120 救世の三英雄と王国暦
サクヤに話を聞いたところ、生まれた年は二七四年らしい。
今は、ちょうど五〇〇年だから、二二六年前、つまり二二六歳になるのか……と思ったら、違うらしい。
彼女が生まれたのはキュリスベル王国暦の二七四年で、今はオースフィア大陸暦の五〇〇年だ。
王国暦八二四年に、大陸暦に切り替わったので……サクヤの年齢は、ざっくりと計算して千歳以上ということになる。
その割に違和感なく接することができるのは、幽霊たちのおかげらしい。
それに屋敷も、殺戮の館などという、物騒な名前がつく前は、新たな入居者を何人も迎え入れており、その都度、家具も新しく入れ替えられていた。とはいえ、全て朽ち果ててしまったが。
ただし二階の中央部屋──サクヤの部屋は、時が止まったかのように昔の家具がそのまま残っているので、幸運を呼ぶ部屋として崇められ、代々の所有者によって大事に保存されてきたのだという。
考えてみれば、暦のことはよく知らない。
もちろん名前ぐらいは知っているし、なんとなく理解はしているつもりだが。
メイプルに聞いてみたけど、この地の歴史についての知識は乏しいようで、ならばと一緒にケットシーハウスで、マリーさんの授業を受けることにした。
その内容は……
海を隔てた北方には、ゲヌマと呼ばれる陸地が存在する。
北の大陸と呼ばれることもあるが、陸地があるとは確認されているが、それが大陸かどうかは判明していない。
なんせ、蛮族と魔物が跋扈する場所であり、向かった者の大半は帰ってこないし、帰ってきた者も命からがら逃げてきたので、調査どころではなかった。
軍を送り込んだ国もあったが、結果は同じで、ろくに上陸できずに死傷者を抱えて逃げ帰るか、帰ってこないかのどちらかだった。
学者の見解では、大昔のオースフィア大陸は、定期的に魔物が侵攻しては不毛の地となる、そんな悲しき運命を背負った場所だった。
大陸が生命で満ちると、ゲヌマから大量の魔物が侵入して蹂躙される。時が経ち、再び生命で満ちるとまた魔物に蹂躙される。それが繰り返されていたらしい。
そんな過酷で非情な運命を変えたのが、伝説の三英雄だった。
千三百年以上前というから、もはや伝説に近い話だが……
このオースフィア大陸に、再び生命が根付き、人間による小国が乱立するほどにまで復活していた。
そこへ北から魔物の大群が侵攻してきた。
その時に分かったのは……
魔物は海水を嫌う。
もはや天敵と言えるほどで、魔物が海を渡って来ることは、皆無と言っていいほど非常に稀だ。
空を飛ぶ魔物も確認されていない。
なので、魔物の侵入経路は、オースフィア大陸の東の果て、ほんの一部だけ陸続きとなっている場所からだった。
この時、人類滅亡の危機を救ったのが、救世の三英雄だった。
法術使いエーデワルト、水晶の騎士ボールド、大地の巫女アリサである。
聖なる武器を生み出し、軍を率いて魔物を駆逐した。
さらに、地形を変化させ、北と陸続きになっている場所に断崖絶壁を築き、その向こう側を低地に変え、定期的に潮が満ちて、魔物を洗い流す仕組みを作った……と、真偽は定かではないが、そう言われている。
現在、クリフゲートや、地獄門などと呼ばれている場所だ。
これによって、オースフィア大陸に住む人々は、魔物の大規模侵攻に怯える必要がなくなった。
その後、法術使いは、苦難を乗り越えた人々を率いて新たな国を作った。それが、キュリスベル王国だった。
そして、キュリスベル王国暦が、この時から始まった。
エーデワルト女王は、法術の四大系統を全て扱えた。
……そう言われることが多いが、実際には少し違った。
四大系統とは、キュリスベル王国が、研究と普及を推し進めている、魔導術、聖法術、精霊術、召喚術のことである。
他にも、降霊術、獣使い、幻影術など、様々な法術があるのだが……
エーデワルト女王の法術を、そのまま扱える者はいない。
なので、他の者でも扱えるよう研究し、生み出されたのが、現在に伝わる、様々な法術である。
だから、エーデワルト女王は、四大系統を全て扱えたのではなく、その全てが含まれた法術が扱えたのだ。
女王は、その力を使い、キュリスベル王国のみならず、オースフィア大陸に住む者全てに、大いなる恩恵をもたらした。
法術使いの後世は語り継がれているが、残る二人の英雄、水晶の騎士と大地の巫女については、謎のままだ。
世界が滅ぶかもしれないという苦難の時代だけに、残された資料も少ないのだが、それにしても全くの不明となっている。
それをいいことに、様々な者が、自分たちの祖先は……などと、勝手に名乗っていたりする。
サンクジェヌス帝国では、その前身であるジェヌス帝国の、第三代皇帝ボーデリッツが、水晶の騎士なのだそうだ。
そもそも、そんな時代に、ジェヌス帝国は存在していなかったというのが定説な上に、キュリスベル王国よりも歴史が長いと言いたいがために、第三代皇帝などと言っていることを見透かされ、他国から虚栄心の塊だと嘲笑されている。
今のは極端な例だが、大陸の東にあるゲイルターク王国や、ギムナ皇国でも同様の話が語られており、国家の威信を強化するために、よく利用されている。
マリーさんが言うには、俺が人間を召喚したことで、一時期、キュリスベル王国で真剣に研究されていた議題が復活したらしい。それは……
実は、水晶の騎士と大地の巫女は、法術使いが召喚した、召喚体だったのではないか……というもの。
そう考えれば、伝説に残っている出来事の矛盾が、大幅に解消されるらしい。
たとえば、遠く離れたニ十カ所で、同時に目撃されたという水晶の騎士の伝説など……
「話が大きく逸れてしまいましたわね。少し休憩を挟みまして、暦の話に戻りますわよ」
そう言って、マリーさんはメイドを呼び、紅茶と焼き菓子を用意させた。
「特に目新しいお話は、ありませんわよね?」
「いえいえ、今まで学ぶ機会が無かったので、とても勉強になります」
「私もです」
なぜかメイプルは、俺の理解を超えるような知識は豊富なのに、歴史や風習などの知識が乏しく、常識と思うようなことでも、思わぬ物事を知らなかったりする。
知識が偏っていると言ってしまえばそれまでだけど、なんとも不思議だ。
まあ、そういう所が、魅力だったりするんだけど……
三人で軽くおしゃべりをしながら一息入れると、マリーさんは、今度は大陸歴について話し始めた。




