119 王立学院の訪問
相変わらず、正門や受付では怖がられてしまった。
もちろん、フェルミンさんが……
家の掃除はサンディーに、人形の相手はメイプルに任せたまま……
俺とシアは、フェルミンさんに連れられて、王立学院へとやってきた。
来賓用の応接室へと通され、学院長が出てきたが……
「今日は~、あんたに用はないのよねぇ。可愛い私の後輩を、激励に来ただけだから~。それとも、何かぁ、私に用事でもぉあるのぉ?」
フェルミンさんは、相変わらずの傍若無人っぷりだった。
普段は威厳たっぷりだろうに、哀れにも学院長は、腰が引けしどろもどろになりながら、生徒は授業中だろうと伝えてきた。
さらに、ゲレット先生が今季限りで職を退く意向だ……とも。
ゲレット先生は、俺が退学となるきっかけとなった因縁の相手ではあるが、俺自身、思うところは何もない。
退学になったのは、俺の実力不足が原因だと思っているから、別に恨んではいないし、嫌ってもいない。
だからまあ、このことを聞かされても、思い浮かぶのは「まだ若くて教育熱心な先生だったのに……」って感想ぐらいだろうか。
学院長としては、フェルミンさんの不興を買った原因が去るのだから、どうか矛を収めて穏便にお願いしたい……という意図だったのだろう。
だけど、それを聞いたフェルミンさんは、逆に激怒した。
暴れたりするわけではなかったが、明らかに不機嫌な様子をみせて立ち上がると、見事な作り笑いで問い質す。
「そのおバカさんはぁ、どこにいるのかしらぁ?」
危険を感じ、言葉が詰まる学院長に向かって、さらに……
「どこにいるのかって、聞いてるんだけどな~」
詰め寄って、質問を繰り返す。
俺の感覚が狂っているのか、それとも、俺に向けられた言葉じゃないからか分からないが、フェルミンさんってこんな風に怒るんだと、ある意味微笑ましく感じていたりする。
だが、その矛先である学院長は、思わず腰を浮かせたが、すぐにへなへなと崩れ落ちて座り直すと、教員棟へ行くよう伝えてきた。
今は担当している授業がないのか、ゲレット先生はすぐに見つかった。
教員棟の休憩スペースらしき場所で、新任教師のリリーベルと一緒だった。
何か話し込んでいたようだが、こちらの姿を見ると二人とも立ち上がって、お辞儀をしてきた。
だが、フェルミンさんは、挨拶もせずに、いきなり本題をぶつける。
「アンタ、教師を辞めるんだって?」
「お耳が早いですな。今回のことで、己の未熟さを痛感致しました。見込みのない若者に新たな道を示唆するつもりが、若者の可能性を潰していたのだと知り、後事をこのリリーベルに託し、職を辞することに決めました」
「ふ~ん、それでアンタはどうするつもりぃ?」
「そうですな。田舎に戻り畑を耕そうかと考えております。そこで自然と対話し、心を落ち着ければ、新たな何かが見えてくるのかも知れません」
その答えに、明らかに落胆した様子を見せるフェルミンさん。
「アンタがハルキの真似をしても、何にも変わらないわよぉ。アンタのそれは~、ただの逃げよねぇ?」
「己を見つめ直すには、時間が必要かと……」
「俺は……」
本格的な口論になる前にと、慌てて口を挟む。
「退学はショックでしたけど、それはフェルミンさんの期待に応えられなかったからで……。結果を出せなかったのは事実ですから、その事に納得しています。
今だから言えることですけど、俺にとっては、退学したことも、田舎で暮らしたことも、畑を耕したことも全て、今の俺になるために必要なことだったんだと、そう思うことにしてますよ」
もちろん、あのまま学院に残っていても、召喚に成功していたのかも知れない。
だけど、その場合、あの子たちとは出会えなかっただろう。
そもそも、人を召喚することもなかったのかも知れない。
「だから、俺のせいで責任を感じて辞めるというのでしたら、考え直して下さい」
「そうよぉ。失敗を知ったのなら、それを今後に活かしなさい。間違っていたと気付いたなら、改めなさい。悪い事をしたと思ったのなら、悔い改めなさい。思い通りにならなかったからと放り出すのは、無責任よ~」
なんでだろう。
間違ったことは言っていないように思えるのに、これがフェルミンさんから出た言葉だと思ったら、なんとなく素直に受け入れられない。
でも考えてみればフェルミンさんは、悪い事をしたってことぐらいは思っていても、間違ったことをしているとは思っていないだろうし、思い通りにならなくても、失敗しても、最後は強引に自分の思い通りにしている気がする。
そう考えれば、やはり言葉に嘘はないのだろう。
「その歳で引退を決め込むなんてぇ、絶対に許さないわ~。子供のような癇癪を起こしてないでぇ、大人になりなさい」
相当に迷った末の決断だっただろうに。それを、子供の癇癪と言われたらたまらないだろう。ほら、先生の様子が……
顔を伏せて、肩を震わせている。
それはそうだ。激怒して怒鳴られても仕方がない、と思ったのだが……
……笑ってる?
いつも不機嫌そうにしながら、小言を並べるゲレット先生が、憑き物が落ちたかのように声を上げて笑い始めた。
一瞬、気が触れたのかと心配したが、心から笑っているように見える。
「……そうですな。分かりました。心を入れ替え、また一から励むことに致します。必ずや、ハルキ殿以上の召喚術士を育ててみせますよ」
「そうよぉ。分かれば宜しい。それに、一人でも多くの召喚術士を育てるのよぉ」
俺以上……?
なんでそんな結論になるんだ? ……と、叫びそうになったけど、それが動機や活力源になるのなら、それでもいいかと沈黙する。
「あ~、そうだ。休み時間になったらぁ、ソニア・ブラッドリーを呼び出してねぇ。どこで待てばいい?」
「それでしたら……」
ゲレット先生に指示されたリリーベルが、使われていない教室へと案内してくれた。
ここだと教室からも近いから、休み時間のうちに用事が済ませることができるだろうと言われ、待つことに。
ほどなくして、休憩の鐘の音が響き、ソニアが現れた。
「失礼します」
二歩ほど部屋に入り、足を止め、動きも止まる。
ここまで彼女を案内してきたリリーベルも中に入って、扉を閉じた。
「ソニア。約束通り、プレゼントを持ってきたわよぉ」
「フェルミンさん。わ……わざわざ、ご足労いただき、恐れ入ります」
俺の事は目に入っていないようだが、まあ、仕方がない。
「はい、これ~。たぶん高価なものだから、もしもの時に売ればぁ、いい値段になると思うわ~」
「いえ、そんな。家宝として、子々孫々、大切にします」
なんともフェルミンさんらしい言い方だが、それでもソニアは感激している。
たぶん、それが何なのかは問題ではなく、フェルミンさんから頂いたこと自体に意味があり、とてもとても嬉しいのだろう。
そんな後で、これを渡すのは、さすがに気が引ける。
だがまあ、流れと勢いに任せて、少し強引に差し出した。
「はいこれ。フェルミンさんが使ってたっていう教本だよ。俺が持っているより、一番の弟子のソニアのほうが相応しいかなって」
「そうね~、もしもぉ、大召喚術士になる可能性のある子を見つけたらぁ、渡してあげるといいわ~」
「……えっ? 本当に?」
ソニアは、目の端に涙を浮かべながら、受け取った教本をギュッと抱き締める。
無反応か、それとも冷たい目で見られるかと覚悟していたのに、フェルミンさんの口添えの効果か、何だか指輪よりも感激しているようだ。
まあいい。これで用事は終わった……と、ホッとしていると……
「ハルキ~、ちゃんと、気の利いた言葉~、かけてあげなさいよぉ」
フェルミンさんが無茶振りをしてくる。
おめでとうは、すでに言ってあるし、今さら繰り返すのも変だ。
だったら……
「そういえば、人間の召喚に成功したんだよね。紹介してもらってもいいかな」
現れた青年は、執事服を着た二十歳前後……少し幼さが残る顔立ちなので、二十歳前に見える男性だった。
少し長めの黒髪で、俺よりも少し背が高く、身体は鍛えられているようだ。
「やっぱり~、こうして並ぶとぉ、なんとなくハルキに似てるわよねぇ~」
「ハル兄のほうが、かっこいい」
どの辺りが似ているのか分からないが、フェルミンさんには、俺がこの召喚体と似ているように見えているのだろうか。
それに、シア、気持ちはありがたいが、たぶん容姿は向こうのほうが上だ。
「始めまして、僕はマスター・ソニアの第三召喚体、人型のジン・ブラッドリーと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
なかなか礼儀正しい相手のようだ。
「俺は、召喚術士のハルキ・ウォーレン。こっちが、召喚体のシアだ」
「シアは、ハル兄の妹。よろしく」
二人は握手を交わした。
一瞬、どちらが優れているか……という展開になったらどうしようかと思ったが、力比べは始まらず、普通に握手をして、普通に手を離した。
「聞いていた姿とは、少し違うようですが。ウォーレン様は、複数の人型の召喚体と契約されているのでしたね」
どうやら、召喚体だという自覚をしっかりと持っているようで、従順過ぎて人間らしさが薄いような気がする。
妹たちの中ではクロエが一番近いのだろうけど、それでもあの子の場合、すごく表情が豊かで人間っぽいし、どことなく猫っぽさがあったりと愛嬌がある。
いや、それはいい。もしかしたら成熟した精神の持ち主で、感情を表に現さないようにしているだけかも知れない。
俺の呼びかけに応えて、サンディーが姿を現す。
軽装鎧の仮面姿で。
それならばと、シアも軽装鎧を道具生成して、取り出した仮面を装着する。
みんなと同じがいいからと、普段はシアも衣装に着替えるのだが、いざという時には、こういう芸当もできる。
「たぶん、聞いているのはこの姿のことだと思う」
「はい。その通りです。この姿は、ウォーレン様のご趣味でしょうか?」
予期せぬ暴言に、思わず突っ伏す。
もしかしたら、多くの者に、そう誤解されているのだろうか。
「違うからな。これは彼女たちが自分で作った衣装だから」
「そうなんですか?」
「ああ。世の中はまだまだ全然、人間の姿をした召喚体のことを理解してないからな。突然、隣に居た人間が、巨大な害獣を一撃で倒したら、どう思う?」
「すごい人物だと思われるのでしょうか」
「人間には限度がある。それを超えると化け物じゃないかと疑われてしまう。そこで、実は召喚体だったと知られたら、どうなる?」
「感謝……というわけでは、なさそうですね」
その答えに、俺はコクリとうなずく。
「もちろん、感謝する人もいるだろう。けど、人間のふりをした化け物だって言い出す者が、必ず現れる」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、召喚体として動く時は、この特別な姿をしてもらうことにして、この姿じゃない時は、特別な力が他人にバレないようにしてもらってる」
俺自身、最初はこんな衣装を用意しているなんて知らなかったし、理由もほとんど後付けだが、ちゃんとフェルミンさんやマリーさんも交えて出した結論で……
全ては、妹たちを守るための方策だ。
「この姿の時は、召喚人ってことにしようかと思ってる。もちろん、この姿じゃない時は、人間と同じように扱う」
召喚人というのは、獣の召喚体を召喚獣と呼ぶように、人間の召喚体にも分かりやすい呼び名をつけようと、メイプルが考案してくれた。
まあ、まだ、俺自身、言い慣れていないが。
「そういう事だからぁ、ジンも従いなさいよねぇ。サンディー、余ってる仮面があれば渡してあげて~」
そう言われて、サンディーが取り出したのは、金属光沢のある金色の仮面だった。形状は同じ、顔の上半分を覆うものだ。
作ったはいいけど、派手過ぎて誰も選ばなかったモノらしい。
「ありがとうございます」
さっそくジンが装着するが、思ったよりも悪くない。
執事服と相まって、謎の人物感がすごいが……
「は~い、用事はこれで終わりよ~。授業の合間にぃ、ごめんね、ソニア」
「いえ、師匠のお二人にお越し頂き、とても嬉しかったです」
一瞬、俺たち二人の師匠であるフェルミンさん……と言っているものだと思ったのだが、すぐに違和感に気付く。
「師匠の二人?」
「召喚術の師匠はフェルミンさんですけど、召喚人の師匠はウォーレンさんですよ」
最初はあれほど対抗意識を燃やし、開口一番アンタ呼ばわりしてきた相手から、まさか師匠と呼ばれることになるとは思わなかった。
感慨に耽る間も無く、ここで時間切れとなった。
「そろそろ授業が始まりますけど、どうなさいますか?」
「こちらの用事は終わったから~、もういいわよぉ」
同級生だった人が先生をしているというのは、何だか奇妙な気分だ。
リリーベルに向かって小さくうなずき、用事は終わったと伝えると、最後にもう一度、お礼と激励の言葉を交わし合って、二人は退室していった。
「忙しいのに、サンディーもありがとう。向こうのほうはどうだ?」
「デイジーちゃんも手伝ってくれているから、もうほとんど終わったかな。最後の仕上げと確認ぐらいだと思う。それじゃあ、私は先に戻ってるね」
シアも、道具生成を解除して、元の姿に戻った。
「私たちもぉ、帰ろっか。ねぇ~、ウォーレン師匠ぉ」
「ちょっとフェルミンさん、やめて下さいよ」
この後しばらく、このネタでフェルミンさんにからかわれることになった。




