269 誤解を憂う
かつてワンダーテイルは、多種多様な獣人たちの総称だった。
大侵攻があった時代には、ゲヌマの魔物から逃れるため、人と獣人たちは助け合った……と、古の文献に記されているが、平和な時代になってからは、人が繁栄を極める一方、獣人たちは大陸の片隅へと追いやられていった。
特に大陸南部に集結した者たちとの対立は激しく、今もサンクジェヌス帝国との小競り合いが絶えない。
今ではその集団のことをワンダーテイルと呼び、彼らが支配する領域を獣人王国などと呼んだりしているが、正式な国家というわけではなかった。
メイプルの合図で、何も無かった空間に少女が現れ、ふわりと床に降り立つ。
白くて長い髪、白くて長い耳に、白くて小さな丸い尻尾。
フリフリメイド姿の白兎獣人は、顔の上半分を隠した仮面越しに緋色の瞳を俺に向け、優雅にお辞儀する。
「マスター、お久しぶりぴょん♪」
「わざわざ呼び出して悪かったな。向こうは、もういいのか?」
「私の役目は終わったぴょん☆ あとはニャンコにお任せぴょん☆」
「そっか、お疲れ様」
白兎獣人の言葉通り、さっきまでサクヤが居た場所には、クロエの反応が。
黒猫獣人姿になっているのは、その場所が獣人王国だからだろう。
サクヤが白兎獣人姿なのも同じ理由に違いない。
聞きたい事はいろいろあるけど、その前に……
「あー、サクヤ。他に誰も居ないから、いつもの姿に戻っていいよ」
「そうですの? でもハルキは、この姿のほうが嬉しいのではなくて?」
「まあ、滅多に見れないからな。……けど今は、いつもの姿のほうが落ち着くかな」
そりゃまあ、フリフリメイド姿の召喚獣人は目に楽しいけど、普段から妹にそんな格好をさせて愛でてるのかと妻たちに誤解されては困る。
そうならないよう妻たちには、妹や漆黒の召喚術士の正体を明かした時に、召喚獣人や召喚人の奇抜な衣装は妹たちが自主的に選んだもので、俺は一切関与してないと強く伝えてある。
だから白兎獣人姿を見られたところで大丈夫だとは思うけど……、俺の好みは妹たちではないかと誤解されてる節があるだけに、ここは慎重になったほうがいい。
召喚体は召喚術士の願望そのもの。力を欲すれば力ある召喚体が、癒しを求めれば優しい召喚体が生み出される。……という有力な説がある。
それだけに、異性の人間なんてものを召喚すれば、好みの相手を思い描いたのではないかと勘繰られても仕方がない。それが心の奥底に眠る願望なのだと言われたら、全ての反論が無意味になる。
もちろん願ったからといってその通りになるわけじゃない。ただ俺の場合はいろいろと想定外なことが多く、能力はともかく容姿や性格……どころか、種族のことすら考えてはいなかった。
そもそも、サクヤは契約精霊なので召喚術の俗説には当てはまらない。
もちろん、みんなのことは信頼してるし、大切だと思ってる。そういう意味では好ましいと思ってるけど、好みのタイプかと問われると返答に困る。
なんせ個性的な妹たちだ。髪や目の色、年齢や容姿、性格や趣味嗜好など全てが違っていて、共通点を見出す方が難しい。もし、その全てが好みのタイプだとしたら、もはや何でもいいってことになる。
強いて言えば、全員が年若い女性ってことだけど……
でもこれは、ある意味健全だろう。逆に全員が年老いた男性ばかりだったら心の奥底に深い闇がありそうだし、全員が筋肉男だったら……地獄絵図になりそうで想像するのも恐ろしい。
「……これで、いいかしら?」
白兎獣人がクルリと身体を翻すと、一瞬にして金髪碧眼の見るからにお嬢様然とした少女姿に戻った。
王都仕様の普段着には、ウサギと流星の紋章が刺繍されている。
幼くも可憐な彼女は、王都の白葉館に棲み付いた幽霊が千年以上の長い年月を経て精霊へと昇華した存在で、偶然が重なり合って俺と精霊契約を結んでしまい、妹として過ごすことになった少女である。
彼女の本当の名は、チル・フロイデ・キュリスベル。
どうやらキュリスベル王家に連なる姫だったようで、どことなくマリーに似ているのはそのせいだろう。残念ながら生まれつき身体が弱く、幼い頃に命を落としたらしい。
だけど今は、俺の妹、サクヤ・ウォーレンとして暮らしている。
シアと背丈はそう変わらないけど、二つ年下の十二歳。クロエとは双子で、その妹のほう……ってことになっている。
「もう手慣れたもんだな」
「日頃から、フェラルド様やイヴ様に鍛えられておりますので」
「無理してないか?」
「いいえ。楽しく学ばせていただいておりますわ」
カルミ子爵であるフェラルド様は、ロアンナの祖父であり、俺の親代わりの人でもある。この前ロアンナと結婚したことで名実ともに縁戚関係となった。
さらに、シェラとサクヤにとっては精霊術の師匠であり、フェラルド様にとって俺は命の恩人ってことになる。
つまり、俺にとってフェラルド様は、貴族の中でも全幅の信頼を寄せる唯一無二の味方だ……と信じ、慕っている人物だ。
そしてイヴ様は、慈悲深き光の聖女──光の大精霊イーヴァリエ様のことで、ありがたいことに俺とサクヤのことを友人と呼んでくれている。
精霊であるサクヤが精霊術を教わるというのは不思議な話だけど、俺と契約を結ぶまで自分が精霊だと気付いてなかっただけに、精霊術士としてはもちろん、精霊としても学ぶべきことは多い……らしい。
会うたびに新しい技を披露してくれるので、俺の目から見ても並外れた速度で成長しているのだと分かる。
「お兄さま、そろそろ広間に戻りましょうか。ミアお姉さまの差し入れがありますので、お話ついでにティータイムにしましょう。王都の新しい甘味ですよ」
メイプルの提案に、俺は少し安堵する。
どうやら、ようやくサンディーから許しが出たようだ。
「おお、それは楽しみだ。サクヤも遠くまで行って疲れたろ?」
「私なら平気ですけれど、ミア姉様がどのようなお菓子を用意してくださったのか、すっごく興味がありますわ♪」
言葉以上に表情を輝かせるサクヤを見て、思わず頬が緩んでしまった。
「ハルキ、今、笑いましたわね……?」
「え? 笑ったつもりはないけど。でも、サクヤが楽しそうにしてるのは嬉しいよ。じゃあ、シア、行こっか。おやつ、何が出て来るか楽しみだな」
シアを連れて、さっさと部屋を出る。
「串焼き、あるかな?」
「どうだろ? 無かったら、サンディーにお願いして焼いてもらおっか」
「うん、お願いする」
「ちょっ、ちょっとハルキ、お待ちなさい! 違いますからね! 私はミア姉様の心遣いが嬉しいのであって、決してお菓子に……」
「そうだな。疲れた時は甘いものって言うし。そうそう、食べながらでいいから、どうやって獣人王国に行ったのか、ゆっくり聞かせて……待てサクヤ、飛ぶのはんそ…うぐぅ」
追いかけてくるサクヤとじゃれ合いながら、主塔の上階を出て階段を下り、短い渡り廊下を渡って、城主棟の三階に入る。
これらの空間は城主専用になってるので、人目を気にせず行き来できるし、防音壁のおかげで多少騒いだところで声が外に漏れることもない。
わいわい騒ぎながら景色の良い三階の展望広間に入ると、すでにサンディーが歓談の準備を整えて待っていた。
……なぜかメイド姿で。




