42 いざ、王都へ
この馬車は最高だった。
動きが滑らかで振動も少なく、途中で壊れたりすることもなかった。
雨が降っても快適なままだし、道が悪かろうが、ぬかるんでいようが……まあ、これは御者の腕が良かったということもあるが、馬車には何の問題もなかった。
むしろ、問題があったのは人のほうだ。
……と言っても、俺たちのことではない。
多少、変わった見た目こそしているが、どう考えても裕福な家庭の馬車には見えないだろうに、それでも襲う輩がいるようだ。
最初の一団は、盗賊というよりは食い詰めたならず者といった感じだった。そのメンバー十七人を全員を捕らえ、近くの村へと引き渡した。
他に夜襲などもあったが、クロエが危険を察知して撃退したり、逆に相手のアジトを襲撃したこともあった。
その時には相手は三十人以上も居たが、メイプルの発案で酒にシビレ薬を仕込み、身動きできなくなったところを一網打尽にした。
なんというか、平和な国だと思っていたのに、こんなに危険なのかと思い知った。実家の馬車や、乗合馬車で襲われたことがなかっただけに、驚きと悲しみを感じてしまう。
そりゃまあ、馬車が一台きりで行動していたら、格好のカモに見えるのかも知れないが、確実にお宝を積んでいると分かっているのならともかく、こんな得体の知れない馬車を襲ったところで仕方がないだろうに……
そこまで見境がないのか。それとも、それほど切羽詰まっているのか。
「それは仕方がないわよ。護衛も居ないし、女の子が四人に、若い男がひとりだけ。そんなご馳走を見逃さないでしょ?」
完全に失念していたが、サンディーに指摘されて、自分たちが相手からどう見えているのかを理解した。
サンディーたちに商品価値を見出したということか……
面白いように撃退できたのも、相手がこちらを侮っていたからと考えれば、納得がいく。
だとしても、馬車に傷ひとつ付いていないのは、やはり妹たちが優秀だからだろう。
とはいえ、そんな苦労も序盤だけだ。旅人たちの結束力というのか、途中からは旅の道連れも増えていき、規模が大きくなるにつれて襲撃も減っていった。
そんな問題もあったが、それでも今回の旅は快適だったし、とても楽しかったと断言できる。
だがそれも、もう終わりが近づいてきた。
「おー、大きい。ハル兄、あれが王都?」
バッと視界が開けると、御者を務める俺の横で、目を大きく見開いたシアが気分を跳ね上げた。
声だけでは、それほど分からないかも知れないが、少し声色が上がっているし、この表情を見ればすぐにわかる。それに、精神世界から、シアの驚きと高揚感が伝わってきている。
「ああ。まだ一部しか見えてないけど、あれがキュリスベル王国が誇る、王都キュリスだよ」
なんだかんだと十五日もかかってしまったが、無事にここまでやってきた。
ウラウ村のあるディッケス郡は、セラフットと呼ばれる南海地方に属している。セラフット湾を囲む陸地と島々で構成される、国の南方に位置する地方だ。
それに対して、王都キュリスのあるキュリス郡は、スクメーレと呼ばれる関湾地方に属している。
こちらはスクメーレ湾と呼ばれる内海を囲む陸地で構成されており、南海地方の北東に隣接している地方だ。
乗合馬車を乗り継いでも十日以上はかかるのだが、個人の馬車にしては、のんびりしていたほうだろうか。
敵の襲撃が無ければ、もっと早く到着できたとは思うが、代わりに、それで旅の仲間が増えたと思えば、悪い事ばかりではない。
途中で増減を繰り返しながら、今は馬車が六台に護衛の騎馬が三十騎近くになっていた。
やけに物々しいが、それも、この中にキュリスベル第三王女、フェルデマリー姫がおられるからだった。
今回は、宮廷魔導術士ではなく、王族としての公務だったらしい。
その帰りに、戦っている俺たちを見かけ、力を貸して下さった。
正直なところ、ピンチでも何でもなかったのだが、後始末を全て任せられるのは、すごく助かった。
手筈通り、俺たちの馬車は集団から離れ、姫様の馬車に続いて別の入り口へと向かう。
本来なら、俺たちは旅行者扱いなので、審査の為に長い行列に並ばなければならないところだ。
それをマーリーさんと商業組合の好意で、キッシュモンド商会が賃貸した馬車として登録してもらった。
商人関係ならば、別の入り口が使える。とはいえ、人の出入りが激しい王都だけに、こちらにも行列ができている。
そこで威力を発揮するのが、フェルミンさんから頂いた書類だった。
これで、さらに優遇され、特別な入り口が使えるようになるのだが、やはり審査は厳格だし、フェルミンさんの確認も必要となる。
「たしか、フェルミンは不在ですわよ? 急ぎの用件で数日は戻れないと伺っておりますわ」
道中の休憩時、フェルデマリー姫にそう告げられ、どうしたものかと悩んでいると……
「であれば、案内の者を向かわせましょう。その者に、フェルミンが戻るまでの相手を努めさせますわ。滞在場所の確保や、王都の見学など、好きに使うといいでしょう」
「それは助かり……。姫殿下のご配慮に感謝致します」
相手は王女さまだ。当たり前だが、平民の俺ごときが、気軽に声をかけていいわけがない。それに気付き、慌てて姿勢を正して言葉を取り繕う。
この姿、立ち居振る舞い……やっぱり立派なお姫様なんだなと、少々失礼なことを思いながら、深々と頭を下げた事を思い出す。
俺たちはここまでだ。ここから先は王族しか進めない。
馬車を止め、全員降りて、王女の馬車を見送る。
その姿が、王族専用の通用門の中に消えたのを確認すると、自分たちも特別な通用門へと向かい、フェルミンさんの書類と一緒に姫様のメモを渡す。
「王都キュリスへ、ようこそお越しくださいました。此度の滞在が、皆様にとって良きものとなることをお祈り申し上げます」
「ありがとうございます」
なんとも仰々しく迎え入れられてしまったが、なんだかすごく勘違いされているような気がする。
俺は王族でも貴族でもない、ただの一般人。それも田舎の農夫だ。
王都に来たのも、召喚術士の国家試験を受けるため。
国家試験を受けるだけなら誰にでもできるし、特別なことでも何でもない。
形容しがたい奇妙な気分を味わいながらも、俺は平静を装って王都の中へと馬車を進ませた。
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