32 優秀な妹たち
見た目や言動のせいで惑わされるが、宮廷召喚術士というだけあって、フェルミンさんは凄い人なのだ。それは分かっていたつもりだったのだが……
こうして実際に、ガイゼル閣下や王女さまと、いつも通りの調子で接しているのを見せつけられると、なんだか心がざわつく。
呑気で自分勝手、何を考えているか分からない人……だなんて思っているのが失礼な気がしてくる。
これまでの状況は風精霊を通じて伝わっていたようで、説明するまでもなく……
「後の事は、私たちが何とかしておくから~、ハルキたちは村に戻ってもいいわよぉ。あとでクロエちゃんのこと、ちゃ~んと教えてね」
そんな事を言われ、早く行けとばかりに追い払われてしまった。
いやまあ、尋常じゃなく疲れていたので、気遣ってくれたのだろう。
おんぶしてあげようか……という、サンディーのありがたい申し出を断って、自力で歩いて戻った。
ベッドに横たわった俺は、胸の上にクロエを乗せ、抱き締めながら頭や身体を撫でまわす。
「主殿、そんなっ、あっ……」
「遠慮するな。クロエは命の恩人だからな。敵の術士を倒してくれたおかげで、俺もシアも、なんとか生き延びた。それにしても、この触り心地はたまらんな。この匂いも、すごく癒される」
クロエのお腹に顔を埋めて、大きく息を吸う。
心身共に疲れ切った今は、このもふもふが最高の癒しだった。
とはいえ、やりすぎるとさすがにクロエに悪い。
黒猫姿とはいえ、羞恥心はあるようだから、ある程度堪能してから胸の上に戻してやる。
「ハル兄ばっかりズルい。シアも触りたい」
「じゃあ、シアもこっちに来て、もふもふさせてもらったら?」
「うん」
「えっ? 主殿?」
「クロエ、また主殿に戻っている。だから、その罰」
ベッドに上ったシアが、クロエを抱き上げる。
ただし無茶はしない。慈しむように優しく撫でている。
それを見ているだけでも和む。
そこへ、おずおずとメイプルが、不安そうにこちらへ近付き……だが、決意を込めた様子で、深々と頭を下げた。
「ハルキお兄さま。お疲れ様でした。それと、説明もないまま大変なことをさせてしまって、すみませんでした」
「謝る必要はないよ。メイプルはそれが最善だと思ったんだろ? 俺の為を思って頑張ってくれたんだから、別に気にしなくてもいいよ」
「ですが、お兄さま……」
「あー、でも、なんで謝ってるのかは知りたいかな。メイプルのことを……、みんなのこともだけど、もっと知りたいからね」
「はい、わかりました。全部、説明しますね」
俺が、市場で隣村の暴漢を叩きのめしたことが発端らしい。
その事で、メイプルは寛大な処置を求め、穏便に収めてもらうようフェルミンさんに相談した。それでフェルミンさんは、領主に掛け合ってくれたのだ。
その時、俺のことを褒めちぎった上で、灰黒猪を討伐した人物だと説明した。
するとなぜか、長年領内を困らせている、湿地帯の巨大毒蛇討伐をさせようという話になってしまった。
しかも、ハルキを見定める為、領主自ら訪問することになった。
「……とまあ、これが表向きの理由でしたが、その裏には領主の陰謀がありました。これが分かったのは、クロエちゃんのおかげです」
「クロエの?」
「はい。フェルミンさんから、ここへは領主の不正を暴き、証拠を押さえる為に来たって打ち明けて頂いたので、クロエちゃんに隣村や領主について調べてもらったんです」
今はシアに弄ばれている黒猫だが、彼女の諜報能力はすごいらしい。だが、まずはフェルミンさんの話だ。
フェルミンさんは、ディッケス地方の領主であるブロウデン男爵の身辺調査を、国王から命じられていた。
まだ行ったことない辺境の地だったので、俺を探す為に快諾したらしい。……とは、風精霊の補足だ。
情報収集を始めると、行商人から、珍しい石や砂を買い求める風変わりな客の話を聞いた。
その時、お兄さまと呼ばれていたのがよそ者の青年だった……と聞き、もしやと思いウラウ村へとやって来たらしい。
それが、メイプルと俺だったわけだ。
人間を召喚したという俺を、召喚術の未来の為にも絶対に農夫のままで終わらせたくないと思ったフェルミンさんは、本来の任務、領主の悪事を暴き、その褒美で俺を一人前の召喚術士に育てる時間を、国王から賜ろうと考えた。
そこで、かなり迷った末に、メイプルに共闘を願い出た。
よく考えてみれば、陶器を焼く前──フェルミンさんが出て行った頃から、メイプルの様子が少しおかしい……というか、やけに大人しかったような気がする。
もともと騒ぐようなタイプではないが、常に何かを考えているような……いや違うな。そうではなく、俺のことをあまり構わなくなったのだ。
俺にはシアがべったりとくっついていたから、彼女に任せることにしたのかと思っていたが、今にして思えばおかしいと思う。
この頃から、メイプルと領主との、目に見えない戦いが始まっていたのだろう。
この状況を激変させたのはクロエだった。
彼女は隣村や領主の周辺を探り、フェルミンさんが欲しがっていた不正の証拠を次々と入手した。
更には、領主の狙いは、湿地帯に眠るとされるお宝で、その為に俺を利用しようとしていることも察知する。
領主は、俺や隣村の奴等に巨大毒蛇を討伐させた上で、両者を争わせ、騒乱の種となった湿地帯を取り上げようと画策していたのだ。
実際は、お宝さえ確保できれば、領地を誰が管理しようが構わないようだが。
なのでメイプルは、フェルミンさんを通じて、俺が巨大毒蛇を討伐したと、領主に嘘の報告をしてもらった。
それを受け、領主は隣村に、ウラウ村の反対で話がなくなったと通達。
その際、言葉巧みに扇動し、隣村の連中に、ウラウ村を襲わせる。
そこへ領主軍が現れて、採決を下す……という展開までは読んでいた。
事態は予想した通りに動いたのだが、メイプルの誤算は、その動きが予想以上に早かったことだ。
本格的な衝突が始まる前に、フェルミンさんが不正の証拠を国王に届け、応援を率いて領主を捕まえる……手筈だったのだが、それが遅れてこの結果になった。
「私の見通しが甘く、隣村の人たちばかりか、領主とも戦わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「だから落ち込んでいたのか……。メイプル、こっちにおいで」
腕を取り、ベッドの上に引っ張り上げてギュッと抱きしめる。
「よく頑張ったな、メイプル。ありがとう」
「プル姉、ずるい。シアも頑張った」
「そうだな。シアも……」
「あっ、だったら、トドメを刺したのは私だよ」
「いや、サンディー、トドメを刺したらまずいんだが……」
サンディーもベッドに飛び乗り、クロエも人の姿に戻って抱き付いてきた。
「わかった。わかったから暴れるな。ベッドが変な音を立ててるから」
そこへ、ババーンと入り口のドアが開く。
「みんな~、久しぶり……」
そりゃ、この光景を見たら、そんな表情にもなるだろう……と思ったのだが。
驚いていたのは一瞬で、フェルミンさんはニヤリと笑うと……
「あら~、いつの間に、みんなでそんなことをする関係になったのぉ? 明るいうちからお盛んだねぇ」
「なっ、何言ってんっすか。違いますから、そういうんじゃないから……」
慌てて状況を説明しようとしたら……
バキッやらメキッやら、やたらと不穏な音を立てて、ベッドが崩壊した。
それも床板を巻き込んで……
「今度は、ちゃんと間に合いましたね。マスター」
「お陰で、面白いものが見れたわ~。ありがとう、フィーリア♪」
なぜか大喜びだ。それに、やっぱり風精霊にも見られていた。
「でも、そんな調子じゃ、ハルキの身が持たないんじゃない?」
「フィーリアまで、何を言って……」
「ごめんなさい、ハルキお兄さま。ちょっとハシャギ過ぎました……」
「ごめん、お兄ちゃん。私が重いせいだよね」
ブフッ……ケホケホ……
サンディーのひと言に、思わず吹き出し、咳込んでしまう。
そりゃまあ、他と比べたらそうだが、俺と比べたら全然軽いはずだ。
「あっ、お兄ちゃん。笑うなんてひどい!」
「いや、そうじゃない。ちょっと不意を突かれて……。やっぱり、そういうこと気にするんだなって思って……。いや、全然軽いから、重くないって」
言えば言うほど、顔を真っ赤にして叩いてくるサンディーを必死になだめる。
「いや~、本当に大変だねぇ~」
この程度なら、大変なうちには入らない。
彼女たちが現れてくれなければ、まだ今ごろ、育たない作物を前にして、減りゆく資金を気にしながら、これからどうしようかと頭を抱えていただろう。
それを思えば、なんて事はない。
それに彼女たちは、そんな絶望的な状況から、俺を救い出してくれたのだ。
「そんな事無いですよ。ちょっとやり過ぎることもあるけど、俺には勿体ないぐらいの優秀な妹たちですから。これからも頼りにしてますよ」
そう言いながら、四人まとめてギュッと抱き締めた。
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