127 貴重品も過ぎれば悲鳴となる
いやいや、これは無理だって……
雪で腰まで埋まる山の中、相手はそんな場所を自由に動き回れる獣たち。
その大きさは、体高が俺の身長に迫っており、首を上げれば明らかに大きいし、角だけでも俺が両手を広げた面積よりも大きかった。
背中に乗って、移動手段に使いたいぐらいだけど……
そんなものが、殺る気満々で突進してくるのだ。
相手は草食獣なので食べられる心配はないけど、危険なのは変わらない。
俺は、領主ながらも、B級冒険者として依頼を受けた。
冒険者として依頼を受けた以上、ちゃんと報酬が出るが、田舎なだけに微々たるものだった。これでは、引き受け手がいないのもうなずける。
もしかしたら、断るはずがないからと、足元を見られたのだろうか……
作戦は、俺が囮となっておびき出し、シアが相手の動きを止め、仮面を付けた獣人たち、猫耳獣人と犬耳獣人が、首を掻き切ってトドメを刺す。
一頭だけならこれで終わりだけど、この大角鹿は群れを作る動物で、二十頭以上いた。
なのに、これでも小規模らしい。
やっと五頭目を仕留めたが、相手も興奮して執拗に俺たちへと迫ってくる。
『俺が囮をする意味って、ある?』
ついつい、そんな疑問を投げかけるが、メイプルは冷静に、相手の行動が予想しやすくなるので……と返してきた。
まあ、シアの能力向上のおかげで、深い雪の中でもなんとか動けてはいるけど、囲まれたら終わる。
そう思った瞬間、一頭が前に回り込んできた。
『お兄さま、そのまま全力で走り抜けて下さい』
無茶を言う。
それはつまり、回り込んだ敵に向かって走れということだ。
仕方がない。言われた通り、全力で走る。
『アニさまをやらせたりはしまへんえ』
目の前に跳躍してきた犬耳獣人は、着地しないまま、大角鹿向かって空中を矢のように飛び、手にした剣をギョロリとした目に深く突き刺した。
普段は実体化しているが、ディアーナは幽霊の召喚体だ。
だから、たぶん今のは獣人の身体能力ではなく、みんなにも見える霊体となって、矢のような速度で浮遊したのだろう。
暴れる巨体が横へと逸れて、目の前が開けた。
そこに向かって、全力で走る。
『お兄さま、その木の陰に隠れて、少し休憩していて下さい』
そう言いつつもメイプルは『シアちゃんに強化五を維持。ディアお姉さまに瞬間強化十一の準備を。カウント、四、三、二、一、ハイッ!』などと、なかなか容赦のない指示を飛ばしてくる。
『獣使いらしき男を確保……いえ、ごめんなさい、気絶させてしまいました』
クロエの報告と前後して、大角鹿の統制が乱れた。
やはり、獣使いが操っていたようだ。
戸惑う大角鹿に向かって、今だとばかりに四人が襲い掛かる。
俺とメイプルを除いた四人で、だ。
メイプルの護衛を務めていたサンディーも、ウォーハンマーを担いで参戦する。
『これで十七頭目です。あと七頭、頑張ってください』
メイプルから激励の念話が飛ぶが、俺はすることがない。
なので、みんなを強化しながら、心の中で応援した。
ズズーンという振動で、木々に積もっていた雪がバサリと落ちる。
最後の一頭が倒れる光景を、俺は縛り上げた獣使いの横で見ていた。
生きたままだと精神収納に入れられないが、狩った獲物となれば話は別だ。
とはいえ、二十四頭は多すぎる。
それでもなんとか、体調不良を起こしながらも収納し、犬耳獣人に抱き上げられ、ミレンスの町へと向かう。
ちなみに、メイプルはサンディーに抱えられ、獣使いはシアに担ぎ上げられての凱旋だ。
天候は回復したものの、未だに深い雪の中だ。
なのに、冒険者組合は通常営業だった。
受付の女の人──フラウリーさんが、頭を下げて出迎えてくれた。
「いらっしゃいっす。あっ、領主さま、無事だったんすね」
「ああ、なんとか。こんな状態だけどな」
犬耳獣人から解放され、自分の足で立つ。
だが、やはり気分が悪い。
「あー、やっぱ、帰ってきたんすね。それが賢明っすよ、領主さま」
「いや、だから、領主さまってのはやめてくれって」
「えっと、なんだっけ? ウォーリン卿?」
「ウォーレンだよ。ウォーレンさんでいいから」
「引き返してきたのは正解っすけど、相手の姿ぐらいは拝めたんっすか?」
「ああ、もちろん。全部で二十四頭だった。あと、これ、おまけ」
シアが、担いでいた獣使いを、床に転がす。
「なんっすか、これ。人さらいっすか?」
「いや、こいつが大角鹿を操ってたんだ。それと、どこか、解体できる場所ってあるか?」
「……ウォーレンさん、過激っすね。犯罪者は解体処分っすか?」
フラウリーさんが、自分の身体を抱きしめるようにして震え出す。
「そんなわけ、ないって」
冗談だと思って軽く返すが、フラウリーさんは疑うような視線を向けてくる。
「じゃあ、何を解体するっすか?」
「そりゃ、もちろん、大角鹿だよ」
町の解体場へ連れてこられたが、明らかにここでは狭すぎる。
なので、河原へと案内された。
ここなら血や臓物を流してもいいそうだ。
「じゃあ、まずは一頭目」
俺の声に従って、犬耳獣人が動かぬ巨体を現出させる。
「もう一頭は、こっちだな」
今度は猫耳獣人だ。
二頭の大角鹿を見て、フラウリーさんは目を丸くしている。
「ひゃあ、ちゃんと狩ってきたんすね。さすが領主さま。じゃあ、解体する人たちを集めてくるっすね」
最初こそ、喜んで解体を手伝ってくれた人たちだったが、それが全部で二十四頭ともなると……
「では。これで最後だ」
獣人たちが最後の二頭を出すと、交代を含めて三十名近くいる解体者たちから、安堵とも悲鳴とも取れる声が漏れた。




