35 約束の秋へ……
湿地帯の真ん中に転がっているのは、どう見ても巨大な蛇だった。
たぶん、ニ、三匹はいるだろう。遠目なのではっきりとは分からないけど、一番大きいのは俺の身体よりも太そうだ。
人間どころか牛もひと呑みにされそうだが、全く動く気配がない。
『えっと……まさか、アレが……?』
『ハル兄、もう終わったよ』
『はい。あれが巨大毒蛇と呼ばれているものだそうです。まだ小さなものが潜んでますので、昼食を頂いたらボクが見てきますね』
『えっ、昼食? ……もうそんな時間?』
いやいや、冗談だろ? ……と思いながら空を見上げる。
……確かに太陽が高い。
それに、お腹もかなり空いている。
『お兄ちゃん。すっごく集中してたから、どうしようかって迷ったけど……』
『ごめんなさい、お兄さま。勝手に始めてしまって』
まだ信じられない思いだが、信じるしかなさそうだ。いやそれよりも……
みんなの様子を観察する。
見たところ、大丈夫そうだが……
『いやいい、むしろよくやった。それより、怪我とかしてないか?』
『はい。今回はしっかりと準備してきましたから』
『全然、平気』
なんだかいろいろと拍子抜けした気分で、サンドイッチを頬張る。
『おっ、灰黒猪の肉か。やっぱり美味いな』
『でしょ? メイプルに教えてもらったんだけど、玉菜との相性がいいよね』
シアも満足そうに、コクリコクリとうなずいている。
その後は、風精霊と一緒に作業を見守ることになった。
やる気はあったのだが、クロエの働きを見せられると、確かにこれは出番がないなと納得するしかなかった。
改良されたシアの防護鎧に身を包んだクロエは、小刀で下草を刈っていく。それも、足元が悪い中を、ものすごい速度で。
蛇が出てきてもお構いなしで、一緒に刻んでいく。
残りの三人は、巨大毒蛇を解体している。
『その蛇の肉って食べれるのか?』
『お兄ちゃん、食べたいの?』
『えっ? 俺は食べた事がないけど、蛇の肉は美味しいって聞くし、これだけの量があったら村も助かるんじゃないかって思って』
『えっとね、私が聞いた話だと、巨大毒蛇のお肉は、食べられないことはないけど硬くて臭くて不味いらしいわよ』
それは残念だ。
『毒は熱で分解するようですから、燃やして埋めましょう。でも、万が一ってこともありますから、その上に墓石を建てて、その場所を使わないようにしておきましょうか』
『蛇の墓か。まあ祟られても困るからな。それにしても、味が伝わってるってことは、昔に誰かが食べたってことだよな』
『あっ、たしかに。あーでも、もし美味しかったら、誰かが狩りに行ってるし、ここまで放ってはおかないだろうって、そう言ってたよ?』
『あー、まあ、そりゃそうだ』
それにしても暇だ。
風精霊も退屈しているようで、そわそわと落ち着きがない。
「それにしてもすごいよね。蛇除けの水だっけ?」
なんてことを呟きながら、地面の臭いをくんくんと嗅いでいる。
草が無く、踏み固められた道には、あまり蛇がこないらしい。さらに、メイプルが用意した液体を撒くと、安全地帯になる。
それでも完全にとは言えないので、注意は必要だが。
「なあ、フィーリア。俺、見てるだけでいいのかな……」
「別に、いいんじゃない? 危険なことは妹たちに任せて、お兄ちゃんは安全な場所から指示を出す。実に召喚術士らしいわよ」
「そりゃ、ひどいな」
「あれ? もしかして罪悪感?」
風精霊が、そう思わせるようなことを言ったからなのだが……
でも、気付いていなかっただけで、いつの間にか罪悪感を抱いていたのかも知れない。この焦るような、じっとしていられない気持ちが罪悪感というのなら。
「それはたぶん、あの子たちが大丈夫なのかって心配だからじゃない?」
「そりゃ、心配だよ」
「だったら、あの子たちの事をもっと知りなさい。その上で、あの子たちにできるのかどうかを見極めて、できると思ったら信じて任せればいいのよ」
なるほど、いい事を言う……と納得し、お礼を言おうとしたのだが……
「……あの子たちのほうが、アンタより断然優秀なんだから」
最後に付け足されたひと言で、台無しになった。
それは事実だし反論もできないけど、俺が役立たずだと言われたようで気分が悪い。とはいえ、少しだけ心が軽くなった気がする。
たぶんこれも、風精霊なりの、優しさなんだろう。
『そうだ、メイプル。結局、ここのお宝って何だったんだ?』
『ん~、私にとってはお宝の山ですけど、どれの事でしょうね』
『そんなにいろいろあるのか?』
『蛇の皮も、毒も、この土地も、全部お宝ですよ。あと、奥の方に石油が湧いてますね。……えっと、たしか腐泥でしたか?』
思わず顔をしかめる。
腐泥といえば、異臭を放ち土や水を汚す農家の天敵だ。
そんなものが湧いているということは……
『参ったな。だったら、ここを農地にするのは危険だな……』
『いえ、大丈夫ですよ。腐泥も使い方によってはお宝ですから。でも、まずは周りに広がらないようにする必要がありますね。そうすれば近くで作物を作っても問題ないはずです』
まだ、詳しく調べなければ分からないが、どうやら水の流れが昔とは変わっているようで、平原に流れ込んでいたものが、川となって別の方向へと流れ出しているらしい。そのせいで、このあたりは湿地ではなくなってしまったそうだ。
『なんにせよ、これで任務は完了だな。小さな蛇が残ってるのは危険だけど、あとは領主とか村長とかに任せよう』
『そうですね』
結局、もう一日かけて、蛇の駆除をできるだけ行い、巨大毒蛇のお墓を作って、任務が完了した。
これで、隣村の使者を叩きのめした件も含めて、終わった……はずだ。
陶器小屋に荷物を置いて家に戻ると、フェルミンさんが出迎えた。それも満面の笑顔で。
正直、悪い予感しかしない……
「みんな~、お疲れさまぁ」
「戻りました。フェルミンさん、何だかご機嫌ですね。昨日はいませんでしたけど、どこへ行ってたんですか?」
「ん~、ちょっとねぇ。それよりハルキ、念話が使えるようになったんだって?」
「ええ、まあ。おかげさまで……」
「じゃあ、ハルキ。王都へ行くわよ!」
「えっ? 嫌ですよ」
これでやっと、畑の世話に本腰を入れられるようになったし、苗が成長し、これからが忙しくなる時期なのに、ここを離れて王都へ行くだなんてとんでもない。
そう説明すると、フェルミンさんは驚きの後、明らかに拗ねたような態度で、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
前のベッドは壊れたので、今は床の穴を塞ぐように厚めの板を並べて作った、即席のものだが。
声をかけても反応しなくなったフェルミンさんに変わり、風精霊が説明をする。
「マスターが落ち込むのも仕方がないわ。ハルキが念話を習得したら、召喚術士になる試験を受けてもらおうって張り切ってたから」
「じゃあ、その準備のために?」
「まあ、ハルキにも準備があるわよね。王都に行ったらしばらく帰れなくなるから。でも、受ける気はあるわよね」
「そりゃまあ、無いと困るからね」
「だったら、準備が出来たら、王都の家を訪ねなさい。……あーほら、マスターも拗ねてないで、地図と招待状を渡してあげないと、試験が受けられませんよ?」
のそのそと起き上がった三つ編み眼鏡の魔女に封書を差し出され、ありがたく頂戴する。
「……はい、これ。それで、いつになるの?」
「そうですね。収穫が終わってからですから、三か月後ぐらいでしょうか。旅費も結構かかりますし」
それを聞いて、風精霊はあからさまに呆れた声を上げる。
「あのね……、まさか全員で馬車に乗って……とか、考えてないでしょうね」
「えっ? だって、置いて行くわけにもいかないし」
「あの子たちは召喚体なのよ。精神世界に戻せばいいじゃない」
「あっ……」
そりゃそうだ。これは呆れられても仕方がない。
でも、みんなで旅をするのも楽しそうだ。
「じゃあ、秋になったら必ず来るのよ。……マスター、それでいいですよね」
コクリとうなずいたフェルミンさんは、立ち上がって出口へと向かう。
「あれ? フェルミンさん、お出かけですか?」
「ああ、もうマスターったら。……ハルキ、ごめんね。ここでの用事は終わったから、王都に戻らないと。後始末もいろいろあるからね」
「それって、ここにはもう……?」
「そうなるわ。だからハルキは、秋の試験までに、完璧に念話を習得すること。あと、みんなの事をもっと知ること。あっ、そうそう、あと、この教本をあげるから、しっかりと学んでおくことね」
そう言うと、精神世界から出したのだろう、分厚くて、やたらと年季の入った本を机に残し、未だにガックリと肩を落としたフェルミンさんと外へ出た。
「ごめんなさい、フェルミンさん、絶対に行きますから待っててください」
「だったら、人を召喚するコツを教えて」
「ですから、自分にも分からなくて……。何かコツとかあるんでしょうか?」
「まっいいわ。だったら、今度、じっくり調べさせてくれる?」
「えっ? ……まあ、あんまり酷い事をしないなら、調べるぐらいはいいですよ」
それで機嫌が直ったのか、直ったふりをしているのか、はたまた、この答えを引き出す為に今まで演技をしていたのかは分からないが……
さっきまでの様子が嘘だったかのように、いつもの調子を取り戻したフェルミンさんは、笑顔を浮かべて「じゃあ~、待ってるからねぇ」と手を振った。
ホント、何を考えているか分からない人だな……と思いつつ、黒狼に乗った、魔女の姿をした宮廷召喚術士の背中を見送った。
これで、ひと区切りとなります。
いうなれば「農夫編」とか「ウラウ村編」とかになるでしょうか。
ともかく、しばらく時間を頂いてから、再開できればと思っていますので、
その時はまた、よろしくお願いします。
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