46 ケットシーハウス
次はとうとう試験の手続き……と思ったのだが、案内されたのは、二階建ての豪華な屋敷だった。
マリーさん曰く……
「無断で事を進めれば、フェルミンに怒られてしまうわよね。戻るまでの間、ここで英気を養いながら特訓するとよいですわ」
……という事らしい。
確かにフェルミンさんは、表面上は面倒臭そうにしていたり、関心がないふりをしながら、相手の知らない所で万全の準備を整えるのが好きそうだ。
師匠なんだから、たぶん何か考えてくれているのだろう。すでに何か準備が進んでいるのかも知れない。それを台無しにするようなことは避けたほうがいい。
もっとも、何も考えてなかったり、忘れ去られたりしていても不思議はないが。
それに、建物内は魔道具の光で満ちているが、外は暗くなってきている。
何をするにしても、今日はもう無理だろう。
「今日は、ありがとうございました。マリーさん、すごく助かりました」
このホールは、俺の家がまるまる入ってしまいそうなほど広かった。
装飾は明るい雰囲気で、高級ながらも品が良く、可愛さに包まれていた。
絨毯も固形顔料系の色が主体で、可愛い動物の絵柄が並んでいる。
ここは、子供だったフェルデマリー姫のために建てられたゲストハウスだった。
十二の客室があり、学友を招いて交流を深めたり、ささやかなパーティを開いたりする為の場所だ。
だが、成長してからは、なかなか足を運ぶ機会がなかったので、保守点検を兼ねて使うことにした……ということらしい。
この人数ならば丁度いいし、特訓できるだけの空間もある。なんてことを言われたが……
「いやいやいや、でもこれって王家の屋敷でしょ? そんなところで花瓶ひとつでも割ったら、俺の首が飛びますよ」
比喩ではなく、物理的に飛ぶ。
慌てる俺に、マリーさんと同年代か、もう少し年上に見える落ち着いた雰囲気のお姉さんが、恭しく答える。
「そのような事は決してございません。姫殿下から、くれぐれも丁重におもてなしをするようにと伺っておりますので、安心してお過ごしください」
この方は、この建物「ケットシーハウス」の管理人、セラさんだ。
メイド長といった雰囲気だが、実際に三人のメイドの指導もしている。
「そうそう、あのフェルミンの弟子と聞かされては、どんな傍若無人な振る舞いも許されますことよ」
「それって、どういう……?」
「うふふ、内緒ですわ」
内緒と言いつつ、フェルミンさんも、よくここへ遊びに来ていた……というヒントを頂いた。
それだけで、なんだか少しだけ分かった気がする。
できれば、勘違いであって欲しいところだけど……
「……!? フェルミンさんが、小さい頃に、ここへ来ていた?」
あれ? もしかしたらフェルミンさんって、すごくいい家系のお嬢様だったりするのか……?
そう質問しようとしたが、すでにマリーさんはサンディーの元へ、管理人さんはメイプルと話し込んでいる。
まさかと思いながも否定しきれず、やっぱり謎の多い人だと内心で呟いた。
俺たちは、別室に案内された。
ここは靴を脱いで素足で入る部屋だった。
床には特別な絨毯が敷かれていて、座り込んでも、寝転んでもいいらしい。
多目的部屋と紹介されたが、いわゆる子供たちが遊ぶための部屋なのだろう。
可愛い絵柄が、床どころか壁や天井にまで絵が広がっており、まるで絵本の中に入り込んだかのような雰囲気になっていた。
その中に、巨大なぬいぐるみやクッション、柔らか素材の巨大な積み木のようなものなどが置いてある。
床にはほどよく弾力があり、転んでも痛くはなさそうだ。
テーブルの角も柔らか素材でカバーされており、ぶつけて怪我をしないようにと徹底されていた。
可愛い雰囲気に、妹たちは大喜びだが、逆に俺は居心地が悪い。
早速、シアとクロエは、巨大の亀のぬいぐるみに乗って、何やら遊び始めた。
メイプルは、装飾や素材などに興味があるようで、何やら真剣に観察し、管理人さんと話し込んでいる。
「こうして見ると、年相応の子供たちですのに、不思議な気分ですわね」
「ちょっと変わった特技を持っているだけの、普通の女の子たちですよ」
「特技……ですか。たしかに、組合での一件はお見事でした。皆さんの阿吽の呼吸は、訓練されたツワモノたちのようで、実に頼もしいものでしたわ」
どうやらマリーさんは、気分が高まると元の王女口調に戻ってしまうようだ。
「ありがとうございます。もしかして、あれはマリーさんの仕込みですか?」
「いえ、ワタクシにとっても予期せぬはぷにんぐでしたわ。おかげで、フェルミンに良き報告ができますわ」
あの騒動が、良き報告になるのだろうか。
フェルミンさんだけに、自分の事を棚に上げて、危ない事をするなと怒ってきそうな……いや、それよりも、たぶんすごく心配しそうな気がする。
「少し、小用を足してきますね。手洗いの場所は……」
メイドさんが用意してくれたスリッパを履き、その後ろを歩いて行く。
手洗いの場所は、すぐ近くだった。
さすがに待ってもらうのも悪いので、ひとりで大丈夫だからと先に戻ってもらった。
これがいけなかったのだろう。
油断と言えば油断だが、こんな落とし穴があるだなんて誰が気付けるだろうか。
すぐ近くだったはずなのに、さっきの部屋が見当たらない。
反対側の壁に扉があったが、来るときには見かけなかったので、どうやら進む方向を間違えたようだ。
まずは、手洗いまで戻ることにする。
その時に、何か違和感を感じた。
「傷……?」
掃除も手入れも行き届いているこの建物の中で、その扉の傷は異様に思えた。
ただ、あるのは裂けるような斜め傷で、汚れなどはない。上腕の長さぐらいだろうか。何か、刃物のようなもので斬りつけられた痕のようだった。
この一瞬、緊張感が抜け落ちていたのだろう。
ついつい、ドアノブに手をかけてしまう。
「…………なん、だ、これは……?」
通路から差し込む光だけでは薄暗かったが、それでも中の様子が異常だということが分かった。
床も壁も天井も、調度品や亀のぬいぐるみまで、見覚えがあるもの……というか、さっきまで居た部屋と同じだった。
ただし、滅茶苦茶に荒らされており、内装は傷だらけの上に、机も酷く破壊されている。壁の大きなへこみは、衝撃の強さを物語っており、人が全力で体当たりしたところで、こうはならないだろう。
絵本のような世界が、悪夢に変わったようだった。
「まさか……」
いや落ち着け。妹たちの感情は、特に変化していない。それに、精神世界に帰還しているわけではないので、危機的状況に巻き込まれたわけではないはずだ。
……となると、やはり別の部屋か?
考え事をしていて、背後の気配に気付くのが遅れた。
不意に部屋の明かりが灯され、眩しさに目がくらむ。
顔をしかめ、念話でシアを呼びつつ、ゆっくりと振り返ると……
「あらあら、ご覧になられてしまわれたのですね……」
空中に現れ、フワリと床に着地したシアと共に見たのは、笑みを浮かべたマリーさんだった。
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