268 リーフォニア領主城にて
眼下に広がる大自然……
これはこれで壮観だし、心が癒されるけど……
「やっぱり寂れてるよな……」
様々な事情があって領主城にも生活の場が設けられることになり、その主塔の上階から俺──ハルキ・ウォーレン・リーフォニアは、ミレンスの町を見下ろしていた。
……のはいいんだけど、つい本音が漏れてしまった。
そりゃまあ、比べても仕方がないとは分かっちゃいるけど、どうしても商都メルシアの風景を思い浮かべてしまう。
半壊していたとはいえ眼下に広がる活気に満ちた大きな街を知ってしまうと、このちっぽけで薄汚れた町がとてもみすぼらしく見える。
どれだけ愛着があっても、その差は埋められない。こうして見下ろすと余計に際立ち、とても領主町とは思えなくなる。
とはいえ、これでも領内で一番栄えてる場所だったりする。
いや、新たに加わったヒンラ郡には、もう少し人口の多い町があるけど、規模は大して変わらない。
「どのような町にするかは、お兄さま次第ですよ」
右を見ると、メイプルがクスリと笑っている。
肩の辺りで切り揃えられたクリーム色の髪、利発さを感じさせるキラキラと輝く青い瞳、色白の肌に幼さを残した艶々ほっぺ……
姿形は出会った頃から全く変わってないように思うけど、雰囲気というか、ちょっとした仕草や気遣いが、どことなく大人びた落ち着きを感じさせる。
それに、前向きな彼女の言葉は、前途多難な今後を憂う俺に、進むべき道を指し示してくれる。
ほんと、どっちが年上か分からない。
まあ、召喚体を見た目で判断してはいけないってのは召喚術における初歩の心得だけど、妹扱いしてるせいか、ついつい忘れがちになる。
考えてみれば、メイプルを召喚してからもうすぐ二年になる。
あの時、彼女の容姿を見て十四歳って設定にしたけど、だとすると今は十六歳ってことになる。
本来なら多少は大人びて当然だけど……この見た目で十六歳っていうのは少し無理がありそうだ。
窓ガラス越しに外を眺める凛とした横顔を、そっと見下ろす。
今日はまた一段と大人びた雰囲気を纏っている。
気のせいかもしれないけど、どことなく困っているような気がして声をかけようとし……その寸前で思いとどまる。
常に様々な思いを巡らせてるメイプルのことだ。同じモノを見ていても、俺とは違った景色を見てるのだろう。
「シア、この場所、好きだよ」
すぐ左から聞き慣れた抑揚のない声がして、ドキッとする。
音もなく近付いた妖精……の格好をしたシアが、背伸びをしながら外を眺めていた。浮かぶ満面の笑みが、野山を駆け回りたいと訴えている。
とはいえ、その姿で外に出るのは勘弁願いたい。
サンディーに結ってもらったのだろう。服に合わせたのか、目を惹く空色の髪が細かく編み上げられている。
……のはいいんだけど、シアが着てるのは特別製で、アクアマリン工房がシアのために仕立てたものだ。
部屋着らしいけど、それにしては半透明や光沢素材が使われた幻想的なモノで、背中に羽根のような意匠が施されたケープを羽織ってることもあって、見た目はまさに妖精そのもの。
スカートや胸元には、さりげなくシアの紋章「剣と妖精」が刺繍されていて、生地と同色の糸で目立たないけど光沢があるので光の加減でキラリと浮かび上がる。
サンディー曰く、この服は工房の人たちが技術を研鑽するためと称して作ったもので、生地や素材はもちろん全ての工程に妥協がない逸品……なのだそうだ。それを無料で頂いてしまった。
機会があれば、その姿をお披露目する……という条件付きで。
ようやく領地に戻れたのにシアを連れて来るよう誘われてるようで苦笑するしかないけど、その条件はしばらく果たせそうにない。これから本格的な冬を迎えるので、それが明けない事には動けないし、今のところ王都に行く用事も無い。
とはいえ、せっかくシアのために作ってくれたのだから、その成果を見せてあげたいって気持ちもある。
シアならいつでも跳躍で王都に行けるけど、人として暮らしてる以上、あまり不自然なことをさせて変に疑われても困る。なので、なるべく早く、王都に行く用事を作る必要がありそうだ。
妖精を模してるだけに見た目は繊細なのに、シアの性格を反映してなのか、どれだけ激しく運動しても平気なよう工夫されている。
特殊加工で強度を増した生地や糸に魔導処理を施すことで、見た目からは想像できないほど頑丈になり、小枝を引っかけた程度では傷付かないし、剣戟や攻撃法術にもある程度耐えられる。それでいて着心地は良い。
その分値段も跳ね上がり、もし店で売るなら最低でも正金貨四十枚は欲しい……と念話による説明で、シレッとミアに言われた。
鎧や防護服ならともかく、魔導処理で強度を高めた部屋着とかワケが分からな過ぎるけど、そんな高価な服を着て野山を駆け回られても困る。
それに、こんな浮世離れした姿で外をほっつき歩かれたら、さらに俺の評判が落ちてしまう。
なんせ俺は、メイドや召喚獣人にフリフリメイド服を着せて喜ぶ変人ってことになってるらしく、シアのこの姿を見られたら「まさか妹にも?」などという誤解が生まれ、あっという間に広まるだろう。
さすがにそれは、本当に勘弁願いたい。
シアも俺の妹として暮らしている召喚体で、メイプルの二つ下だから、今は十四歳ってことになる。
メイプルよりさらに小柄で、この衣装に関係なく元からどこか浮世離れした妖精っぽい雰囲気があるけど、これでも立派な俺の護衛だ。
茶色の瞳で「どうしたの?」と不思議そうに見つめられ、半ば無意識に手を伸ばし、軽くポンポンと頭を撫でる。
「そうだな。いい場所だ」
その気持ちに偽りは無い。
王都や商都も悪くないけど、自然豊かな土地のほうが心が休まる。
それがたとえ、気候が厳しく野獣が跋扈するような土地であっても……
「……あれ? ここの窓って、ガラスだったか?」
今まで気付かなかったとはマヌケな話だけど、思い返せば城主棟の内窓もガラスだったような気がする。
王都や商都では見慣れてたけど、こんな田舎では格子や布張りがほとんどで、ガラスの窓は珍しい。このような透明に近い物だと、かなり高価だったはずだ。
「窓枠もダメになっていたので、サンディーお姉さまに全部作っていただきました」
「えっ? これを作った? でもガラスは……あー、割れずに残ってたのか」
ここでは珍しいとはいえ、これだけ立派な城ならガラスが使われてたとしても不思議はない。けど……視察に来た時には無かったような気がする。
「いいえ、元は格子でしたけど、ミアお姉さまに板ガラスを送ってもらって、サンディーお姉さまが枠を。ついでに鎧窓も直してもらいました」
てっきり、王都の職人にガラス窓を作ってもらい、サンディーが調整して取り付けた……ぐらいに思ってたのに、まさか窓枠から作ってたとは驚きだ。
それに……
「まさか、これもか?」
大抵の家には雨風や埃が入らないよう、もしくは、不審者の侵入を防ぐため、窓の外側にもうひとつ鎧窓が付けられている。
民家なら簡素な板窓が多いけど……ここは領主城だけに投石や矢も警戒してるのだろう。燃えにくくて頑丈な鎧窓は重くて扱いづらい。
別の場所だけど、視察の時にも開けるのに苦労していた。
だけどここや領主棟には窓の下に持ち手のついた円盤があり、それを回せばわざわざ内窓を開けなくても重い外窓を楽々簡単に開閉することができる。
城の損傷が少ないのは至る所に魔導処理が施されてるから……と聞いている。だからこれも、てっきり魔導具か何かだと思い、世の中にはこんな便利な物があるのかと感心してたけど……
「はい。これもサンディーお姉さまに作って頂きました。近いうちに白葉館やケットシーハウスで試してみて、問題が無ければ王城にも導入されるそうです」
「王城に!?」
「はい。マリー姉さまから話を聞いた国王陛下が大層興味を持たれたご様子で、さらに改良を加えて近々お披露目する予定です」
「……おそろしいな」
「万全を期して行いますので安心してください。もしこれが国内に広まればキッシュモンド商会の収入になりますし、お兄さまの功績にもなります」
「だから怖いんだって。また知らない間に謎の功績が……」
なんだか大事になってる気がして……
その元凶たる妹さまをチラッと見ると、自慢げなメイプルと目が合った。
俺と四人の妻、それに護衛のシアは、帝国の陰謀によって半壊した商都メルシアに残って復興を手伝い、本格的な冬を迎える前に戻ってきた。
その道中、故郷ともいうべきウラウ村に立ち寄り、カルミ子爵の孫にして我が家のメイド長であるロアンナ・エルミュートとも結婚した。
そんなこともあって先週、五人の妻を伴ってリーフォニア領の領主町ミレンスに到着したわけだけど……
下見に入って以来、久々に見た領主城は廃墟の痕跡が払拭され、生活できる環境が整いつつあり、見違えるほど明るい雰囲気に変わっていた。
まだ始まったばかりといった感じだけど、それでも学院や備蓄倉庫など、少しずつ機能し始めてるという。
今年は獣が多く獲れたおかげで、冬の備えは万全って聞いたけど……
サンディーが備蓄倉庫にいるのは、在庫チェックなのか、何か食材を取りに行ってるのか……やはりまだ機嫌が悪そうだ。
ついでに、みんなの様子も探ってみる。
心の中でクロエに意識を向けると、ディッケスの西にある半島の先、バルバニア郡の南部辺りだろうか、黒猫の姿で歩いてる様子が感じ取れる。
領主代行の任から解放されたディアーナは、南側の離島部、クラム郡にいた。
その地では、食料としても、燃料としても、素材としても優秀な海の大型獣、一角鯨が多く獲れる。
海産物も豊富で、それらが領内に行き渡れば食糧問題が大きく改善するって話だったけど、その調査だろうか。
キッシュモンド商会の会頭であるミアは、変わらず王都で頑張ってくれている。
具体的には、商会を取りまとめ、アクアマリン服飾店を経営し、サクヤと一緒にリーフォニア家の資産管理や王宮との連絡役などを担ってくれている。
そのミアを手伝ってるはずのサクヤは、なぜか王都を離れていた。
「そういや、なんでサクヤは、あんな遠くに行ってんだ?」
思い浮かべた大陸の地図と重ね合わせると、サンクジェヌス帝国のさらに向こう……かなり南なので獣人王国辺りだろうか。
となれば、思い当たるのは……
「あー、捕まってた獣人が無事に戻れたか、見に行ってくれたのか」
「ん~、それもありますけど……」
帰郷を望んだ獣人たちのことは気になってたからありがたいけど、どうやらそれだけではないらしい。
「ついでに少し獣人王国のことを調べておこうかと思いまして。移動ならサクヤちゃんが一番早いですからね」
「サクヤが? そういや、朝は王都にいたような……。目印もないのに、いくら何でも早すぎないか?」
「ん~、そうですね。折角ですからサクヤちゃん本人に説明してもらいましょうか」
どこか楽しそうなメイプルの言葉を合図に、白い少女が現れた。




