117 愛しの我が家へ
ミアから、一斉検挙は大成功だったと報告された。
マリーさんからも、全員というわけにはいかず、わずかながら反撃を受けて被害も出ているが、主要な首謀者たちは全て拘束したと聞いている。
当初、キュリスベル王国は、暴徒たちが徒党を組み、無謀にも国家への反逆を企てたが、その全てをことごとく阻止し、組織を壊滅させた……という形で発表しようと準備をしていた。
だが、今回のことはさすがに見過ごせなかったようで、方針が変わった。
全てはサンクジェヌス帝国による侵略だと断定し、証拠も発表した。
その中でも、世界に衝撃を与えたのは、帝国が魔物を兵器として使用したことだった。
北の陸地で跋扈し、たびたびこの大陸への侵入を企てる魔物は、人類の敵であり、国家の垣根を超えて対処すべき相手だ。それを、よりによってこの大陸に持ち込み、飼育し、増やし、兵器として使い、隣国を襲わせたとなれば大問題だ。
同様の事件が他の国でも発生していたらしく、キュリスベル王国はもちろん、他の国々も相次いでサンクジェヌス帝国との国交を断絶し、敵と認定した。
これで、サンクジェヌス帝国の野望は潰えたと言ってもいいだろう。
ミアからは、他にも、傍都へ向かう幽霊たちと別れたことや、王都に残る幽霊たちが、わざわざ片付けの手伝いに行っていること……
屋敷の倉庫と精神収納の管理をサクヤが担うようになったことや、屋敷に照明が付き、上水や下水も整い、家具類も到着して屋敷で暮らせるようになったこと。
……なんて話を、ウラウ村へと戻る途中の馬車で聞いた。
それに、旅の途中も、入れ代わり立ち代わり妹たちが手伝いに行って、お土産と共に、状況を報告してくれている。
できれば俺も行きたいが、それは叶わぬ願いだ。
本格的な寒波が近付き、雪が降るようになってきた。
仄かに雪化粧がされているものの、本格的な積雪を前に、なんとかディッケス郡へと入ることができた。
ここが俺が統治すべき土地なのだが、全く実感が湧かない。
「お兄さま。今日はスートの町で宿泊して、明日の朝にでもウラウ村へ向かうことにしましょう。長らく家を開けていたので、何も準備ができていませんので」
「まあ、そうだな。ここまで来れば、急ぐ必要もないよな」
メイプルの意見に同意する。
戻れば掃除から始めないといけないが、あっという間に日が暮れるだろう。
それに、出発寸前までサンディーが手入れをしてくれていたとはいえ、元はボロ家だ。長らく放置されていたのだから、いろいろと修繕も必要だろう。
ここスートの町は、ディッケスにおける東の玄関口とも言える町だ。
王都と比べるのは酷だが、途中の町や村と比べても、おおよそ活気というものが感じられない。
もちろん雪で閉ざされる前ということもあるが、あまりにも寂しい光景だ。
物流も細っているのか、宿屋で出された食事も質素なもので、ある意味懐かしい味だ。
どういうわけか、客もそれほどいないだろうに、ひと部屋しか用意できないらしい。そのくせ、料金は部屋数ではなく、五人分を請求された。
それでも、王都の一泊に比べれば格段に安いのだが、少し腑に落ちない。
案内されたのも、大部屋と言われたが、従業員の雑魚寝部屋のようだった。
まあ、一人ひとりベッドで寝るより、こうして雑魚寝するほうが落ち着くが。
仰向けに寝転がっていると、シアが俺の顔を覗き込んできた。
「ハル兄、難しい顔をしてる」
「まあな。俺だけじゃなくて、この町の人たちも難しい顔をしてただろ? だから、どうすれば笑顔にできるかなって考えてた」
「う~ん」
一緒になって悩んでくれているのか……と思ったら、シアは、クロエを呼んだ。
まあいいや……と、目を閉じていると……
柔らかくも温かいものに、俺の顔面が覆われた。
シアが、俺の顔に、黒猫に変化したクロエを乗せたのだろう。
「そうだな。これなら難しい顔なんて、一発で消えるよな。悪いなクロエ、こんなことをさせて」
「いえ、兄上のお役に立てるのでしたら、何でもしますよ」
肉球で足踏みされる感覚が……とても……気持ちいい…………
身体や腕にかかる重みが心地いい。
どうやら、あのまま眠ってしまったようだ。それもぐっすりと。
メイプルは相変わらず俺の左腕を枕にし、上にはシアが乗っている。
クロエは人の姿に戻って、枕元で身体を丸めていた。
メイプルの向こうにはサンディーが、そして、俺の右腕にはディアーナが抱き付いていた。
「ディアーナ、向こうの用事は済んだのか?」
「まあ……そやねぇ。あんまりやり過ぎてもアカン、言わはるから。キリのええとこでお暇させてもろたんよ」
もう、サンクジェヌス帝国には、誰も残っていない。
つまり、目印がないので、また向こうへ行こうと思っても跳躍ができない。それでも行こうと思ったら、陸路で向かうしかない。
「そっか。でも、あんな場所で何をしてんだ?」
前にメイプルからは、意趣返しのようなことをしていると教えてもらったが、実際に何をしていたのかは聞いていない。
もう終わった事なら教えてもらえるかと思ったのだが……
「ん~……。アニさま、堪忍なぁ。説明するん、ちぃーとややこしゅうて。あ~、何もいけずやあらへんよ。詳しゅう知りたいんやったら、メイプルはんに聞いてくれはらしまへんやろか」
つまり、メイプルの指示に従って動いていたけど、詳しい理由までは分かっていない……というところだろうか。
まあ、これ以上聞いても困らせるだけだろう。
「そっか、お疲れさま。ゆっくり休んでてくれ」
そう言って起き上がろうとするが……
ディアーナは腕をギュッと抱き締める。
「頑張った、ご褒美にぃ……、ちょい、このまま居させて?」
すぐに茶化したり、誤魔化したりするディアーナだが、実はみんなの中で、一番の寂しがり屋で、甘えんぼじゃないかと思っている。
それに、いろいろと頑張ってくれたのは間違いないし、特に幽霊の件は、ディアーナが居なかったら、どうにもならなかっただろう。
「まあ、もう少しだけだったら……」
それを聞いて、ディアーナは、えへへ~と相好を崩してすりすりしてくる。
身体に似合わず、こうしていると小さな子供のようだ。
そう思いながら、もう一度、目を閉じた。
翌朝……というか、再び目を空けたら、朝の弐つ鐘の時間になろうとしていた。
まあ、ここでは鐘を突いたりしないので、太陽の位置で感じ取った時間だが。
それでも何とか、昼前にはウラウ村に到着した。
逸る心を抑えながら、できるだけ馬車をゆっくりと走らせる。
そして、俺は呆然と遠くを見つめた……
「俺たちの家が……」
見事に倒壊していた。




