25 明かされたカラクリ
なぜ、立ち入りが禁じられていたのか、ここにきてやっと分かった。
足元が悪く、歩くのもひと苦労で、その上、気付けば毒蛇に囲まれていた。
「ダメだ。みんな、戻るぞ!」
ほんの少し進んだだけだが、それでも戻るのも厳しそうだ。
シアが貸してくれた武装のお陰で、今のところ無事だが、斬っても斬ってもキリがない。
武装と言っても、全身を包む革製の防護服といった感じだが、不思議と動きやすく蒸し暑くもない。借りた剣も切れ味が鋭く、軽くてとても扱いやすい。
シアとサンディーも同じ姿で、傍から見たらかなり異様な集団に見えるだろう。
ちなみにメイプルは、少し離れた、比較的安全な場所で待機してもらっている。
「一気に走り抜けるぞ!」
「「うん」」
先頭に立った俺は、迫りくる蛇たちを剣で薙ぎ払いながら先を急ぐ。
それにしても、地面が荒れていて走り辛い。それに、湿地と聞いていたのに、やけに乾いている。なんてことを思っていると……
「キャッ!」
サンディーの悲鳴に振り返る。
「ハル兄、大丈夫だから走って」
シアがサンディーを片腕で抱えて走り出したのを見て、俺も退路を切り開くことだけに集中する。
なんとか、命からがら危険地帯を脱した俺たちは、頭のかぶりものを外す。
メイプルが近付こうとするが、それを押し留め、こちらからメイプルのいる所まで歩いて、転がるように地面に座り込んだ。
シアに頼んで武装を解除してもらう。防護服が消え、普段着に戻った。
剣はリングに変わって、左手首に装着される。こうしておけば、身体能力だけは維持できる。
それにしても……
領主さまが直々に褒美を渡しに来るだなんて、やっぱり何か変だと思っていた。
それに、フェルミンさんの態度も……
そのカラクリを、風精霊が明かしたのは、宝石の整理が終わった後だった。
フェルミンさんは、俺が隣村の使者を叩きのめした件について、領主さまに直接謝りに行ってくれたらしい。弟子が不始末を……とかなんとか。
だが、領内の不和を知る領主は、紛争の種となった湿地帯の扱いに困っていたようで、あの地に巣食う巨大毒蛇を、ウラウ村の者が討伐すれば丸く収まるのだが……と愚痴を零した。
なんでも、未だにキュメラ村の者が、湿地帯をわが村にと陳情に訪れるらしい。
それをフェルミンさんは、だったらその蛇の討伐を弟子にやらせましょう……と軽率に提案したらしい。灰黒猪を倒した者だという言葉を添えて。
それで、その人となりや実力を領主自ら確かめに来た……というわけだった。
「なんで俺が? そりゃ、召喚術士見習いになってるけど、俺は農夫だぞ? 害獣退治はそういう専門の人に頼めばいいだろ?」
「それがダメだったから、今まで放ってあったんでしょ。でもマスターは、ハルキならきっとできるって信じたから、提案したんだと思うわ」
「いや、だったらフェルミンさんが……」
「あー、ダメダメ。マスターは王命で、問題解決に手を貸してはいけないって厳命されてるから、やりたくてもできないのよ」
王様の命令とまで言われたら何も反論できなくなるが、だとしても、代わりに俺が……っていうのは無茶が過ぎる。
「でも、ハルキが隣村の使者をやっつけたのは事実だし。それも二度も。これでお咎めなしになるんだから、頑張らないと」
「まてまて、二人は賞金首だったんだろ?」
「でも、残りの一人は、ちゃんとした隣村の使者だったからね」
ちゃんとした……かはともかく、使者をやっつけたのは事実だ。
賞金首と一緒にやって来て悪事を働いていた者を懲らしめて、こっちにも非があると言われるのは納得できないが、それが領主さまの裁きならば従うしかない。
そんな経緯はともかく……
今回はたまたまサイズの小さい蛇ばかりだったから何とかなったが、親が出てきてたら全滅もあり得た。
それに……
「メイプル、サンディーの様子はどうだ?」
「やっぱり噛まれてますね。牙の痕があります」
手伝おうか……と、言おうとしてやめる。
傷口があるであろう左の太ももに、メイプルは顔を寄せて毒を吸い出しているようだ。
それを何度か繰り返し、あらかじめ買い求めてあった薬草を塗って布を巻く。
召喚体は死なない。
命の危機に陥ったら、意志に関係なく精神世界へと戻される。
だが、それ以外は、普通の生物と変わらない。
疲れるのも、眠くなるのも、お腹が空くのも、体調不良も、それに毒も……
たとえ死なないと分かっていても、苦しそうな様子を見ると心が痛む。
「ハル兄、ディー姉、ごめん。鎧の強度が足りなかった」
「俺だってごめん、少し甘く見てた。様子を見るつもりだったけど、ちょっと足を踏み入れただけで、こんな事になるとは思わなかった。あの服では完全に防ぎきれなかったけど、でも生きて戻ってこられたのも、あの服のお陰だよ」
「でも、ディー姉、苦しそう……」
致死性の毒や、酷い損傷を受けても、精神世界で静養すればかなり早く復活できるが、それでもすぐに……というわけにはいかない。場合によっては何日かかるか分からない。
そこで、風精霊に教えてもらった方法を試してみる。
彼女に近付き、蛇に噛まれた場所に右の手のひらを当て、目を閉じて精神世界の中にあるサンディーの存在に意識を集中させる。
「傷付き倒れしこの者に我が力を分け与え、再び立ち上がる力と成さん! 治癒!」
……………。
やっぱりダメか。
なんだか、無茶苦茶恥ずかしい。
「あーもう、見てられないわね。ハルキ、アンタは一体何をやってるの?」
「えっ? フィーリア?」
気になって様子を見に来たのだろうか。
暴露話を終えた後は、あとは任せたとばかりに知らぬふりをしていたのに……
「いや、だって、俺はフィーリアの言った通り……」
「それは簡易版って言ったわよね? アンタの場合はいろいろと特殊だから、ちゃんと正式な方法でやったほうがいいって、そう教えたはずだけど?」
「けど、あれは……」
「こういう時に試さなくてどうするの? いざって時に困るのは、ハルキなんだからね」
それでもためらう俺に向かって、サンディーは「だったら私で試して、お兄ちゃん」なんてことを言ってきた。
本人がそう望むのならと、心を決める。
「じゃあ、サンディー。召喚印を出して」
「えっ? うん」
服をまくり上げ、胸を持ち上げたサンディーに顔を近づけ……
「俺の力を分け与え、サンディーに癒しをもたらさん……」
もう聖句なのか何なのか分からないが、とにかく心を込めて、印に唇を当てる。
…………!?
身体から一気に力が抜けていき、そのままサンディーに寄りかかるようにして倒れてしまった。
「えっ? ちょっと、お兄ちゃん?!」
起き上がろうとしても手足に力が入らない。
驚きの声を上げるサンディーに抱きかかえられながら、背後から「ハルキ、やりすぎ……」という風精霊の呆れた声を聞いた。




