125 幸せで穏やかな時間
大量の資料を目の前にして、俺──ハルキ・ウォーレンは、大きなため息を吐いて椅子に身体を埋める。
決して高級なものではないが、クッションのおかげで長時間座っていても疲れにくいらしい。
ソファーでは、ちょこんと座った少女が、俺の倍以上もある資料をテーブルに乗せて読み耽っている。
白い肌をした利発そうな青い瞳、肩辺りで切り揃えられた薄黄色の髪をしたこの少女は、妹のメイプルだ。
俺の四歳下……だったのだが、便宜上決めた誕生日を迎えたので、今は三歳下の十五歳ということになる。
ちなみに身体のほうは成長はしていない……そうだ。
資料の内容は気が重いのに、文字や数字と戯れているメイプルは生き生きとしているようだ。
俺が見ているのに気付いて顔を上げたメイプルは、こちらに微笑みかける。
「お兄さま、どうぞ休憩になさって下さい。サンディーお姉さまに……」
メイプルは言葉を止めるが、その理由がなんとなく分かった。
こちらへと近付いてくる人物に気付いたのだろう。
奥に続く扉から、ノックもせずに顔をのぞかせたのは、メイプルよりも更に小さな女の子だった。
二つ結びにした空色の髪を揺らし、茶色の瞳を好奇心で輝かせている。
「ハル兄、プル姉、ディー姉がお昼にするって」
「ありがとう、シア」
なんだか妖精っぽい雰囲気で、軽やかな身のこなしをする彼女も、俺の妹だ。名前をグレイシアという。
彼女の身体も成長している様子はないが、誕生日を迎えたので、俺の五つ下の十三歳ということになっている。
近付いてきたシアの髪を優しく撫で、メイプルに声を掛ける。
「メイプル。キリの良い所で昼食にしよう」
「そうですね。まだまだ、たくさんありますからね」
山積みにされた紙の束を前に、二人で苦笑する。
俺たちを呼ぶだけなら、念話を飛ばせばいいだけだ。
だから、たぶんシアは、俺たちの様子を見てくるようにと言われたのだろう。
栞を挟んで資料を閉じると、入り口の扉を開けて食事中を示す指示板を出し、俺たちは奥の扉を通って食堂へと向かった。
ディッケス郡は、キュリスベル王国の南海地方に属する辺境の地だ。
そして、この俺、ウォーレン男爵が治める領地だったりする。
未だに信じられないけど、国家召喚術士の資格を得るため、王都へ試験を受けに行ったら、なんやかんやといろいろあり、戻る頃には……
宮廷召喚術士に任命され、第三王女フェルデマリー姫専属の特別任命官となり、その為に男爵位を与えられ、他に成り手がいないからと、ディッケスを治めるようにと命じられた。
なんでこうなってしまったのか……と思うが、それも今さらだ。
このディッケスという地は、自然豊かな場所……と言えば聞こえはいいが、起伏が激しい場所で、王国の中では南方に位置するものの、大陸としては、西岸の中央、やや北辺りという場所になる。
半島であり、南をセラフィット湾、西をランバー海に挟まれており、南西に半島の先端部となるバルバニア郡、東にヒンラ郡、そして北には西海地方に属する、メリンバラ郡、テルメ郡と接している。
このオースフィア大陸は北に行くほど寒くなるのに、なぜかこのディッケスは、大陸の中でも特に冬の寒さが厳しい地域であり、北よりも寒くなる傾向にある。
俺が領主として着任してすぐ、寒波によって雪で道が閉ざされてしまった。
なので、周辺地への挨拶は手紙で済ませ、雪が溶けてから改めて挨拶に伺うと知らせてある。
厳しい寒さだが、ディアーナに頼んで届けてもらった。
とにかく、これでは領地の視察もままならないので、領主の館で日夜勉強をして過ごしている……というわけだ。
他の領主がどういう場所に住んでいるのかは知らないが、俺にはここは広すぎると思っている。
なのに、すぐ近くには、領主城なるものまである。
もっともそちらは、何かと不便らしくて長らく使われていないようだ。
戦乱や魔物の大侵攻がある時代ならともかく、今の平和な世の中では活躍する機会もないだろう。
寂しさを感じる館の中だが、この食堂は別だった。
開け放たれた扉からは、賑やかな声や音と、いい匂いが溢れ出していた。
「あっ、ちょっと」
「ディアーナ姉様、はしたないですよ」
「そないなこと言わんと……。ほれっ、クロエはん、美味しおすえ?」
「あっ……、とても美味しいです」
「だから、つまみ食いしたらダメだって。もうすぐ、お兄ちゃんがくるから……」
なんだかすごく、ホッとする光景だ。
長い金髪を結い上げた青い瞳の女性は、誕生日を迎えて俺の一つ下となった、三つ子の末妹、サンディーだ。
見た目は変わらないものの、すっかりみんなのお母さんといった風格だ。
テーブルに並んだ料理を作ったのも彼女だろう。そして、それをクロエが手伝い、ディアーナが味見と称してつまみ食いをした……ってところか。
目が赤味を帯びていないということは、サンディーも本気で怒っているわけではなさそうだ。
黒髪黒目のクロエは、シアの二つ下で十一歳になった。
控えめな性格で、目立つのも苦手なようだが、とても優しい妹だ。
でも、敵に対しては容赦がなく、諜報や暗殺が得意だと言っていたりする。
そして、騒ぎの張本人、赤髪をポニーテールにした金色の瞳の女性は、ディアーナだ。
サンディーと同じ年齢で、三つ子の真ん中の妹であり、おれと同じ男爵位を持った紅玉の聖法騎士だったりする。
お茶目な性格で、盛り上げ役だが、たぶん妹たちの中でも一番の寂しがり屋だと俺は思っている。
みんなも、こちらに気付いた。
いや、気付いていながらも、部屋に入るまで待っていてくれたのだろう。
「ごめん、お待たせ」
「あっ、お兄ちゃん、おつかれさま。さあ、座って」
「今日も美味しそうだ。さあ、食べようか」
手を合わせ、いただきますと簡単な祈りの言葉を唱えてから食べ始める。
ここには居ないが、銀髪で緑の瞳をしたミアと、金髪で青っぽい瞳のサクヤが、王都で暮らしている。
ミアは、どこか中性っぽい容姿だが、すごくしっかりとした女性だ。
年長三姉妹の、三つ子の長女であり、キッシュモンド商会の会頭をしている。
そしてサクヤは、見るからにお嬢さまという雰囲気を漂わせた、年少姉妹の双子で、クロエと同い年の妹……となっている。
なんとも歯切れの悪い言い方になってしまうが、それも仕方がない。
俺には七人の妹がいるが……
サクヤは精霊契約を交わした幽霊で、残る妹たちは俺が召喚した召喚体だった。




