27 敵は巨大毒蛇に非ず
突然、イノシシの肉が届いた。
届けてくれた猟師のマーチンさんは、灰黒猪の肉で、十分に熟成させたから美味いはずだと教えてくれた。
家族が増えたと聞き、仕留めたシアへの感謝も込めて、これほどの量になったらしいが……、たぶん俺の体重を超えているだろう。
ともあれ、今夜からは食卓に肉料理が加わる。今から楽しみで仕方がない。
「クロエの服、出来たんだな。動きやすそうだし似合ってるぞ」
「あ、兄者、お褒めに預かり光栄であります」
「そんなに緊張しなくていいって。ほらまた言葉遣いも硬くなってる。クロエの色は紫にしたんだな。その刺繍は……ひとつはスクロールのようだが、こっちは不思議な形だけど、なに?」
「これは苦無というもので……これです」
実物を出現させて見せてくれた。
全体が金属でできたナイフのようだが、何かの楔のようにも見える。実物を見ても、やはり不思議な形状だ。
「くない……っていうのか。何かの武器のようだけど、これって何に使うの?」
「いろいろ使えますよ。ここの穴に縄をくくって重り替わりしたり、土や壁を掘ったり。隙間に引っかけて足場にしたりもできますよ。もちろん武器にも。今度、使い方を教えましょうか?」
「便利そうだな。その時は頼む」
「はい。ボクに任せて下さい」
今までの三人とは違い、やけに控えめなクロエだけに、できるだけ話しかけて打ち解けようと心掛けているのだが、その効果が少しは出てきただろうか。
まだまだ兄妹に見えるかは怪しいが、自分の好きな事を話す時のように、いつかは心を開いて欲しいものだ。
メイプルが言うには、巨大毒蛇退治の準備に、まだ数日程かかるそうなので、その間、畑の世話をお願いされた。
いやまあ、それが本業なのだが、湿気と風通しに注意して、あとは雑草を念入りに除去する。これまでのことを思えば、本当に手間がかからない。
サンディーは家事の合間に仕立て屋でお針子さんを、メイプルは陶器小屋でなにやらいろいろと実験を行っているようだ。
クロエは、そのメイプルの手伝いで忙しそうだし、俺はシアと一緒に暇を持て余すことが多くなった。
一度はウィル爺さんの手伝いをと思ったのだが、腰の調子がいいようで、特に手伝えることはなかった。
ならばと、風精霊を臨時講師に迎え、シアにお願いして、念話と強化の訓練をさせてもらうことにした。
ちなみに、俺がサンディーに施したのが、強化だった。
召喚術士が、思いを込めて力を注ぎ込むことで、動きが素早くなったり、力が強くなったりと様々な効果を生み出す。
当然、治癒を願えば、その効果が現れる。
慣れれば召喚印にキスをしたり、直接手で触れなくても、効果を発揮させることができる。フェルミンさんぐらいになると、離れた場所にいても精神経路を通じてできるようだ。
強化をするのに聖句は必要ないが、効果を限定するのに便利らしい。
こちらは、なんとか習得できた……と思う。
軽く手をかざすだけで力を注げるようになったし、加減もできるようになった。
問題は念話のほうだ。
何度やっても上手くいかず、シアのほうから試してもらってもダメだった。
風精霊は、精神接続が不完全なのか、それとも二人の心が通い合っていないのか……などと言っていたが、何にせよ、未だに理由は不明だ。
少し根を詰め過ぎたのか、それとも強化の負担が大きいのか、日に日に心が重いというのか、妙な違和感が増しているような気がする。
いざという時にそれでは困るので、少し加減をするようにしたが、それでも違和感が消える様子はない。
そんなこんなで三日が経ち、その夕方……
「ハルキお兄さま、お待たせしました。準備が整いました」
よほど討伐が待ち遠しかったのか、嬉々とした表情でメイプルが報告した。
ちなみに、灰黒猪の肉は最高に美味だった。
翌朝、陶器小屋へとやってきた。
そこに集められた道具を見て、とても蛇退治に行く感じではないように思えた。
どちらかと言えば、土木工事に赴くような……
「これで蛇を退治するのか?」
「いえ、違いますよ。これからするのは、ヒュメラ村の人たちの撃退です」
「そうか……ヒュメラ村の……? えっ?!」
俺の問いかけに、メイプルは予想外の答えを返してきた。
話を聞くと、ヒュメラ村の人たちが、武装してウラウ村を襲うらしく、それを事前に阻止するために罠を仕掛けるらしい。
「いやいや、状況が全く分からないんだけど?」
「相手は二手に分かれてやってきます。ひとつは山の中を通って。もうひとつは行商人を装って道からやってきますので、まずは山の中に罠を仕掛けましょう」
「なぜ、そんな事が分かるんだ?」
「クロエちゃんのお手柄ですよ。上手くいったら、褒めてあげてくださいね」
たしかに諜報と暗殺が得意みたいなことを言っていた気がするが……
ウラウ村の人たちには余計な心配をかけないように、知らせないまま対処するらしい。だから、失敗はできないので私の指示に従ってください……と、メイプルが深々と頭を下げてお願いしてきた。
今までのことを思い返せば、たとえ詳しく聞いたところで俺には理解ができないし、メイプルの指示に従って後悔したことはない。それどころか、気付けば毎日が楽しくなったような気がする。
「分かった。状況は全く分からないけど、とにかくメイプルの指示に従えばいいんだな? けど、これだけの人数と道具で何とかなるのか?」
「あっ……そうでした。お兄さま、ごめんなさい。勝手に精神世界に道具を入れさせてもらってます」
「……えっ? 俺の精神世界に? そんなことが?」
「はい。シアちゃんの……防護服…でしたっけ? あの姿になった時、着ていた服はどこに消えたと思います? お姉さまが精神世界に戻った時も、服とか持っていた物も一緒でしたよね?」
「言われてみればそうだけど、さすがにそれは便利過ぎないか?」
「その代わり、異物が入ることになるので、お兄さまに負担がかかるのです。しばらく苦しいかも知れませんが、できるだけ我慢して頂けると助かります。ですけど、もしダメなようでしたら、遠慮しないで早めに教えてくださいね」
ここ数日の違和感は、このせいだったのかと理解した。
そのことに思い至らなかったのは相当に間抜けだが、原因が分かればそれでいい。むしろ、変な病気とかじゃなくて良かったとホッとした。
みんなで役割分担を決め、分け合って荷物を背負うと、メイプルの掛け声に合わせて拳を天に突き上げた。
「じゃあ、村を守るために頑張りましょう!」
「おー!」
みんなの手首に装着された、シアの腕輪がキラリと光った。




