23 領主さまの命とあらば……
たぶん……だが、この男が死んだところで、隣村が戦争を仕掛けてくることはないはずだ。だが、何かを企んでいるのは間違いない。
それが、この男なのか、隣村なのか、他に首謀者がいるのかが問題だ。
「ハル兄、この人が指揮官。首を取れば、戦いが終わる」
「まあ、慌てるな。この男はただの使いっ走りだ。指揮官は別にいる。その事を含めて、洗いざらい話してもらう必要があるから、殺すのは後だ」
「さすがハル兄、拷問も得意?」
この容姿で、なかなか物騒なことを言う。
冗談だろう……とは思いたいが、シアのことだから、本気で言っている可能性が高い。
それを聞いて使者の男は、「ヒッ!」と、怯えた声を上げた。
正直なところ、こんな男に構っている場合ではない。
ひとりきりで奮闘しているであろうサンディーのことが心配だ。
心の中で「サンディーを手伝ってやってくれないか?」と、メイプルに向かって話しかけてみたが、伝わっている様子はない。
ならばと、メイプルに向かって、現出するよう強く願ってみた。
やはりまだ言葉は届かず、強い思いならばかろうじて伝わる……そんな感じだ。
願いに応えるようにメイプルは空中に現れ、フワリと軽やかに着地する。
「ありがとうございます、お兄さま」
「悪いが、サンディーのほうを頼む」
「分かりました。お任せください」
今のは何だ? ……と騒ぐ男に「見たな?」と、少し悪ノリしながら意味深に答えて気絶させる。
変なタイミングで目覚められ、騒がれても困るので、三人まとめてしっかりと縄で拘束し、猿ぐつわをかました上で麻袋を頭に被せておいた。
あと、何時間かかるか分からないが、作業が終わってからゆっくりと調べればいい。そう思っていたのだが……
「どうやら、無事だったようね……」
どこかから、聞き覚えのある声がした。というか、間違いなく風精霊の声だ。
すぐ近くに居たのに気付かなかったが、精霊とはそういうものだ。
それよりも、何か知っているのか、無様な姿になった三人組を見て、風精霊はコクリコクリとうなずいた。
「心配はいらなかったようね。もうすぐマスターがお客様を連れてここにくるから、粗相のないようにお願いするわね」
「ちょっと待ってくれ。いま大変な作業の真っ最中なんだ。込み入った話はその後でお願いしたいんだけど……」
「いや、だって、領主さまをお待たせするわけにはいかないでしょ?」
「へっ……? いま何て? ……りょうしゅ?」
「そう、領主さま。理由はいろいろあるけど、この話し合いでハルキの将来が決まるから、発言には気を付けたほうがいいわよ?」
「いや、だから、どういうこと?」
「あーでも、下手に誤魔化したり、嘘を吐いたりしないことね」
これ以上、問い詰めても無駄なようだ。
……というか、すでに物々しい足音が聞こえてきている。
じゃあ、頑張ってね。……と言い残して、慌てたように小さな姿が消えた。
わざわざ風精霊が姿を見せてくれたのは、少しでも心構えができるようにという優しさなのだろう。
その気遣いはありがたいけど、いきなり領主がやって来るとか……。せめて、ひと言でもいいから説明が欲しいところだ……
よく考えてみたら、この状況はマズくないだろうか。
隣村の使者を気絶させ、拘束しているのだ。
だが、それを見ても、風精霊は慌てたり怒ったりすることなく、それどころか「よくやった」と言わんばかりの様子だった。
ますます、わけが分からない。
「シア、疲れの方はどうだ? もう一度、小屋で休んでくるか?」
「もう平気。しっかり休んだし、準備運動も終わった」
「そっか。じゃあ、こっちはいいから、窯のほうを頼む」
「うん、分かった。ハル兄、何かあったらすぐに呼んで。シア、敵をやっつける」
「できれば、そんな事になって欲しくないけど、その時は力を貸してくれ」
一人だけ馬に乗っているのが領主なのだろう。
見たところ五十代か六十代か……
普段から身体を鍛えているのだろう、贅沢太りをしている様子はない。質実剛健というのか、確かに年齢を重ねているが、体つきは若々しく見える。
それも関係があるのか、なんというか……すごく貫禄があった。
領主が馬から降り、その護衛なのだろう、六人の兵士が周囲の警戒や馬の世話を行っている。
それに同行していたフェルミンさんも、黒狼から降りて軽く労をねぎらい精神世界へと帰す。
何事かとフェルミンさんに視線を送るが、それには応えず、紹介を始めた。
「ブロウデン卿、こちらが話しておりました、私の弟子ハルキ・ウォーレンです」
「お、お目にかかれて光栄です。ハルキ・ウォーレンと申します。領主さま自ら、このような地まで足をお運び下さり、誠に痛み入ります」
片ヒザを付いて畏まり、なんとか挨拶をひねり出した。
ここでも学院の知識がなんとか役立った……と思う。たぶん、失礼のない程度のことは出来ただろう。
「我が領地を騒がせておった灰黒猪の討伐、ご苦労だった。褒美を取らせる。今後も我が領地の為に働くがよい」
兵士の一人が近付いてくる。
どうすりゃいいんだ? ……と、フェルミンさんに視線で助けを求めるが、知らんぷりをされてしまった。
まさか、ここで受け取らないという選択肢はない。それでは、領主さまに無駄足を踏ませたことになってしまう。
拳二つ分にもなる小袋を両手で恭しく受け取る。
「ありがたき幸せに存じます。より一層、領主さまの為に働きます」
それで用件は終わり……ではなかった。
なぜか領主は、こちらをジロジロと見つめている。
「メイリア嬢、貴女の言葉を疑うわけではありませんが、この者があの怪物を?」
「信じられないのも無理はありませんが、この者は私の弟子。召喚術士の真価は、召喚体を使ってこそ活かされるものですわ」
「それを見せてもらっても構いませぬか?」
「あら、もうすでに見てらっしゃいますよ。あちらに居る娘たちがそうです」
「……!? 真か? ならば、どれほどの実力か見せて頂きたい」
なんだか不思議な感じだ。
領主と言えば貴族。その貴族さま相手にフェルミンさんが世間話をしている。それも、どちらかといえば、年上の領主のほうが気を使っている感じだ。
いくら宮廷召喚術士が、国王直属の特別任命官だとはいえ、貴族に敬意を示すのは当然だと思うのだが……
「ハルキ、領主さまが実力を知りたいそうだから、シアちゃんを呼んでもらってもいいかな?」
断ったり説明を求めたりできる雰囲気ではない。
心の中で、シアに向けて、こっちに来て欲しいと強く念じる。
「ハル兄、どうしたの?」
「こちらが、私の中でも力が自慢の召喚体、シアでございます」
そう紹介し、シアにも小声で説明する。
「こちらの方が、領主──村長よりも偉い貴族さまで……そうだな、この村の持ち主で、とってもいい人だ」
「おー、すごい」
本当に理解したのか不明だが、これで少なくとも、いきなり「倒す?」なんて恐ろしい事は言わないだろう……たぶん。
なんというか、仕方のない事だが、これでますます領主は懐疑的になったようで、ならば兵士と手合わせしてもらおう……などと言い出した。
もちろん、全力で止める。兵士を再起不能にしたら大変なことになる。
肉体的にもだが、こんな小さい子に軽くひねられたら、心が折れかねない。
だから、近くにあって前々から邪魔だと思っていた大岩を砕かせることにした。
「シア、余り周りに被害を出さず、あの岩だけを砕くことはできるか?」
「うん、任せて」
かなり無茶苦茶なお願いだったが、それでもシアは即答し、巨大なハンマーを出現させる。ちなみに鎧は作業中からずっと着ていた。
フェルミンさんや、兵士たちが、俺や領主さまを守るように立つと……
「シア、砕け!」
俺の指示で、助走をつけて宙を舞い、岩にハンマーを叩き付けた。
ゴウン……と、凄まじい音と衝撃が広がる。
皆が耳を塞ぎ、顔をしかめる中、軽やかに着地したシアは、何事も無かったかのように、小走りでこちらへと戻ってきた。
「ハル兄、終わった」
シアがそう言った瞬間、岩が爆発し、土煙を上げて粉々に砕け散った。




