43 時を告げる鐘
久しぶりの王都だが、この辺りのことはよく分からない。
昔、少しだけ住んでいたとはいえ、学院の寮に住んでいたし、大抵の事なら学院の敷地内だけで事足りた。
たまに敷地の外へ出る用事があったとしても、行動範囲はほぼ決まっているので、特別な者しか入れない場所など縁がなかった。
それでも、大体とはいえ地図ぐらいは頭の中に残っているし、主な目印ぐらいは覚えているのだが……
「それでは、ハルキお兄さま、まずは商業組合に向かいましょう」
「そうだな。……けど、どこだっけ?」
背中越しに感じるメイプルの期待に、応える事はできなかった。
商業組合があることぐらいは知っているし、その施設が複数あることも知っている。だが、それがどこにあるのかまでは分からない。
大体この辺りだろうと当たりぐらいはつけられるが、馬車でうろうろしていたら、迷惑になってしまう。
「じゃあ、お兄ちゃん。私が変わるね」
「サンディー、場所が分かるのか?」
「マーリーさんから、少しだけ教えてもらったから」
「じゃあ、任せた」
道案内をお願いするよりも、手綱をサンディーに預けたほうが確実だろう。
道の脇に馬車を止め、客室から上がってきたサンディーのために場所を空ける。
さすがに御者台に三人はきついので、シアには俺のひざの上に座ってもらった。
王都に鐘の音が二度響き渡る。
「何なに? これ、何の合図?」
「あっ、サンディー、慌てなくていい。今のは時を告げる鐘だ。昼の弍つ──そろそろ夕方を迎える準備をしようっていう合図だよ」
懐かしい音だ。
壱つ鐘は食事の合図で、低い鐘の音がゴォーンと一回、朝、昼、夜に三度鳴らされる。
弍つ鐘はその中間の合図で、高い鐘の音がカーン、カーンと二回打たれる。
朝の弍つ鐘は日が高くなった合図、昼の弍つ鐘は夕方に備える合図、夜の弍つ鐘は就寝を促す合図だ。
それはさておき……
商業組合の施設だけに、商用門の近くにあるのは当たり前だ。となれば、俺たちの入った特別門からは遠くなり、しかも遠回りをしなければたどり着けない。
まあ、それでも、検問の列に並ぶよりかは、遥かに早いのだが……
商業組合の倉庫が並ぶ一角にたどり着いた時には、すでに王女が手配してくれた案内役が待っていた。
いやまあ、なんとなくそんな予感はしていたが、まさか本当に現れるとは思わなかった。
「ごきげんよう。遅かったですわね。お散歩でもなさっていたのかしら? ワタクシが、王女から頼まれた案内係ですわよ」
「お久しぶりです、マリーさん。しばらくの間ですが、よろしくお願いします」
「よろしくてよ。お任せあれですわ」
宮廷魔導術士マリーさんが、満面の笑みを浮かべて自分の胸をポンと叩く。
説明するまでもないが、ぶっちゃけると彼女は、さっき分かれたフェルデマリー王女、その人である。
身分を隠して宮廷魔導術士なんてことをやっているが、伊達や酔狂ではなく、ちゃんと資格を得て職務に就いている。もちろん、その実力もある……らしい。
そりゃまあ、これ以上ない案内役だが……
ホントにこの人、こんな場所で、こんな事をしててもいいのかと、心配になる。
とはいえ、ありがたい事には変わりがない。
魔導術士服に身を包んだ、金髪碧眼の女性に向かって、深々と頭を下げた。
何か手続きがあるのだろう。メイプルが商業組合の人たちと話をしている間、マリーさんの提案で休憩することになった。
近くのお洒落なお店なのだが、見るからに高級そうだ。
落ち着いた雰囲気で、客層も裕福そうな方々や商人たちが多い。
どう見ても自分たちは、周りの雰囲気から浮いていた。
だから……というわけではないのだろうが、二階の一室に案内された。
「好きなものを選んで、よろしいのですわよ」
メニューを渡されたものの、名前を見ても、どんな料理なのかが全く分からない。見た目や味、調理法どころか、材料を想像することすらできなかった。
「すみません、お手上げです。それぞれ好みのものを伝えますので、注文をお任せしてもいいですか?」
「それは、面白い趣向でありますね。よろしいですわよ」
マリーさんの言動を見て、よくこれで周りに不審がられないものだと思ったが……
考えようによっては、まさかこんな奇妙な人が、あのフェルデマリー姫だなんて、誰も思わないだろうと思い直す。
ある意味、尖った形の擬態効果になっているのかも知れない。
俺は軽い飲み物だけをお願いしてメイプルを待つことにしたのだが、シアは肉料理を、サンディーは変わった料理をいろいろとお願いしている。
クロエは控えめだったが、豆料理と汁物という希望を伝えていた。
すぐに料理が届き始め、それを見て少し驚く。
マリーさんが注文したのはピザやポテトフライ、揚げ手羽先といった、実に庶民的なものだった。
しかも、「多種多様なる料理を、皆で分け分けして頂きますわよ」などという、およそお姫さまらしからぬことを言い出した。
「皆と気兼ねなく、わいのわいのと会食致すのは、憧れでしたのよ。これもハルキを信頼してのこと、ですわ」
「信頼の根拠が気になりますけど、この子たちは危険に敏感ですから、任せておけば安心ですよ」
どうせまたフェルミンさんや風精霊から、何か適当な事を吹き込まれたんだろうけど、でもまあ、変に警戒されたり、毛嫌いされるよりはずっといい。
……なんて事を思っていると、メイプルから念話が届いた。
『お兄さま、こちらの用事は終わりました。そちらに向かいますね』
『お疲れ様。あっ、だったら……』
簡単に打ち合わせをしてから、マリーさんに報告する。
「組合の用事が終わったようなので、メイプルをここに呼びますね」
マリーさんが朗らかに同意した直後、部屋の中、何もない空中に、いきなりメイプルが姿を現す。
目を開け微笑むと、拳二つぶんほどの高さから、風をまとったかのようフワリと着地する。
一旦、精神世界へ帰還させ、この場に現出させたのだ。
「まあまあ、召喚術は幾度となく拝見致しましたけれど、こうして人が現れるのを見ると格別ですわね。まるで天使さまのよう……」
ちょっとした余興にと思ったのだが、どうやらマリーさんには喜んで頂けたようだ。驚きの表情の後、歓迎しながら座るようにと促す。
「マリーさん、口調が戻ってますよ」
「あらまあ……」
メイプルの意見を聞いてマリーさんが注文したのは、カニとキノコのパスタとコーンクリームスープだった。
俺は何も注文しなかったが、みんなからのお裾分けで、十分にお腹がふくれた。
途中で「あ~ん」などと、なぜか食べさせ合いが始まり、それにマリーさんも加わって混沌とした状況になったりもしたが……
注文した料理を全て美味しく平らげ、皆で満足しながら店を出た。
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