118 フェルミン屋敷の訪問
授与式が終わり、なぜか俺が宮廷召喚術士に加えて領主となり、ディアーナまでもが聖法騎士となった後だった。
ケットシーハウスで荷物の整理をしている時、大事なことを思い出した。
無事に全てが終わったからと、預かっていた物──おそらくフェルミンさんのものだろうと思われる教本を返そうと風精霊を呼んだのだが……
何でもない時は、ひょいひょい現れるのに、用事がある時に限って、本当に別の場所にいるのか姿を現さなかった。
その声が聞こえてしまったのか、管理人さんが、俺たちの部屋と化した子供部屋に入ってきた。
「どうかされましたか?」
事情を話すと……
「フェルミン様でしたら、何か探し物があるとかで、お屋敷に戻っておられます。もし急ぎの御用がおありでしたら、直接向かわれるのが良いかと思います。そうですね……、でしたら、少しお届け物をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。分かりました」
管理人さんが用意してくれたのは、用事ではなく、手土産だった。
貴族の屋敷を訪れるのに、手ぶらではと思った管理人さんが、気を回してくれたのだ。
それを持って、用心棒のシアと一緒に、言われた場所へと向かった。
だけど、そこはすぐ近くだった。
とはいえ、区画が違う上に、身分証を提示しなければ入れない貴族の敷地が並ぶ場所だ。平然とした表情を装っていたが、内心ではビクビクしていた。
ともかく、ウォーレン男爵にして宮廷召喚術士という身分証と、フェルミンさんに会いに来ましたという用件を伝えると、驚きの表情で丁重に通してくれた。
何に驚いたのか気になるが、ともあれ、無事にフェルミンさんの屋敷に来る事ができた。
なんだか質素でささやかな屋敷に見えるのは、周りの屋敷が派手に飾り立てられているからだろう。
俺としては、このぐらいのほうが緊張しなくて済む。
ノッカーを鳴らして、しばらく様子を見る。
中に誰かがいる気配はするけど、出てくる様子はなかった。
なので、もう一度ノッカーを叩き、今度は呼びかけてみる。
「失礼します。ウォーレンです。師匠は御在宅でしょうか」
今度は反応があった。
というか、カチリと鍵が外れる音が聞こえ、ひとりでに扉が開いた。
まず間違いなく、入って来いということだろう。
「お邪魔します……」
誰が扉を開けてくれたのだろうか。玄関には誰もいなかった。
シアと一緒に、物を踏まないようにしながら、慎重に中へと入る。
それにしても……
「足の踏み場もないな……。シア、踏んだり、壊したりしないように気を付けような。……って、これは、下着?」
なるほど、これが巷で言われている汚屋敷というやつか……と納得する。
二階のほうから物音がするので、呼びかけながら階段を上る。
「フェルミンさん、どこにいるんですか?」
「ふぇ?! その声、まさかぁ?」
階段も、階段の上も大変な状態だった。
なぜ、こんな所に食べかけの……丸かじりしていたと思われる林檎が転がっているのだろうか。
こりゃ、怪談だな……と思ったが、とても笑えない。
まだ、それほど日が経ってなさそうなのが幸いだが、放っておくと大変なことになるだろう。
さすがにもう食べないだろうと思い、精神収納から使い古した布を取り出して、林檎を拾って包む。
「ちょっとぉ、ハルキってば、こんな場所でぇ、何やってんのよぉ?」
「それはこちらの台詞ですよ。何ですか、この有様は。まさか賊が侵入したってわけじゃないでしょ?」
「だってぇ、忙しかったから~。普段はもっとこ~、ちゃんと片付いてるのよぉ」
確認するまでもなく、嘘だろう。
いや、伯爵さまなら使用人がいても変ではないし、普段は片付けてもらっているのなら、丸っきりの嘘というわけではない……のかも知れない。
手の中の、布に包まれた丸かじり済み林檎を精神収納に放り込み、サンディーに処分しておいてくれるようお願いする。
こんな光景、サンディーが見たら嘆くだろうな……。いや、逆に張り切って片付け始めそうな気もする。
「そうそう、これ、管理人さんからの差し入れです」
「あー、うん。ありがとぉ」
「それと、フィーリアはどこかに出かけてたりしますか?」
「あの子には~、ちょっとお使いにでてもらってるのぉ。あの子に用事ぃ?」
「ちょっと、お借りしてたものを返そうかと思ったんですけど……」
「だったらぁ、私が預かろうか?」
できれば直接返したほうが無難なんだろうけど、あの教本がフェルミンさんのものなら、直接返しても問題は無いだろう。
「そうですね。ウラウ村で分かれ際に預かったのですけど。この教本です」
「あー、これねぇ。懐かしいわぁ~」
「やっぱり、フェルミンさんのだったんですね」
それならばと、渡そうとしたのだが……
「返さなくても、いいわよぉ?」
「えっ、でも……」
「そうねぇ。だったら~、一緒に学院へ行ってぇ、ソニアに渡そっか」
「ソニア?」
学院に知り合いなんていない。
いや、先生になった……リリーベル。でも、たしか名前は、クーナ・リリーベルだから、ソニアではない。
「なぁに、その反応。もしかして忘れちゃった~? ハルキってば、薄情よねぇ」
「そう言われても……」
他には、先生たちと……ああ、なるほど。
「一緒に試験を受けた子、ですか?」
「そうそう。あの子、すごいのよぉ」
「たしか、人間の召喚に成功したそうですね」
「ほんっと、驚きよね~。これで女の子だけじゃなくて~、青年の男の人も召喚できるって分かったんだからぁ、お手柄よぉ」
「だったら、今さら初心者用の教本なんか、要らないんじゃ……」
召喚術とは……とか、初めての召喚に挑む心構え、儀式や作法、召喚体との接し方、試験に関すること……なんてものが、今さら必要だとは思えない。
「実はぁ、お祝いに何かをあげようと、思ってたんだけどぉ、な~んにも見つからなくてぇ。ハルキから、それを渡してあげたら、喜ぶわよぉ」
「いや、まさか……。あー、探し物のついでに、サンディーに片付けてもらえるよう頼んでみましょうか?」
「ほんとぉ? 助かるわ~」
案の定、現れたサンディーは、あまりの光景に言葉を失い、エプロンや頭巾を装着すると、気合を入れて掃除に取り掛かった。
「悪いな、サンディー。こんなこと頼めるの、サンディーしかいないから」
「任せて、お兄ちゃん。なかなか掃除しがいのあるお屋敷よね」
「指示してくれたら、俺も手伝うから」
「うん。シアも手伝う」
だったら……と、モノを分類するための場所作りをお願いされた。
もしあの時、フェルデマリー王女に出会わず、ケットシーハウスでの滞在を許されなかったら、この屋敷で厄介になっていたことになる。
二階建てながらも部屋数は少なく、すでに全ての部屋の用途が決まっていて、空いた部屋はない。
一体、どうするつもりだったんだろうか。
それに、なぜフェルミンさんが、一緒にケットシーハウスで寝泊まりしていたのかも、分かった気がする。
「それにしてもフェルミンさん、なんでこんなことになってるんですか?」
「えっとぉ……、それは~」
言葉を選んでいるのか、沈黙するフェルミンさんに変わって……
「まさかって思ったんだけどぉ、本物のハル坊じゃない!」
「よっ、デイジー、お久しぶり。……って、どこにいるんだ?」
どうやったのかは分からないが、玄関を通してくれたのもデイジーだろう。
意外と声は近いのに、姿が見えない。……と思ったら、すぐ近くで丸まっていた、シーツがふわりと浮かび上がった。
俺は、相手の正体を知っているだけに、この程度のことでは驚かない。
だが、シアは、目を大きく見開いて驚いた上で、歓声を上げている。
「わぁ~、すごい。なにこれ」
声の抑揚はあまり変わっていないが、すごく興奮した感情が流れ込んでくる。
「あー、シア、無理に引っ張ってやるなよ。触るなら優しくしてやってくれ」
「うん、分かった」
素直にうなずいたシアが、シーツを引っ張ると、ずるりと落ちて中からぬいぐるみが姿を現した。にこにこ笑顔が可愛い、女の子のぬいぐるみだ。
ただし、宙に浮いたままだが……
「やあ、デイジー、久しぶり」
「ずいぶんとご無沙汰よねぇ、ハル坊。まさか、アタシに会いに来くれたのぉ?」
「まあね。ついでに、いろいろと用事もあるけど、こうして会えて嬉しいよ」
デイジーは、フェルミンさんの召喚体だ。
それも、かなり珍しい人形型であり、その上、強力な力を持っている。
それだけに、とにかく人形の機嫌を損ねてはいけない……のだが、すでにご立腹のようだ。
「あ~、デイジー、そんなところにいたのぉ?」
いやいや、召喚体の居場所は、正確に分かるんじゃなかったのか?
……と思うが、人形が何らかの能力を使っていたら、検知できないってこともあるんだろう。たぶん……だけど。
「もしかして、かくれんぼでもしてた? だったら悪い事をしたな……」
「そんなのもう、どうでもいいわよぉ。ねぇハル坊、ちょっと聞いてよぉ……」
ここから、フェルミンさんに対する不満の奔流が、怒涛となって長々と浴びせられ続けることになる。
簡単にまとめれば、フェルミンさんが全然構ってくれなくて寂しい。それに、自分に家事の一切を押し付けて何もしてくれない……というものだ。
さらに、最近は滅多に家に帰らないし、帰ったと思ったら、あれはどこ……と、物を取りに来て、すぐに出て行ってしまう。
ダメ亭主のクセに浮気までしてるのか……という心境だったらしい。
だから、全てのことを放棄した。
その結果、こんな汚屋敷になった。
それでも全くフェルミンさんに反省の色はなく、忙しいからと今も邪険に扱われたから、隠れていたんだそうだ。
「悪かった、デイジー。たぶんそれ、俺も無関係じゃないと思う……」
いつからの不満か分からないが、ここ数年に渡って家を空けることが多かったのは、全国各地を飛び回って俺を探していたからだろうし、ここ数日は、俺が国家試験を受けるために、いろいろと準備をしてくれていた。
もちろん、他にもいろいろと事情があったとはいえ、この二人が仲違いをしている状態がいいとは思えない。
だからといって、昨日や今日に始まった誤解やすれ違いではなく、長く蓄積された末にだろうから、あまり下手突っつくと逆効果になりかねない。
なので、メイプルにお願いして、相手をしてもらうことにした。
『ごめん、メイプル。俺にはどうしたらいいのか分からなくて……。無理に仲直りさせようとしてもダメだと思うから、少しでもデイジーの気が晴れるように、相手をしてあげて欲しい』
『大丈夫ですよ。任せて下さい、お兄さま』
こんな面倒事を頼むのは、かなり気が引けたのだが、なぜかメイプルは自信満々で引き受けてくれた。
これで少しは機嫌が直ってくれればいいけど……と思いつつ、サンディーの手伝いに戻った。
どうやら、フェルミンさんは、お目当てのものを見つけたらしい。
「指輪ですか? 何か力があるみたいですね」
「やっぱり、分かるぅ?」
宝石のはめ込まれた指輪だった。
仄かに何かの力が感じられる。
でも、俺に感じ取れるのは、そこまでだった。これが何か、までは分からない。
「ずいぶん前に貰ったぁ、危機回避のアミュレットよぉ。全然使って無いしぃ、あの子の合格祝いにどうかなって」
「そうなんですね。フェルミンさんの一番のお弟子さんなんですから、大事にしてあげて下さい」
「もちろんよ~。召喚術を背負って立つぅ、新時代のリーダーになってもらわないとぉ困るわ~。あの子次第で、召喚人を召喚できる召喚術士がぁ、これからどんどん出てくるわよ~」
「そ……、そうなんですね。でも、あんまり無理強いしないであげて下さいね」
「そんなのぉ、分かってるわよ~。ハルキの事だって、ちゃ~んと考えてあげたじゃない」
「あはは……、そうですね。ありがとうございます」
性能を試したいから、ちょっとその辺の棒で殴って欲しいと、フェルミンさんにお願いされたが、できるわけがない。
明らかに不満気に拗ねられたので、仕方なく、軽くでいいならと引き受けたのだが……それが間違いだった。
見事、指輪の効果が発揮され、派手に吹き飛ばされた俺は、水の入ったバケツや洗濯の終わった衣類が入った籠を巻き込みながら床を転がり、サンディーに平謝りすることになった。




