65 特殊訓練を受けた秘蔵っ子?
冒険者組合の組合員になるには、登録料が必要だ。
それに加えて年会費が必要になるのだが……
一般組合員はスタンダードと呼ばれ、五倍の年会費を払えば優待組合員となる。
年会費は前払いすることができ、合計で五十年分の優待年会費を支払えば、永久組合員となるらしい。これは、文字通り、死ぬまで有効というやつだ。
永久組合員の中でも、特に貢献した人物には、特別組合員の資格が与えられるらしいが……
差し出された書類を見て驚く。
「えっ? メイプル、これって……」
「はい。せっかくなので、永久組合員になっておきましょう。毎年更新するのも面倒ですから」
登録料が小金貨一枚。それに加えて、永久会員費に小金貨が五十枚だなんて、さすがに無茶が……
「いやまあ、払えるけど……、本当にいいのか?」
小金貨五十枚といえば、灰黒猪を討伐した褒美と同じだ。そのまま手を付けずに残してある。
いやまあ、その後にも討伐証明書が山ほどあったので、銀貨や大銀貨も合わせれば、その三倍以上──ラウラ村で小さな家を建てられるほど貯まっているが……
あっ、ほら、ネイザさんがすごい表情で驚いてるし、後ろも騒然としている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。そのほうが報酬の比率が上がりますし、他にも様々な特典がありますから。絶対に損はしませんよ」
「分かった」
魔導処理が施された同意書──仮契約の書面に、サラサラっとサインをして血判を押す。
続いて、カバンから小金貨の詰まった袋を取り出し、さらに懐から小金貨を一枚取り出して、カウンターに並べた。
実際には、周りに気付かれないよう注意しながら、精神収納から出したのだが。
しまった。さすがに、不自然過ぎただろうか。
カバンから取り出すフリをするのに気を取られていたが、そもそも、こんな大金を持ち歩くだなんて、普通はあり得ない。
わざわざ、こんな面倒なことをしているのは、風精霊の忠告があったからだ。
王都の人たちは様々な術士を見慣れているから、何もない場所から何かを取り出しても驚いたりはしないが、田舎では思いっきり不審がられるらしい。
特に、お金や重要な書類は注意が必要で、偽物だと疑われがちだし、下手をすれば衛兵を呼ばれかねない……と言っていた。
たぶん、そんな経験があったのだろう。
「あ、ありがとうございます。確認させて頂きます」
静かに待っていると、嫌でも聞こえてくる。
背後のヒソヒソ話が、なんだか痛い。
「いきなりプラチナかよ。しかも即金とか……」
「やっぱ、只者じゃねぇ……」
「フェルミンの弟子で、宮廷魔導術士を案内係にする男だぞ? しかも、最新式の馬車を保有していて、妨害をものともせずに傍都ベルを往復してきたんだぜ? 妹たちも一騎当千のツワモノぞろい。そりゃもう、王都の危機を救うために呼び寄せられた、秘蔵っ子に決まってんじゃねぇか」
「特命官が全国から有能な人材を集めて、特殊訓練を受けさせてるって噂、マジだったんだな……」
……なんだか、どんどん現実とかけ離れていく。
違うんです。俺はただの田舎の農夫なんです。今回は、ちょっと事情があって、召喚術士の試験を受けにきただけなんです。マリーさんは、フェルミンさんの弟子だからという理由で、俺たちの世話をしてくれただけなんです。特殊訓練なんて受けてませんし、妹たちは実は召喚体で、俺がこうやって活躍できたのも全て、彼女たちのおかげなんです!
……とか、全部ぶちまけたら、スッキリするんだろうな。
めずらしくクロエが自分から俺にくっついてきた。
どうやら、俺の心が伝わってしまったようで、念話でなぐさめられてしまった。
『兄者、何に心を乱されておられるのですか? 噂には尾ひれ背びれはつきものです。そう真剣に受け止めても仕方がありませんよ。……でもボクは、兄者が正当な評価を受けていることを、とても誇らしく感じております』
『いやいや、正当って……。俺の実力なんて大したもんじゃないってのに、何が秘蔵っ子だよ。全部、みんなのおかげだってのに……』
『ボクたちを生み出したのは主殿ですよ? ボクたちの失敗は主殿の責任。であれば、もちろん、ボクたちの成果は全て主殿のものですよ』
今ではすっかり末の妹が板についているが、こうして主従関係を常に意識しているのはクロエだけだろう。
ディアーナも「ご主人さま」なんて呼んでいたが、なんというか、彼女は浮世離れしている感じなので、主従関係を意識したものとは少し違う気がする。
なんにせよ……
『今回もクロエにはずいぶんと助けられたからな。長く離れていた分、みんなで思いっきり甘やかしてやるからな』
『お、お手柔らかに、お願いします』
お金の確認を終えて戻ってきたネイザさんは、すごくいい笑顔を浮かべていた。
「お待たせ致しました。料金のほう、確かにお預かりしました。こちらが領収書になります。永久登録となりますと、本部での手続きが必要となりますので、冒険者カードの引き渡しは後日となります。よろしければ、ご連絡先を教えて頂けましたら、準備が整い次第、お伝えに参りますが、どうされますか?」
「本部?」
すかさずメイプルから補足が入る。
ここは、商人の護衛など、商人関係の仕事をする冒険者のための出張所で、冒険者組合の本部は、正門から入った大通り沿いにあるらしい。
商用門から本部は遠いし、運が悪いと行列ができる。商人は何かとせっかちだったりするので、ここはとても重宝されているようだ。
連絡先と言われても、まさかケットシーハウスだなんて言えない。
伏せられているとはいえ、そこはフェルデマリー王女殿下の私邸だ。
万が一バレれば、あらぬ噂に、胸びれやウロコまで付きそうだ。
「また、明日にでも、様子を見にきますよ」
「それがいいと思うわよ。マスターも戻ってきたから、滞在場所が変わるかも分からないし。まだどうするか、決めかねてるようだけど……」
またして、不意に風精霊が現れた。
「すごく可愛い方ですね。この方は、ハルキさんが召喚されたのですか?」
「いえいえ。彼女のマスターは、フェルミンさんですよ」
……えっと。
ネイザさんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「ああ、落ち着いてください。ネイザさん。フィーリアは大丈夫ですから。彼女はすごく優しくて常識のある精霊さんですから」
「その……ハルキ。そんな言い方をすると、またマスターが落ち込むわよ?」
「も、もちろん、フェルミンさんも、すごくいい人ですけど……」
最後に付け加えたひと言で、言葉の信ぴょう性がガクンと落ちた気もするが、クロエがとっさにフィーリアと戯れ始めたので、少しは安心したようだ。
それにしても、猫じゃらしと戯れる風精霊なんて、初めて見た。
「失礼いたしました。その、討伐証明書の換金は、冒険者登録の手続きが完了してからということになります。こちらで預からせて頂いても構いませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
「実はボクも……」
「あっ、でしたら、これもお願いします」
クロエはともかく、メイプルまで持っていたとは。
これがイライザさんなら、感情を殺してお仕事モードになるんだろうけど、妹のネイザさんは、楽しそうに満面の笑みを浮かべて預かってくれた。
「それでは、お願いします」
事前の手続きに数日かかるそうなので、時間が空いたらまたここへ顔を出すと伝え、ネイザさんの笑顔と冒険者たちの好奇の目に見送られながら、冒険者組合商用門前出張所を出た。




