61 聖法術とは……
フェルミンさんの執拗な調査の結果……というわけではないが、ディアーナは、実体のない幽霊だけど、実体化ができるらしい。
見た目の年齢はメイプルよりもサンディーに近いだろうということで、サンディーの双子の姉ということに落ち着く。
なぜか風精霊がそう決めたのだが、この時は、彼女を妹にすることに全く抵抗がなかった。……慣れというものは、本当に恐ろしい。
クロエの時もそうだが、本人に妹の自覚がないのなら、無理に妹にしなくてもいいのでは? と、思うのだが……
「ハル兄、仲間はずれは良くない」
そんなシアの言葉にみんなが同意し、メイプルも……
「兄妹でしたら、常に一緒に行動をしていても不自然じゃないですし、結束力も高まります。それに、常人には成し得ないような連携や、多少の不自然さも、仲良し兄妹ですから……と言えば、大抵はごまかせます」
なんてことを言ってきた。
たしかに、念話を使った連係なんて、他人から見たら神業としか思えないだろう。それを誤魔化すためだと言われたら、兄妹は都合がいいのかも知れない。
ただ、サンディーは「なんで私が、妹なのよ」と、少し不満気だったが、ディアーナに「妹の中の妹は、あんさんに譲りますえ」と言われ、丸め込まれた。
たぶん、メイプルの入れ知恵だろう。
実体化したディアーナは、本当に人間と変わらなかった。
ちゃんと体重があるし、宙を浮いたりもしない。
ただ、幽霊の時でも、召喚主の俺は、ディアーナに触れることが出来た。
とはいえ、例えが悪いけど、水や泥に触れる感じに近い。
不定形でふにゃふにゃとすり抜ける感じだ。
「アニさま、どないです? おかしゅうないやろか」
呼ばれ方に違和感があったが、ツッコミたい気持ちを抑える。
俺から、着替えた服の感想を聞きたいのだろう。
「旅装束か。……うん、似合ってるし、ちゃんと普通の人に見える」
「あんま慣れてへんよって、変なとこあったら教えてなぁ?」
「うん、分かった。それは、サンディーの予備か? よくサイズが合ったな」
「そやろか。分からんけど、サンに手直ししてもろて、ほらここ、みんなと同じように刺繍、入れてもろたんよ?」
サンは、サンディーのことなのだろう。いつの間に服の仕立て直しなんてことをしていたんだろう。これがディアーナの印なのか、赤い糸で『盾と天馬』の刺繍が施してある。
召喚した時に、俺が天使だの羽根だのと言ったからで、さすがに天使は怒られそうだからという理由で、天馬にしたらしい。
戦闘でも大活躍だったサンディーは、裁縫の後は料理をしていた。
「あっ、お兄ちゃん、お待たせ。そろそろ食べれるよ」
給仕をディアーナに任せると、サンディーはクロエを伴って、馬車の中に料理を運ぶ。怪我人にも食べさせてあげるのだろう。
代わりにフェルミンさんが出てきた。
怪我人たちの気が休まらないからと追い出されたらしい。
どうやらメイプルは、馬車に残ったままのようだ。
盗賊たちが縛られ転がされまくっている異常で最悪な環境だが、小麦粉や干し肉にちょっと手を加えただけと言われた料理は、とても美味しかった。
「そうだ、ディアーナ。聖法術が使えるなら、怪我も治せるんじゃないのか?」
「そらまあ、できんことはあらへんけどぉ、そう安売りできまへんえ?」
「安売りって……お金を取るわけじゃないんだろ?」
ディアーナは、ゆっくりと頭を横へ振った。
つまり、お金を取るらしい。
「キチンとお代をいただかんと、教会や他の聖法術士はんに叱られるんよ。他にも理由はあるんやけど……」
「理由?」
「聖法術は神さんへの信仰心を力に変えるもんやし、常日頃から神さんに奉仕して信仰心を高めてるんやけど……」
そこで言葉を切って、う~んと少し考え込む。
信仰心を力に変える……と言われても、いまいちピンとこない。
そんな俺でも理解できるようにと、言葉を選んでいるのだろうか。
「せやねぇ。神さんに、こないに奇跡を起こしてもろたのに、自分は全然お返しできてへん……なんて罪悪感を抱いてもうたら、聖法術が使えんくなったり、効果が弱まったりするんよ。せやから、そう大盤振る舞いするもんやあらへん」
つまり、奇跡にも限度があるのだろう。
信心深いものほど、多くの奇跡を神様に頼める……とか、そんな感じだろうか。
「代償を要求するんも、ここまでして頼んだはるんやから、ちょっと力を貸したってくれまへんかぁて感じで、頼みやすぅなるんよ」
「仲介役みたいなものか。代償だったら、別にお金じゃなくてもいいんだな」
「まあ、そうなんやけど、いきなりこの右目を代償にぃとか、国宝級の化石でぇとか言われても困るし。その点、お金やったら分かりやすいし、使い道もいろいろやからね」
ちょっとした思い付きだったのだが、自分の浅はかさを思い知った。
それに、神様の話になっていたのに、いきなりお金の話になってしまった。
なんというか、神に仕える人たちって、もっとこう、清廉潔白なイメージがあったのだが……
「そうなんだ。学院でも聖法術士を目指している人は、決まった時間にお祈りしてたり、いろいろ儀式をしてるイメージだったな」
「神さんに、こんだけ尽くしてますえ……って思いが、力の根源やからねぇ」
「まあ、でもそうだな。聖法術士もそうだけど、神様もそう頻繁に奇跡をお願いされても困るだろうし、何でもかんでも奇跡に頼るのは間違ってるよな」
「神さんの心配やなんて、えらい可愛らしいこと言わはりますなぁ。せやけど、その気持ちは大事やぁ思うえ」
「そうか。無理を言って悪かった」
「相手も同じ信徒やったら頼みやすいんやけどねぇ。そやったら、信仰心も持ってはるやろし。それでも、無償ってわけにはいきまへんけど」
「いやまあ……うん、分かった」
安易に奇跡に頼ってはいけない……という事が分かった。
それにしても、ディアーナの聖印と俺の召喚印が同じなのは偶然だろうか。
たしかフェルミンさんも豊穣の印だと言っていたし、豊穣の女神と無関係だとは思えない。
そうディアーナに聞いてみたが、召喚術のことは詳しくないらしく、よく分からないらしい。だけど、これも運命なのだと喜んでいる。
「せやねぇ。ほんまは対価が必要やねんけど、これも豊穣の女神さまの思し召しやろし、何よりアニさまのお願いやったら叶えてあげますえ」
少し迷う。
たぶん、今まで聖法術のことを聞かせてくれたのは、そういうものだと知って欲しかったからだろう。その上で、例外……というか特別扱いしてくれるという。
もし、怪我人が回復したら、馬車を限界まで急がせることができるのだが……
「ハルキの気持ちは分かるけど、やめたほうがいいわよ」
密かに話を聞いていたのだろう。風精霊が待ったをかけた。
「なんで?」
「傷を治していいなら、ガイゼル閣下がやってたでしょうね。それをしなかったというのは理由があると思わない? それに、王都に入る時、馬車に体調が万全な騎士が七人も乗り込んでいたら、敵に警戒されるわよ?」
前半の理由は分からなかったが、後半の懸念はなんとなく分かった。
討伐隊の負傷者が運ばれてきた……と知られれば、陽動隊が上手くやっているのだろうと敵は考えるだろうし、本来の目的を隠すのにも都合が良い。
なんとも非人道的な所業だが、そういう効果を狙っているのだろう。
ようやく町から兵士や自警団員が到着し、状況説明や引き渡しなど、ひと通りの手続きが終わった。
応対したのがメイプルと風精霊なので向こうは戸惑っていたが、どうやら問題はなさそうだ。
大量のならず者も、フェルミンさんの姿を見ただけで、納得してくれた。
再び馬車は、王都を目指して走り始める。
場所に余裕がないので、クロエは猫の姿に、ディアーナは精神世界で待機してもらう事になった。
そして、これが一番重要なのだが、フェルミンさんは騎士の皆さんに、さっき見た召喚体や、彼女が起こした奇跡のことを含め、戦闘に関することは他言無用だと、それはもう念入りに口止めしてくれた。
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