59 赤き聖騎士
人目を避けるように馬車へと入ったフェルミンは、車体や椅子にすがりつきながら、声が外に漏れないようにと爆笑を我慢していた。
「これがマスターの狙いですか?」
「まさかぁ……、そんなわけ………ないでしょ。ほんと、ハルキって……」
息も絶え絶えで、風精霊の問いかけにも、まともに答えられない状態だった。
メイプルから水の入ったコップを受け取り、椅子に座り直して、なんとか呼吸を落ち着かせようとしている。
「私はぁ、ハルキの成長した姿を、ちょ~っと見せてもらいたいなぁ~って思っただけなんだけどな~。強化を上手く使って、みんなで協力すれば平気でしょ? なのにぃ、まさか新しい子を召喚するなんて、普通ぅ思わないでしょ~?」
「でも、これがお兄さまの答えですよ。人殺しをしたくない。私たちにもさせたくない。その強い思いが、彼女を呼んだのです」
なぜかメイプルが、えっへんと胸を張る。
「別にぃ、私だって、ハルキやあなたたちに、人殺しなんてさせたくないわよ。そんな事をしなくても、あなたたちだけで大丈夫だって、思ったのにぃ……」
「それにしても、ハルキってば、ま~た女の子を召喚しちゃって、心の奥底にどんな欲望を溜め込んでるのよ。しかも今度は幽霊の女の子よ? なのに、ためらいなく契約しちゃうし、前代未聞って言葉が虚しくなるわ」
風精霊が呆れるのも無理はない。
クワの柄を杖代わりにして、人間の幽霊を召喚しました……って、どこの誰が信じるだろうか。そんなもの、笑い飛ばされるに決まっている。
でなければ、召喚術士を馬鹿にするなって怒られるか、どっちかだろう。
「でも、これで答えが出ましたから、お願いしてもいいですよね?」
「何がぁ?」
「フェルミンさんも一緒に、敵を蹴散らしてくれますよね?」
「う~ん、でもぉ、ハルキの本気、見たくな~い?」
キラキラと輝く目で、魔女がそう問いかける。
それに対しメイプルは、大きくため息を吐くと……
「わかりました。私たちだけで、完璧にやり遂げてみせればいいのですね」
そう答えて、作戦を練り始めた。
横たわった状態では外の様子が分からず、負傷者たちは恐怖に震えながら、耳から入って来る情報を頼りに状況を推測していた。
敵は二十人以上で次々と増援が加わっていると聞いた。
だが、こちらでまともに戦えるのは、騎士二人とフェルミンの召喚獣だけだ。
弟子の男と……どうやら、その妹たちも加わっているようだが、まだ子供だし兵士ではないのだから、戦力に数えるのは酷だろう。
男が召喚獣を呼び出したようだが、それでも圧倒的に不利な状況は変わらない。しかも、女の子の幽霊なんて言葉まで聞こえてくる。
そんな状況にも関わらず、フェルミンは笑い転げているし、窓辺で花を育て、読書でもしているのが似合ってそうな穏やかな少女は、全く動じていない。
実は全て休憩中の冗談なのか……と思いたくなるが、外から聞こえてくる音や声は、間違いなく戦闘中なのだと訴えかけてくる。
フェルミンの行動が不可解で恐ろしいのはいつものことだが、フェルミンの弟子や、その妹たちも相当なものだ。
聞こえてきた話が本当ならば、この状況でも勝てると思っている……どころか、敵を殺さず全員を捕まえようとしているらしい。
自分たちの常識では、生きて逃げることができれば奇跡……と思える状況なのだが、感覚のズレというのか、根本的に常識がかけ離れているのだろう。
なので、こう結論付けるしかなかった。
俺たちは、とんでもない馬車に乗せられてしまったようだ……と。
精神収納に杖を放り込んだ俺は、腰に吊るした自分の剣を使わず、シアの木剣を構える。
俺の念話に応えて、離れた場所で戦いながら、俺の手の中に道具生成してくれたものだ。
ちなみに、馬車の前方をクロエ、後方をシア、右側を黒狼、そして左側をサンディーが護っている。
俺とフェルミンさん、そして騎士の二人は、護りを突破して馬車に近付いてくる敵を排除する……ことになっているのだが、俺が三人に強化を施してからは、侵入できた敵は数えるほどだ。
だからなのか、俺がディアーナを召喚をしている間に、フェルミンさんは馬車の中へと戻ったようだ。
たぶんだが、俺の悪あがきを、高みの見物するつもりなのだろう。
正面に見えるサンディーの奮闘を見つめながら感心する。
相手を殺すなという、俺の指示を守るためなんだろうけど……
俺の強化と、シアの能力向上があるとはいえ、よくフライパンとすりこぎ棒で戦えるもんだ。
フライパンでけん制し、相手の視界を覆いつつ、足払いで転倒させ、すりこぎ棒で昏倒させる。実に鮮やかだ。
……なんて事を思っていたら、横でディアーナが、俺に劣らぬ呑気な声で呟く。
「そやねぇ、せっかくやし……」
次の瞬間、ひらひらの服が、赤く輝く金属鎧に変わった。
髪に似た色だが、赤色が好きなのだろうか。
色はともかく、雰囲気だけならガイゼル閣下の鎧に似ていて、精錬された美しいデザインの中に、強さや慈愛の心が込められていて、なんだか神々しく思える。
「赤き聖騎士……」
物語に出てくる聖騎士のように思えて、思わずそんな言葉が零れ落ちる。
それを聞いて、ディアーナが嬉しそうにニッコリ微笑んだ。
「よう分からはりましたなぁ。ウチ、こう見えて聖騎士なんよ。せやさかい、こんな事もできるんよ」
ちょっと待て……っと、ツッコミを入れそうになって口をつぐむ。
聖法騎士は、聖法術の使える騎士であり、国王直属の特別任命官のことだ。それと同じと思っていいのだろうか。
物語に出てくる聖騎士といえば、闇のモノを祓う代表のような職業だ。
幽霊とか思いっきり闇の眷属っぽいのに、聖騎士って……
『お兄さま。ディアーナさんに強化を二十四でお願いします』
念話で届いたメイプルの指示に驚く。
分かりやすいよう、事前に強化で注ぎ込む力の量を決めてあった。
百だと、ぶっ倒れないギリギリを狙って全力で……という意味になる。それだと、あっという間に力尽きてしまう。
既にみんなには一ずつ配っており、多くても五ぐらいまでを想定しているのだが、それを考えると異常な量だ。
もちろん、二十四と言われても、そんな正確な量を注げるわけがないのだが、だいたい全力の四分の一程度と思えばいい。
不思議とは思うが、メイプルの言葉を疑ったりはしない。
言われた通り、精神経路を通じて、ディアーナに力を注ぎ込む。
「あっ……、なんや不思議な感覚やわぁ。ご主人さまが、ウチの中へ……」
「……!!」
それに呼応するように、どこからともなく現れた錫杖を手にしたディアーナは、正面の空間に光でできた聖印を出現させ、祈りを捧げ始めた。
その聖印は、俺の召喚印と同じ「実った稲穂」の印だった。
いろいろとツッコミたいところだが、全力で思い止まる。
話しかけたせいで集中力が乱れ、彼女が失敗したらみんなが困る。
「豊穣の女神たるユーカティア様に祈りを捧げ、奇跡の行使を請い願い奉ります」
祈りが届いているのか、徐々に聖印の輝きが増していく。
忘我というのか、どこか遠くを見つめているディアーナは、手にした錫杖をシャランシャランと鳴らし、トンと地面を突くと同時に、聖句を唱える。
「聖なる力よ、我らを守る盾となれ! 聖法壁!」
学院で見た事があるが、これは紛れもなく聖法術だ。
俺の知っている聖法壁は、せいぜい馬車の扉サイズだったのだが、ディアーナのものは規模が違った。
聖印から光があふれ、敵にしか効果のない見えない壁が、馬車を中心として球状に、道の両端まで広がっていった。
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