67 法術の四大系統
魔導術、精霊術、聖法術、そして召喚術。
キュリスベル王国では、この四つの系統が主流となっている。
それらは法術と呼ばれ、力の根源は同じなのだが、使い方……というか、考え方や技術がまるで違うので、互いに相容れないものだと考えられていた。
というのも、どれかひとつを極めると、他の系統が使えなくなるのだ。
裏を返せば、素質が無ければどれにもなれないし、素質があればどの系統にもなれる……ということになる。
もちろん、個人の好みや資質に影響されるので、得意不得意は出てくるが……
稀に複数の系統を扱える者も現れるが、その場合、どれも中途半端で実用性に乏しく、最終的には一つに絞る選択を迫られるようになる。
それならいっそ、どれにするか最初に定めて、修練したほうが効率的だ。
……そう、風精霊が説明してくれた。
「ハルキの場合、召喚術を失えば、この子たちは一生精神世界から出られなくなるでしょうね。まあ、消えはしないけど、ハルキが一人で全員分のエネルギーを維持しなくちゃならなくなるから……驚くほどの大食らいになるわよ」
「それは困るな……。絶対に無理なのか?」
「ん~、そうね。一応だけど、全ての系統を極めたって人もいるわ。……伝説の中で、だけどね」
「へぇ、可能性はあるんだ……。それって誰?」
「エーデワルト様。このキュリスベル王国の初代女王よ」
それなら、学院で真っ先に教わった。
この大陸が魔物であふれた時、人々を護るために戦った『救世の三英雄』。その一人が、法術使いのエーデワルト様だった。
ふふっ……と笑いながら、フェルミンさんが茶々を入れる。
「ハルキのこと知ったらぁ、みんな腰を抜かすわよ~」
「いやいや、フェルミンさん。俺は、みんなを見せ物にするとか、そんな可哀想なことをするつもりはないですよ」
「違うよぉ? むしろ、堂々と公表してあげたほうが、彼女たちのためになると思うわよぉ?」
「公表して、何の得があるんですか? 俺たちは、ウラウ村で、のんびり幸せに暮らせればいいんですよ。資格を取るのは、要らぬ騒動を避けるため、念のためなんですから、波風立てずにサラッと取れればいいんですよ」
あれ? もしかして、フェルミンさん……動揺してる?
なぜか俺と目を合わそうとせず、顔を背け、あらぬ方向へ視線を泳がせている。
何かを企んでる? いや、すでに何かやらかしたとか……?
「ハルキ、心配しなくても大丈夫よ。多少騒がしくなるのは仕方がないけど、ちゃんと向こうで農業が続けられるようになるわよ」
「本当か?」
なんだろう。フェルミンさんたちから、どうあっても人間の召喚体をお披露目させたい……という意思を感じて、なんだか釈然としない。
そこへ、メイプルから助言が届き、なるほどと納得する。
「で、フィーリア……。公表したら何の得があるの?」
「そうね……。たとえば、彼女たちに正式な市民権が与えられたり……」
「それって、税金を取られるってことだよな。いやまあ、いいんだけど」
「あっ、もちろん、免除してもらえるように頼んでみるわ」
召喚体に戸籍を与えた上で免税するだなんて、かなりの無茶だが……
つまり、そんな無茶を押し通せるほどの価値がある……ということになる。
とはいえ、そんなことを領主が許すだろうか。
よく知らないが、そんな命令が下せるのは……
「まさか王様が動く……なんてことはないよな。あー、そういや、領主は捕まったままだろ? 代わりってどうなったんだ?」
「そうね……。たしかまだ不在だったはず。代行が業務を引き継いでるから、最低限のことはできてると思うけど、早く新しい人が決まるといいわね」
何だか話が逸れてしまってうやむやになってしまったが、召喚術士のまま魔導術士になるのは無理なのだろう。
空を飛べたら、ウラウ村に帰るのが早くなると思ったのだが……いやいや、せっかく俺の為にとみんなが作ってくれた馬車だ。置いて帰るわけにはいかない。
「ごめんなさい、マリーさん。みんなと過ごすには召喚術士じゃないとダメみたいです。でも、師匠になるって言って下さって嬉しかったです。ありがとうございました」
「それならば、仕方なきことですわね。ワタクシとしても、皆様とのお別れは悲しく思いますから。ですが、マルチホルダーの可能性もありますので、気が向けば申し出て下さいな」
「マルチホルダー?」
「全ての系統を操る者のことですわ」
「そんな才能があればいいんですけど。たぶん、そんな必要はないと思いますけど、教わる機会がありましたら、その時はよろしくお願いします」
「ええ、その時はぜひ任せるといいわよ」
なぜか握手を求められて握り返す。
フェルミンさんとじゃれ合うための口実かと思っていたのに、マリーさんは本気だったのかも知れない。
「じゃ~、ハルキぃ、出かけるから準備してねぇ」
「えっ? どこへ?」
「もちろん、試験の手続きに決まってるじゃない。そのために来たんでしょ?」
「いやまあ、そうですけど……。手続きだけですよね。そのまま試験ってことは」
「私は、それでもいいんだけど……。たぶん、向こうも準備が必要だからねぇ」
それで早く終わるのなら望むところなのだが、心の準備が……
「……あの、フェルミンさん? いちおう、ここに俺もいるんですけど」
「どうせ、妹たちで見慣れてるんでしょぉ? 別に気にしなくていいわよ」
何だか誤解が生まれそうな言われ方だが……
別に俺は、妹たちの着替えをジロジロ眺めたりはしていない。
一緒に生活をしていたら、自然と視界に入って来るだけだ。
そもそも、そういう問題ではないのだが……
こう堂々と目の前で着替えられると、反応に困るというか、下手に反応するほうが変な気がする。
俺のほうは、まだ外出着のままだったので、支度をする必要はないのだが……
「ほら、ハルキも早く着替えて」
「着替えって、これ外出着ですけど?」
「召喚術士の服とか、学院の制服とか、あるでしょ?」
「……ないですよ。学院を出る時、全部置いてきましたから」
そのくせ、杖だけは持って出たわけだが……
悪用されないために制服は徹底管理されるが、杖はその限りではない。
それに、召喚術士の杖は、かなりの値打ちものだったりする。
「まあ~、そうだろうと思って、用意しておいたわよぉ。それに着替えてね」
「ありがとうございます」
受け取ったものの、これは……
羽根飾りの帽子、毛皮のジャケット、革で要所を補強したズボン、革のブーツ。
いわゆる、伝統的な召喚術士の服だった。
もしかしたら、これも、召喚術士が不人気になった理由のひとつかも知れない。
昔ならば、猟師みたいでカッコイイともてはやされた時代もあったらしいが、今となっては時代遅れな上に、王都を歩くには羞恥心を捨てなければならない。
そう覚悟していたのだが……
「あれ? 思ったほど悪くないな……」
「でしょ? お兄ちゃんのために、私が手直ししたんだよ。気に入ってくれた?」
「サンディー、すごいな。これなら、外を歩けそうだ」
それでは……と、外へ出ようとしたのだが、当然のようについてこようとした妹たちを、風精霊が止める。
「ちょっと待った。そんな、みんなで行ったら目立つでしょ。護衛なら、黒猫と幽霊だけにしなさい」
「まあ、そうだな。妹同伴でっていうのも変だもんな。クロエ、ディアーナ、頼めるか?」
「兄者、謹んで拝命したします」
「構へんよ。せやけど、自分で言うんも変やけど、幽霊ってほんま便利やわぁ」
ディアーナの姿が消えて、マリーさんとフェルミンさんが、興味深げに見つめ、手を伸ばす。当然、幽霊のディアーナには触れられない。
幽霊の姿で召喚してしまい、悪い事をしたなと少し心を痛めていたのだが、ディアーナの前向きで明るい性格のおかげで、救われている気がする。
シアは、少し残念そうにしながら、腕輪と木剣を生み出してくれた。
「ん? シア? 能力強化なら木剣だけでもよくないか?」
「ダメ。もし武器を失った時、能力が下がったら大変」
「あー、たしかにそうだな。ありがとう、シア」
準備が整った俺は、飛び上がった黒猫を肩に乗せ、フェルミンさんと一緒にケットシーハウスを後にした。




