26 黒猫?召喚
子供の蛇、一匹分。しかも、素早く斬り払ったから毒もそれほど入っていなかったので、そこまでする必要はなかったらしい。
だが、召喚体の治癒をするのは初めてだったので、加減が分からない。
いや、加減の仕方が分からなかったので、ほんの少しで良かったのに、一気にほとんどの力を使い果たしてしまったらしい。
その結果、俺の意識が朦朧とする代わりに、過剰な力を注がれたサンディーは、毒が消え、傷が癒え、いつも以上に元気がみなぎっていた。
とはいえ、俺がこの調子では、これ以上ここでは何もできない。
メイプルの調査が終わるのを待って、……情けない話だが、俺はサンディーに背負われて、家に戻ることになった。
家に着くころには幾分か気力も体力も回復し、自分で動けるようになった。
だが、半ば強制的にベッドで休むよう言われ、その間にサンディーは仕立て屋へ、メイプルは陶器小屋へと向かった。
俺の面倒はシアが見てくれることになったが、特に頼むべき用事はない。
すぐに暇を持て余すかと思ったのに、予想以上にシアは大人しく、何が楽しいのかずっと俺のほうを見つめている。
逆に、俺のほうが暇を持て余してしまった。
さすがに、あれほど言われたのに、こっそり家を抜け出したら怒られる……というか、たぶんすごく心配されるだろう。
だから家の中でできる事を……と考えてみるが、家事は全部サンディーが終わらせているし、今さら料理の研究をするのも虚しいだけだ。
ならばと杖を手に取り、再び召喚に挑戦するが、どうも上手くいかない。
「やっぱり真剣にやったら、失敗するのか……」
「ハル兄、難しい顔してた。戦いも緊張感は大事だけど、心に余裕がないと上手くいかない。……いつも以上に上手くやろうとすると、大抵失敗する」
なんだかシアらしい例えだけど、言いたい事はわかった。
深呼吸を繰り返して、身体の力を抜き、椅子に座って召喚を試みる。
……やっぱりダメだった。もう、何が正解なのか分からない。
「ハル兄、猫を召喚して」
「えっ? 猫? ……そうだな。やってみるか」
具体的に猫の姿を思い浮かべたら、成功するかもしれない。
座ったまま、もう一度陣を描いていく。
「耳と尻尾、おヒゲも付けて」
「なんだ、シア。お絵描きが好きなのか?」
シアに猫耳、猫尻尾、それにヒゲまで付けて、ニャンとポーズを決めている姿を想像して、思わずクスリと笑う。
気付けば何とも珍妙な召喚陣に仕上がってしまった。
これで呼び出せたら奇跡だし、どんなモノが出てくるのかも気になる。
「影に忍び、影に舞い、癒しと幸福をもたらすべく、我が呼びかけに応えよ! 召喚!」
シアと戯れる黒猫をイメージして聖句を唱えてみたが……
「おー、さすがハル兄」
「あはは、まさか……」
本当に召喚できてしまった。
猫耳、猫尻尾。それにヒゲまでつけた、シアよりも幼い子供だった。
艶のある長い黒髪と、神秘的な黒い目。おへその下あたりに召喚印が見える。
「あの……、その……主殿。そんなに見つめられると、ボク困ってしまいます」
「ボク……? 男の子?」
「いえ、違いますけど……、少し失礼いたします」
無防備な妹たちのおかげで裸に慣れてしまった……というのは言い訳にはならないが、つい無遠慮に見つめてしまっていたようだ。
ボフンと煙を発し、次の瞬間、猫耳少女は黒猫になっていた。
シアは目を輝かせて抱き上げると、幸せそうにモフモフし始める。
毛並みは美しく艶やかで、体形も大きな目も愛らしい。
つい手を伸ばして、喉を触ってやると、気持ち良さそうに目を細めた。
「もしかして俺、ちゃんと猫を召喚できたのか?」
「いえ、その……、残念ながら拙者は人に御座います」
「拙者……?」
「先ほどは、つい口走ってしましましたが、主殿に仕える身として、相応しくあろうと言葉を改めさせて頂きました」
召喚体が言葉を話すのは普通だが、こうして言葉を話せる猫を自分で召喚したのだと思えば感慨深い。……まあ、人らしいけど。
シアの腕の中から飛び降りた黒猫は、再び煙と共に姿を変える。
人の姿に戻ったが、奇妙な黒い装束を纏っていた。
そのまま地に伏すようにして控える。
「主殿の御前で失礼致しました。影に忍び、影に生き、主殿の為に働かんが為、参上仕りました。諜報、暗殺を生業とする者。名を黒霧と申します。以後、お見知りおき下さいませ」
俺はまた、何を召喚してしまったんだろうか。
猫を召喚しようとしたが、現れたのは猫耳をつけた子供で、でも言葉を話す黒猫になって、だけどやっぱり人間の子供だった……???
それに、諜報と……暗殺!?
「クロギリ……ちゃん? えっと、悪い。召喚しておいてなんだが、キミのことをもっと教えて欲しい。まずは立って、姿をよく見せてくれないか?」
「はっ、主殿の命とあらば」
立ち上がったクロギリは、やはりシアよりも全体的にひと回りほど小さい。だが、ひ弱そうな印象は全くなく、しなやかというのか、内に秘めた力というのか、迂闊に手を出せば反撃されそうな……まるで野性の猫のようだった。
「えっと、最初の猫耳姿は、何だったんだ? あれが本来の姿なのか?」
「いえ、あの猫娘姿は、主殿の好みかと思いまして……」
「あー、それはすまなかった。悪ノリをし過ぎた。俺が召喚陣に、あんなものを付け足したからだよな。じゃあ、猫になるのは、そういう能力か?」
「能力と言いますか……」
そこへ、風精霊が割り込んで、話を止める。
「待って、待って。ちょっとハルキ、何を考えてるのよ。前にも教えてあげたわよね? 召与才能は弱点にもなるから、口外しないようにって言ったでしょ? どこで誰が聞いているのか分からないんだから」
「フィーリア、居たのか」
「いるわよ。見てたわよ。ハルキを見守るのがマスターから頂いた私の役目なんですからね。……それにしても、また女の子? ハルキ、実はわざとやってない?」
「見てたなら分かってると思うけど、俺が思い描いたのは黒猫だったんだよ」
「それで猫娘って、どんな冗談よ……。それより、契約はしないの?」
「あっ、そうだった」
「ハル兄、ちょっと待って」
だがそこに、なぜかシアが割り込んできた。
「黒猫はシアの妹。だからハル兄の妹。なのに主殿は変」
「いや、黒猫じゃなくて、クロギリな」
「くろひり……、くおぎい……、う~、いいにくい……」
「であれば、拙者にふさわしき名を、主殿から賜りたく存じます。それに、主殿は主殿で御座いましょ?」
シアの気持ちまでは分からないが、言っていることは一理ある。
クロギリに、今までの経緯を簡単に説明してやる。
「いまさら一人ぐらい妹が増えたところで誰も驚かないし、気にもしないだろうよ。今の俺は、召喚術士見習いの農民だからな。そんな男を主殿と呼ぶ子供が付き従っているほうが何事かと周りが驚く」
「まさか、いきなり妹が増えたほうが、皆様が驚くと思われますが……」
たぶんクロギリの認識のほうが正しいのだろう。
その正論が眩しくもあり、微笑ましくもある。だが……
「悪いなクロギリ。詳細は後でみんなから聞けばいいが、これからはクロエと名乗り、俺たちの一番下の妹として生活をしてもらう」
「ははっ、主殿の命とあらば。これよりクロエと名乗り、妹として精進致します」
「当然、妹なのだから、その口調も改めてもらう。もっと妹らしく……そうだな、ボクって言ってた最初の感じで頼む」
うんうんと、満足げにうなずくシアとは対照的に、えっ?! ……という表情で固まったクロギリ……改め、クロエは、しばらく心の葛藤と戦った末に、なんとか妥協点を見出したようだ。
「分かりました。そういう任務なのですね。ボクは兄者のため、立派に任務を果たしてみせますね」
「じゃあ、召喚印を出して」
「えっ……? あっ、はい……」
他の者には全くなかっただけに、この恥じらいも新鮮だ。
おへその下のほうにある召喚印に唇を当てる。
もはや、どれが聖句となったのか分からないが、目の前の召喚印が輝き、俺の中にクロエの存在が入り込んだ。
何を思っているのか、呆れた表情で見守る風精霊の前で……
こうして無事に、四人目の妹、クロエとの契約が完了した。




