40 楽しい旅に思いを馳せる
玉黍の収穫も全て終わり、葉は乾燥させるために干し、茎は全部処分した。
これから涼しくなるので、雑草もそれほど成長しないだろう。
すでに何度読み返しただろうか。
風精霊から預かった年季の入った教本のページを、丁寧にめくる。
厚みがあるのは、所々にメモが挟み込んであるからで、そこにもびっしりと文字が書き込まれていた。
とはいえ、よく分からないメモも多い。
明日の昼に誰々と買い物……とあるのは、待ち合わせのメモだろうか。食材が書き連ねてあるのは買い物のメモなのか、それとも、料理の材料なのか……
そんなプライベートに関わるようなものも多く、ある意味、この持ち主は充実した日々を過ごしていたんだと分かる。
基礎的な内容の教本なので、召喚術士とは……という初心者向けのことから、その心構え、偉人の列伝なんてものが記述されている。
この辺りは魔導術や精霊術などにも共通することだが、まずは召喚術というものを認識し、出来ると信じる事が第一歩で、呼吸や瞬きをするように、無意識にできるようになって一人前と呼ばれるようになる。
召喚術士の場合、優秀な召喚体が揃っているかが重要で、召喚体を見ればその召喚術士の才能の九割が分かると言われるほど、大きな比率を占めている。
残りの一割は、適切な運用方法や連携などの練度だが、それも、召喚術士の場合は、新たに優秀な召喚体を得ることで容易に覆せると書かれていた。
そうなのかも知れないが、何とも身もふたもない内容だ。
召喚の注意書きに、気に入った相手が現れるまで、契約せずに召喚と送還を繰り返す方法が紹介されてあったが、やはり、あまりお勧めできないらしい。
呼びかけに応えて現れたからには、何か意味がある……とか、見た目や性格が気に入らないから追い返そうと思う人は、召喚術士に向いていない……ということまで書かれていた。
それにこれは、学院時代に、俺が言われ続けていたことだが、「召喚が上手くいかないのは雑念があるのでは? まずは自分の心を見つめ直しましょう」などという、俺の心を深くえぐるようなことも書かれていた。
これらの記述をまとめると……
優秀な召喚体を得ようとすればするほど、雑念にまみれて召喚ができない。
ならば召喚できたものたちで努力するしかないが、そんな努力も新たに優秀な召喚体を得れば無意味になるという。
ようは、召喚術士の優劣は、努力でどうにかなるものではない……と言われているも同然だった。
だが、実際にはそうではない。
そう都合よく優秀なものを召喚できたりはしない。
だから、風精霊が何度も言っていたように、召喚体の能力を把握し、適切に運用することが大切なのだろう。
「雑念か……」
なぜか俺は、気合を入れると召喚に失敗する。
教本通りに解釈すれば、召喚に失敗するのは、俺の心に雑念があるからだろう。
その雑念から解き放たれて召喚されたのが、彼女たちなのだが……
フェルミンさんが言っていた「召喚体は、所有者の願望を映す鏡」という言葉が、再度心に突き刺さる。
俺は決して、この妹だらけの状況を望んでいたわけではない……とは思うのだが、他の召喚術士たちからは、どう見えるのだろう。
それを想像すると、かなり気が重い。
「何かお悩みですか? ハルキお兄さま」
「おぉう、メイプルか。いや、ちょっと、試験のことでな。せめて、どんな試験なのか、フェルミンさんに聞いておけば良かったって思って」
「私も詳しくは聞いていませんが、召喚体のお披露目、筆記、実技の三種類でしたよね。フェルミンさんは、お兄さまなら大丈夫だって言ってましたけど……」
「あの人、所々で適当だったりするからな……」
苦笑しながら、教本を精神収納──俺の精神世界にある余剰スペースに送る。
これが使えるようになり、すごく便利になった。
貴重品の盗難を心配する必要はなくなったし、忘れ物も滅多にしなくなった。
まあ、妹たちと共有しているので、先に誰かが使っている……なんてことも起こり得るのだが……
考え方を変えれば、もし忘れ物をしても、誰かがどこかで精神収納に放り込んでくれれば、わざわざ取りに戻る必要がなくなる。
とはいえ、変なものを入れたり、あまり詰め込み過ぎると体調に響くので、気を付ける必要があるのだが。
そういえば、召与才能についても、少しだけ分かったことがあった。
シアやクロエが、服や武器を生み出せるのを見て、サンディーが……
「あ~あ、私にも、そんな能力があったらな……」
なんて事を呟いているのを聞いて……
「だったら、二人にやり方を教えてもらえば?」
なんてことを、軽い気持ちで提案してみたのだが、なんとサンディーは本当に習得してしまった。しかも、メイプルまで。
ただし、サンディーならば料理道具や裁縫道具など、メイプルなら実験道具や紙やペンなどと、各々の得意分野に限られるようだ。
それが判明したことで、シアの召与才能は、武装を生み出すことではなく、何か別のもの……たとえば、戦闘能力に関する何かではないかと認識を改めた。
だが、俺がサンディーの生み出したフライパンを使ったところで、料理の腕が上がるわけでもなく、メイプルのペンを握ったからといって頭が良くなるわけでもなかった。
ついでに言えば、クロエの苦無を使ったからといって的を正確に貫けるわけでもなかったので、やはり、身体能力が強化されるシアの装備は特別なのだろう。
精神収納と、妹たちの道具生成のおかげで、旅の荷物を減らすことができる。なんてことを思っていたのだが……
いつの間にか、メイプルは馬車を用意していた。
「これ、どうしたんだ?」
「このまえの、隣村の人たちが使ってた馬車がありましたよね。あれをお姉さまに改造してもらったんです」
村の襲撃を阻止した時、サンディーが投石器で壊した馬車のことだろう。
それぐらいしか、思い当たるものがないのだが……
「いや、でもあれって二輪の荷馬車だったよな? これ、馬が二頭いるし、四輪で見るからに快適そうな旅客用だし、改造っていうか、もう別ものなんだけど?」
「ええ、ハルキお兄さまと一緒に旅をするため、みんなで頑張りましたから」
そりゃまあ、みんなで旅ができたら、ひとりで乗合馬車を使うよりは、格段に楽しいとは思うけど……
でも、頑張ったからといって、アレがこうなるとは思えないのだが。
馬は、商業組合から借りたらしい。
王都に到着したら、向こうの商業組合に馬車ごと預け、帰りに引き取ればいいってことだから、まさに至れり尽くせりだ。
……当然、その分の費用がかかるが、手筈は全て整っているらしい。
「ありがとう、メイプル」
これなら全員が乗っても、十分に広いし、荷物もたくさん積み込めそうだ。
褒められて照れているメイプルの頭を、俺は無意識のうちに軽く撫でていた。
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