57 みんなで美味しく食べるために
「えっ?! いやいや、まだ昼前だよな? こっちはまだ半分も進んでないのに、もう終わったって……」
「クロエちゃん、判断力を鈍らせるお薬を使ったようです。私たちが『暗殺は控えるように』とお願いしたので、それ以外の方法でって思ったんでしょうね」
客車から身を乗り出し、御者台に座る俺とサンディーの間に顔を突き出したメイプルが、そう言いながら苦笑する。
被害が出ないに越したことはないけど、それは、あまりクロエに危ない事をして欲しくないからで、ましてや暗殺なんて物騒な事もさせたくないからだ。いやまあ、それはクロエだけではなく、全員に対して思っていることだけど……
それに、表向きは俺の妹が協力したって事になっているが、厳密に言えば、俺が召喚体を使ってやった事になる。つまり妹たちの責任は、全て兄である……じゃなくて、召喚主である俺の責任となる。
軍の要請を受けた国家召喚術士ならともかく、見習い召喚術士が勝手に介入したって判断されれば、さすがにいろんな人に怒られそうだ。
まあ、俺が怒られる分にはまだいいが、それを見て、妹たちが落ち込むのは辛いし、可哀想だ。せっかく俺の為に頑張ってくれたのだから、できればみんなに喜んでもらいたいし、褒めてやりたい。
もし怒られた時に、どう申し開きすればいいか……なんて悩んでいると、サンディーが相変わらずの明るい声で笑い飛ばす。
「でも、お兄ちゃん。クロエがやったってバレてないんでしょ?」
「まあ、たぶんな……」
「だったらいいじゃない。お酒にお薬を混ぜるって古典的な方法だけど、よく引っ掛かってくれたわよね」
「クロエだからな。また秘伝のなんたら……って奴だろうな。それにしても、酒を飲んでいる人が判断力を鈍らせたら酔い潰れるって、そりゃまあ当たり前なんだろうけど……」
ついつい、笑ってしまう。
飲んでいる人たちも、まさか酒が進むのは薬のせいだ……とは思わないだろうし、それを見た人も、何か嫌な事でもあったのか……とか、ほどほどにしろよって思う程度で、まさか薬が仕込まれているとは考えないだろう。
「計画だと、兵が踏み込んだ時、適切な判断ができず混乱すればいいってぐらいに思っていたようですけど、あまりの状況にクロエちゃんも戸惑ってましたよ」
「俺も見たかったな。その場面……」
ガイゼル閣下やマリーさんは、勝ったつもりでハメを外して宴会でもしてたんだろう……って結論付けたようだ。
「お兄さま、面白がっている場合ではありませんよ? この事が王都の敵に伝わる前に、ベルヒマーって人を捕らえてしまいませんと……」
「ああ、そうだな。……って言っても、これ以上急いだら馬が持たないからな」
敵が気付いて早馬を走らせたとして、どちらが先に王都へたどり着くだろうか。
使い潰す覚悟で速度を上げ、途中の町や村で馬を交換するという手もあるが……
いや駄目だ。比較的静かな馬車だが、速度を上げれば振動が酷くなるし、途中で休憩を挟まないと、乗っている怪我人が心配だ。
「お兄ちゃん! 前!」
「やっぱ、こうなるのか……」
道に障害物が作られていた。
道を外れれば避けられるのだが、無茶をして横転でもしたら全てが終わる。
敵の数は見えるだけで十人以上。たぶん、少なくとも二十人はいるだろう。
「えっ?!」
思わず変な声が出てしまった。
大きな黒い獣が、ならず者たちに襲い掛かる。
フェルミンさんの召喚獣、黒狼だ。
「ハルキ~、馬車を止めて、応戦するわよぉ。ほら、あなたたちも用意なさいな」
フェルミンさんが、そう指示を出す。
最後の言葉は、世話係の騎士たちに向けられたものだ。
どうする? ……と目線で訴えかけるサンディーに、大きくうなずいて馬車の速度を落とさせる。
そこへ、懐かしくも頼もしい、可愛い声が聞こえてきた。
「兄者、お待たせいたしました。ボクも参戦しますね」
声はすれども姿が見えない……と思ったら、俺のひざに座っているシアに、黒猫姿で抱っこされていた。
ついつい手を伸ばし、指先で喉をふにふにする。
「こっちはありがたいけど、疲れてないか?」
「あの……、その、向こうでは結局、何もしませんでしたから」
「いやでも、ずっと調査とか、いろいろやってくれてたんだろ?」
パンパンと、手を打つ音で話が遮られる。
馬車を止めたサンディーの仕業だ。
「あのね、お兄ちゃん。今はクロエの力が必要なんでしょ? なのに、いいから休んどけ……なんて言われたら、私だったら拗ねるわよ? やっとお兄ちゃんの近くで役に立てるって思ってくれてるんだから、力を貸して欲しいって素直に言えばいいのよ」
それに、シアと、黒猫もコクリコクリと同意する。
「だよな。悪かった。みんな力を貸してくれ」
言葉は違えど、妹たちは一斉に返事をし、戦闘準備を始めた。
戦いの目的は、馬車を死守すること。
その上で、全ての敵を捕縛できればいいのだが、戦意を挫いて蹴散らすだけでも構わない。
そういう意味では、黒狼の存在は心強い。
とはいえ、敵の数が多すぎる。
妹たちへの指示をメイプルに任せ、俺も馬車の守りに加わる。
「お兄さま。また敵の増援が現れました。数は……七人」
「んもう~、亡霊みたいにわらわらとぉ。ほ~んと、キリがないわねぇ」
そんな事を言っているが、まだフェルミンさんは本気を出していないはずだ。
あの時のフェルミンさんは、本当にすごかった。
「亡霊がわらわら湧いて出たら、困りますよ」
「ハルキも、覚悟を決めないとねぇ。もう、殺さないように~とか、甘い事は言ってられないわよぉ?」
たとえ敵だろうと殺したくないし、妹たちに殺させたくはない。
そんな風に思うのは、たぶん、俺のわがままなのだろう。
そのせいで、大切な人が……たとえば、ここで生き残ったならず者が、ウラウ村に向かってみんなを殺したりしたら、後悔どころの話ではない。たぶん二度と立ち直れなくなる。
ここで彼らを殺すことで、この先の悲劇を防げるのなら、ためらうべきではない。そう、理解はしているのだが……
「召喚術士には、圧倒的に不利な状況でも、ひっくり返せる方法がある……」
「ハルキ? 突然、どうしたのぉ?」
「フェルミンさん。一度だけ俺に、悪あがきをさせて下さい」
なぜだろう。フェルミンさんが少し微笑んだような気がする。
こんな状況なのに、俺のことを何か試しているのだろうか。
いや、今はそんなことより……
『メイプル。こんな時に悪いが、召喚を試みる。できれば敵が近付かないよう、フォローしてくれ』
『えっ? 召喚? ……は、はい。分かりました』
いや、メイプルの言いたい事は分かっている。
俺が召喚をしようと気合を入れた時に限って、絶対に成功しないのだ。
何を考えているのかと、呆れられているのかも知れない。
それでも俺は試してみたい。
失敗すれば、この手が血に染まることも受け入れよう。
血にまみれた手では、どれだけ立派に玉黍を実らせても、美味しいといいながら無邪気に食べることもできなくなるだろう。
だから、絶対に成功させる!!
そう決意して、手にした剣を腰に吊るすと、精神収納から杖を取り出した。
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