途中で寄った町の組合よりは立派だったが、それとは比べものにならないほど立派で大きかった。
「そうそう、フェルミンさん。フィーリアから聞いていると思いますけど、俺、冒険者組合に登録することになりました。何か問題があったり、しませんか?」
「まあ、いいんじゃない? たぶん、無駄にはならいわよ。入会できるのは庶民だけだから、私には分からないけどねぇ」
組合は、民衆の互助組織である。だから貴族は、組合員にはなれない。
ただし、独立採算で成り立つ組合は少なく、貴族から援助を受けていることが多い。そのお礼として、特別組合員の称号が贈られることがある。
そのようなことを、わざわざ姿を現して、風精霊が説明してくれた。
多少は知識があったが、こうして改めて説明してもらえると非常に助かる。
このまま進めば王宮だが、途中で大通りを外れる。
この奥にある広大な敷地が、王立学院だ。
敷地内に海や山もあるが、その周囲は頑丈な壁で囲まれており、外界とは隔絶されている。
でもそれは、無断で壁を超えることが不可能というだけで、手順を守って申請すれば、王都側の門から出ることができる。
どうやら、そこで試験があるらしい。今日はその手続きをしに行く。
この門も久しぶりだが、懐かしさのようなものは感じない。
それどころか、初めて来たときのような緊張感に襲われる。
あの時も、こうやってフェルミンさんに連れられてきたっけ……
「宮廷召喚術士のフェルミンよ。この子のぉ、召喚術士試験の手続きに来たんだけど、通っていいわよね?」
「お、お話しは伺っております。フェルミン様、どうぞお通り下さい。道案内をいたします」
「案内なんて不要よぉ? 時間も時間だしぃ、寄り道しないで向かうから、心配しなくてもいいわよ」
「わ、わかりました。その様に手配いたします」
なんだかもう、雰囲気が、敵の大群が襲来してきたかのような緊張感だ。
複数の警備員が、慌てたように走っていく。
なんとなく気の毒に思いながら、小さく頭を下げて、門の中へと入った。
懐かしさはなかったが、少し胸が熱くなるのを感じた。
自分が情けなくて、フェルミンさんに申し訳なくて、もう二度と戻ってくることはないと落胆して去った場所。そこへ、再び戻ってきたのだ。
あれから二年半も経っている。
さすがに同期は、卒業して誰も残っていないだろう。
歩きながら、記憶を呼び覚ましていく。
初歩の召喚が行えなかったせいで、楽しむようなことは全くできなかったが、その気晴らしを共通授業でしていた。
そのせいなのか、共通授業の成績は……飛び抜けてはいないものの、比較的良かったと思う。
何度か転科を進められたりもしたが、入学の経緯が経緯だけに、受けられるはずがなかった。
本棟の来客用玄関に向かう。
受付に二人、出迎えの教師が二人……は、いいとして、なぜか警備員が六人も集まっている。
簡単に挨拶を交わし、名簿に名前と目的を記入する。
「あー、この子のことは書かなくてもいいですか?」
「あなたの召喚獣ですか? 可愛いですね。召喚獣に関しては記入の必要はありませんが、できればそちらは帰還して頂ければと思います」
「あ~、忘れてたわぁ。ごめんねぇ、ニック。あなたはダメだって」
黒狼が姿を消すと、代わりに風精霊が姿を現した。
「じゃ~、この子なら、いいわよねぇ?」
「ええ、も、もちろん。ご配慮、感謝いたします」
別にフェルミンさんは威圧していないのだが、受付の、かなり年配のお姉さんが、タオルで冷や汗を拭っている。
軽く頭を下げて、奥へと進み始めると、受付のお姉さんはホッとしたのか、よろけてもう一人に支えられていた。
そんなに怖がらなくてもいいのに……と思いつつ、お疲れ様でしたと、心の中で唱えた。
通された部屋は、立派な応接室だ。
ここも、入学の時に来たことがある。
あの時は学院長が出てきたが、今回は担当の偉いさんのようだ。
それに、召喚術士の教師も同席しているが、こちらはよく知った相手だ。
俺に召喚術士の才能はないと言い放ち、退学を迫った相手なのだから、忘れようがない。
可哀想に、身体を縮こまらせて震えている。
「約束通り、ハルキを立派な召喚術士に育てたわよぉ。試験のほう、お願いねぇ。特に、ハルキに才能がないと罵って追い出したアンタ。アンタには試験官から外れて頂きたかったのですけど、その権限は私にはないからねぇ。せいぜい公平にジャッジして下さいな」
うわ……、ずいぶんとご立腹されておられるようだ。
だけど、そんな事をしたら、判断基準が厳しくなって、フェルミンの弟子だと息巻いて乗り込んできたわりには、大したことがないな……とか思われかねない。
「で~、試験はいつぅ?」
「はいっ、明日の朝にでも。すでに他の受験者二人も待機しております。詳細はこちらに……」
「分かったわぁ。じゃあ、よろしくね~」
書類の記入を終わらせ、受験者カードを受け取ると、用は済んだとばかりにフェルミンさんは席を立つ。
どうしたものかと悩んだが……
「では明日、よろしくお願いします。それでは、失礼いたします」
深く頭を下げて挨拶をし、フェルミンさんの後に続いて退出した。
部屋の外で、ディアーナが待っていた。
てっきり、あっちこっちを見学しているを思ったのに、もう飽きたのだろうか。
『なんや、アニさま、えらいお疲れやねぇ』
『そっちは、ずいぶんと退屈そうだな』
『そやね。そうそう、聞いたってよ、アニさま。幽霊の研究とかしてはる場所があったから顔を出してみたんやけど、だぁれも気付いてくれはらへんのよ。せやから、ちょっと物を動かしてみたんやけど、したら何て言いはったと思う?』
『ん~、なんだ?』
『えっ? まさか、幽霊? ……やて。なんかもう、拍子抜けやわ』
『そうか……。見つかって、大騒ぎになったら大変だから、ほどほどにな……』
受付や門番には、俺が率先して対処して、ようやく学院の外へと出た。
思わず、大きく息を吐く。
「なぁに? ハルキ、緊張してたのぉ?」
「そ、そりゃまあ、もう二度と来ることはないって思ってた場所ですから」
実のところ、学院がどうのこうのというよりは、フェルミンさんを取り巻く雰囲気に中てられて、気疲れをしているだけなのだが……
「国内で最高の教育機関って威張ってるけど、そんな大したものじゃないわよぉ? 本当に優秀な人材を育てたかったら、優秀な師匠の元で学ばせたほうが、よっぽどいいからねぇ」
「そんな事を言って、いいんですか?」
「いいの、いいの~。多くの人を一定水準まで育てるにはいい場所だって、私もちゃんと分かってるからね」
なんだか含みのある言い方が気になったが、とにかくあとは試験を受けるだけ。
その為の準備を……
「試験って、明日の朝って言ってましたっけ?」
「そうね。絶対に合格するのよ~」
「あっ、はい。……がんばります」
早く終わらせてウラウ村に戻りたい……と願ってはいたが、さすがに準備をする時間がなさ過ぎる。
もう一度ぐらい、教本を読み返したかったのだが……
『兄者、右から不審者が近づいてきます』
横から飛び出してきた男を取り押さえながら、これはもう腹をくくるしかないなぁ……と覚悟を決めた。




