115 巨大融合魔物
ここで聖法壁を解いたら、肉塊や粘液がこちらに一気に押し寄せて、大惨事になるだろう。
だから、紅玉の聖法騎士には、まだこのまま維持して欲しいとお願いする。
さすがに力を使い過ぎたのか。人形が空中をフラフラと彷徨っている。
それを、シアンが目を輝かせて、ギュッと抱き締めた。
「すごい。デイジー、強い」
召喚人の時は声を出さないように、という決まり事が、すっかり頭から抜け落ちるほど、大喜びだ。
あまり声のトーンは変わらないが、表情と、伝わってくる感情が、大喜びだと訴えかけてくる。
人形は……、表情こそ笑顔のままだが、困惑しているようだ。
「にゃにしてるのよぉ。ていうか、アナタ、アタシのこと、怖くないの? 気味が悪いとか思わないのぉ?」
「えっ、なんで? 強くて、カッコ良くて、かわいい。すごい」
再び、ギューっと抱きしめている。
まあ、それはいいとして……
「フェ……ウィッチ、この始末はどうするんだ?」
「ん~、どうすればいいと思う~?」
「この向こうに囚われの人々がいるのだろ? どうやって助けに行けばいい?」
「あっ……」
クロエは猫になって、別のルートで内部の調査に向かう。
扉が固く閉ざされていことが幸いし、捕まった人たちは無事らしい。
すでにエサにされた人たちの事を思えば、手放しで喜べる状況ではないが、少しでも助けることができたのなら、それで良かったと思うしかない。
「ええっと、ブラックはん? まだ気ぃ抜いたらいけまへんえ。何やさっきから、けったいな気配しとりますえ」
紅玉の聖法騎士は、肉塊を見据えていた。
……震えてる? いや、少しずつ動いている?
ボフッという音に続いてドチャと飛び散ったのは、人形の攻撃だろう。
それでも、一カ所に集まるように、次から次へと肉塊が動き出す。
白銀の聖法騎士は、腕組みをして冷静に分析する。
「これはたぶん。悪霊の仕業だね。呪に冒された悪霊と、負の塊である魔獣が融合したんだろうね」
見る限り、人形の攻撃は効いていないようだ。
ということは、通常の攻撃では効果がない……いや、幽霊を殴れるシア製の武器ならば……
「あー、ハルキぃ。それは止めておいたほうがいいわよぉ。たぶん……だけど、当たっても倒せないと思うわよぉ?」
フェルミンさんに、完全に俺の心が読まれたばかりか、その指摘も的確だった。
メイプルからの指示も、現状維持。
ならばと、襲って来る幽霊を弾き飛ばすことに専念するが、それも徐々に収まったきた。……というか、魔獣の残骸が集まった巨大融合魔物に、幽霊たちが吸い寄せられているようだ。
「ウィッチ、ブラック、建物の外へ。後は、我々聖法騎士に任せて欲しい」
「そやね。ちぃーとばかり、本気ぃ、出させてもらいますえ」
「うん、わかった……」
「マスターブラックともあろうお方が、そんな不安そうにしてたら、あきまへんえ。もっと、どっしり構えてもらわんと」
「そうだな。二人の勝利を信じ、外で待たせてもらおう」
相手が真っ当な生物ならば──剣やこん棒で何とかなる相手ならばともかく、聖法術でないと対処できないのであれば、俺たちは役に立たないどころか、邪魔にしかならない。
メイプルからも、外の救護に加わって欲しいと連絡が来たので、シアンに視線を送って小さくうなずき、一緒に外へと向かう。
騎士たちは、半壊といったところだろうか。
幽霊に乗り移られ、同士討ちを演じたと聞いたが、思ったよりも被害は大きかったようだ。
「シアン、ウィッチと共に、中の異変に備えてくれ」
人形を抱えたままのシアンを残し、負傷者の元へと向かう。
もうすでに状況は落ち着いているようなので、応急処置を施しているイエローを手伝うことにする。
『サンディー、お疲れさま。手伝うよ』
『お兄ちゃんも、お疲れさま。だったら、ガーゼの消毒をお願い』
『それにしても、酷い有様だな。はい、これ』
『そうよね。でも、いきなり味方が斬りかかってきたら、こうなっちゃうよね。ちょっとそこを押さえてて』
『これでいいか』
『うん。あっ、もうちょっと上のほう』
一般の兵士ならいざ知らず、騎士なら毅然と対処して欲しいと思うけど……
『たとえば、そうね……、いきなりシアちゃんが斬りかかってきたらどうする?』
なるほど……と納得するしかない。
同じ騎士だからこそ、苦楽を共にした仲間だからこそ油断も生まれるし、余計に戸惑うだろうし、反撃もためらってしまう。
そりゃ、被害も大きくなるわけだ。
『シアが相手だったら無事じゃ済まないよな……。あっ、はいこれ。包帯』
治療を受けている男が、驚きの表情を浮かべている。
こんな黒ずくめの仮面姿だ。相当胡散臭く思われていたのだろう。
そんな男が治療の手伝いを始めたのだから、心穏やかじゃないはずだ。
なのに、無言のままイエローと見事な連携を見せ、次々と迅速に治療が行われていくのだ。
相手の視線が気になっていたが、治療が終わり、尊敬の眼差しでお礼を言われ、イエローに指摘されて、やっとその事に気付く。
『この程度の治療だったら、ディアーナに任せれば簡単なのにな』
『あー、それは……。お仕えする神様が違うと、大変らしいよ。私にも、よく分からないけど』
『そっか。神様の世界もいろいろあるんだな……』
そういや、ガイゼルさんも、騎士を治療できない……いや、できたらやってるだろうって、誰かに言われたんだっけ? とにかく、信じる神によって相性があるっていうのは、面倒そうだ。
そうこうしている間に、治療を待っている人がいなくなった。
幸い……と言っていいのか分からないが、頑丈の鎧のおかげで、大ケガをした人はいないらしい。
『お兄さま、衝撃に備えて下さい。かなり揺れると思います。それと、ディアお姉さまに瞬間強化二十五を準備して下さい』
メイプルから指示が届いたが、二十五の強化とは穏やかではない。
何か大技でも使うのだろうか。
いや、それよりも……
「皆の者、身体を伏せ、衝撃に備えよ!」
これで何も起きなかったら大恥だが、どっしりと地面に座り、イエローにも身を伏せるよう指示する。
『カウント、五、四、三、二、一、ハイ!』
一瞬の静けさ。そして……
空気が軋むとでも言おうか、ビリビリとした振動が伝わり始め、ズーンという体の芯を貫くような重低音が響き、倉庫から光の柱が立ち昇る。
かなり太い柱だ。それが、天を貫いていく。
少し遅れて、ドンという音と地響きが同時に襲ってきた。
「できるだけ、建物から離れよ!」
今さらだが、とりあえず声を上げる。
これはもう衝撃というより、地震そのものだ。
そこかしこで、廃墟が崩れている音がする。
それに、上からは、倉庫の屋根の残骸だろうか。何かいろいろと落ちてくるので、逃げ場がない状態だ。
ピンクとシアン、そして、黒狼と人形も、落下物が人に当たらないよう対処している。
イエローも、この足場が不安定な中、出現させた巨大ハンマーを飛び上がるようにして振るい、頭上を襲う落下物を叩き砕く。
「おっと。大丈夫か?」
バランスを崩したイエローを、片ヒザ立ちで支えると、揺れが収まった地面を踏みしめながら立ち上がる。
落下物も収まり、光の柱も消えた。
静けさが戻ってきた中……
倉庫から、ギシギシと嫌な音が聞こえてくる。
『お兄さま、強化の準備をお願いします。それと、カウントがゼロになったら、マントを翻しながら、倉庫の入り口に向けて腕を伸ばすように振って下さい』
『えっ? それは……?』
『誰かに命令する感じで、出来るだけ威厳たっぷりにお願いしますね。クロエちゃんへ瞬間強化十八をお願いします。カウント、五、四、三、二、一、ハイッ!』
よく分からない指示の上に、強化対象がクロエなのも謎だが……
言われるがまま……いや、むしろノリノリで、何が起こるのか楽しみにしながら、クロエに力を送り込むと同時に、バサッとマントを翻しつつ、大きく右腕を前に振る。すると……
崩れ始めていた倉庫の入り口が豪快に吹き飛び、中から白銀の聖法騎士と、紅玉の聖法騎士が姿を現した。




