114 デイジーちゃんはお冠
黒狼が豪快に食い千切り、一匹目の魔獣を倒した様子が見える。
俺たちを襲ったのは、二匹目ということになる。
形状も、足は二本で腕が一本だが、尻尾があり、それをくねらせて移動しているようだ。
トカゲに近いが、頭部はクマに近いだろうか。動きだけを見れば蛇のようだ。
「くくっ、聖騎士に魔獣使い。お前は……式神使いか……。どうやって嗅ぎつけたか知らんが、お前らやっちまったよなぁ」
奥から男が出てきた。
これが、仮に首領と名付けた相手だろう。
一番近くにいるのは俺だ。
仕方なく答える。
「どういうことだ?」
本当に、どういうことだろうか。
聖騎士はガイゼルさんのことに間違いないし、魔獣使いもフェルミンさんのことだろう。
だとすると、式神使いというのが俺ってことになる。
式神使いなんてものは初めて聞いたが、こういう格好をしているのだろうか。
「全ての魔獣を放ってやった! そいつらがいねぇと、制御不能だっ! けーひゃひゃひゃあ……、できれば王都を滅ぼしてやりたかったが、仕方がねぇ。代わりにこの街を不毛の大地に変えてやる! けーひゃひゃひゃあ……」
奇妙な笑い声に混ざり、騒々しい音が聞こえてきた。
ピンクから慌てた様子で連絡が飛んでくる。
『兄上、逃げて下さい。この数……、魔獣が十体以上、そちらへ向かっております。急いでこの場を離れて下さい』
王都に避難してきた幽霊の話が真実ならば、ここを占拠してから、せいぜい十日ほどだろう。なのに、そんな数の魔獣をどうやってそろえたのだろうか。
まさか、そんな簡単に増えたり成長したりはしないと思うけど……
「みんな、こっちへ。この部屋を封鎖して、絶対に敵を外へ逃がさないでね」
いつもは間延びしたような、気怠そうに話すフェルミンさんが、しっかりとした口調で手前の通路へ来るよう命令してきた。
そのすぐ後、奥の通路に、魔獣らしき影が見えた。
「シアン!」
トカゲもどきの左脚を斬り飛ばしたシアンが、俺の呼びかけに反応して、一緒に入り口方向へ走り出す。
白銀の聖法騎士も、襲い来る何十体もの幽霊を相手にしつつ、死霊術士に一太刀浴びせたが、災厄の魔女の指示に従い、トドメを刺さずに通路へやってきた。
さらに、入り口から紅玉の聖法騎士が駆け付け、ピンクも跳躍してきた。
どうやら、制御を失っているという言葉は本当だったようで、真っ先に犠牲になったのは、狂気に染まった首領だった。
津波のように押し寄せる魔獣たちに飲み込まれる。
「シアン、ピンク、幽霊に気を付けてくれ。どこから来るか分からないからな」
メイプルの指示でシアンとピンクへ二の強化、外にいるイエローへは三の強化を維持しつつ、ディアーナの強化を六に上げて、周囲を観察する。
死霊術士があの様子なら、幽霊を俺たちにけしかける余裕はないと思うが、事前に命令している可能性もある。
「切り札を使うから~、少しだけ時間を稼いでねぇ」
いつもの、間延びした口調に戻った災厄の魔女の指示に従い、二人の聖法騎士が同時に聖法術を使う。
「「聖法壁!」」
気絶した魔獣使いと息も絶え絶えだった死霊術士も、醜悪な群れの中に消えた。
そして、そのままこちらへと押し寄せた魔獣が、見えない壁に阻まれた。
思わず顔をしかめる。
できれば、あの三人も生きたまま捕まえたかったけど……仕方がない。
もし、少しでも遅れていたら、俺たちもあの中に飲み込まれていただろう。
自業自得としか言いようがないが、なぜ奴らは、そこまでして、この国を滅ぼそうとするのだろう。
いや、今はそれよりも……
これ……大丈夫なのか?
口に出しては言えないが、ついつい内心でそう思ってしまう。
見えない壁はともかく、建物のほうが悲鳴を上げているように思える。
頼みの災厄の魔女はと言えば、困った表情でたたずんでいた……
「ちょっ……あー、えっと、ウィッチ、どうしましたか?」
周りの目がないので別にいいけど、いちおう漆黒の召喚術士を演じ続ける。
「あー、ごめんねぇ。デイジーが拗ねちゃって」
「ずっと留守番だと言って、ボヤいていたな」
王都を出る前、フェルミンさんの屋敷にお邪魔した時……
俺が学院に入学する前以来だから、本当に久々に人形と会ったのだが、思いっきりフェルミンさんへの不満をぶつけられた。
それも、再会の喜びを上回るほどに。
「私が話しても?」
「そうねぇ。そうしてちょうだ~い」
フェルミンさんが、メイプルたちと念話ができるように、俺もデイジーと念話ができる……はずだ。
やったことは無いが、試してみる。
ミアの屋敷にある目印を意識し、更にその向こう、フェルミンさんから分岐する一本の経路をたどり……
『あー、デイジー聞こえる?』
『にゃっ? にゃによぉ、アンタだぁれ?』
『あー、俺だ、俺。ハルキだ。なんか、裏技ってヤツで、話せるらしいから試してみた。相変わらず、機嫌が悪そうだね』
『そりゃそうよぉ。デイジーちゃんはお冠なのよ』
『そっか。できればゆっくり話を聞いてあげたいんだけど、そうも言ってられない状況だから、簡単に伝えるね』
『にゃにかにゃ? ハル坊の願いだったら、ちょ~っとぐらいなら、考えてあげてもいいわよぉ?』
『そっか。やっぱりデイジーは優しいね。じゃあ、お願いするね。今、俺たち、大ピンチなんだ。たぶん、デイジーの助けがないと死ぬと思う。だから、助けて欲しい』
『ま~たそうやってぇ、困った時だけだよね。アタシが必要されるのって……』
『ずっと留守番させられてて退屈だったんだよね。久しぶりに外に出て、思いっきり動ける機会だよ? それに、この前も言ったよね? 王都に俺の妹たちが残ってるから、たまに遊びに行かせるって。もし俺たちが、ここを生き延びれたら……だけどね。もし退屈なら、デイジーのほうから遊びに行けばいいよ』
できるだけ子供を相手にするように、優しく話しかける。
こうして反応してくれているってことは、少しは見込みがあるのだろうか……
『デイジーだけが頼りなんだ。あっ……』
本当にマズい。幽霊たちが襲ってきた。
死霊術士を失い、呪に冒され、悪霊化しつつあるのだろう。
ステッキをこん棒にして、近寄る幽霊たちを弾き飛ばす。
「どうやらデイジーは、相当に不満を溜め込んでいる。私の言葉でも、閉ざされた心には届かなかったようだ」
そう災厄の魔女に報告したが、どうやら人形は、少しはその気になってくれていたようだ。
ポンッと空中に、少女の姿をしたぬいぐるみが現れる。
「もぉ~、仕方がないわねぇ。アタシがいないと、ホントにダメなんだからぁ~」
常に笑顔を浮かべていて可愛いが、これでも怒っている……らしい。
だが、状況を把握して、声のトーンを跳ね上げる。
「って、にゃにこれぇ~。ホントにピンチじゃないのぉ」
「だからぁ、言ったでしょ~。こ~んなに魔獣がいるんだけどぉ、さすがにデイジーでも厳しいかな?」
災厄の魔女は、呆れたような、困ったような声で軽く挑発すると、ズンっと空中に浮かんだまま姿を寄せ、人形が笑顔のまま応戦する。
「しっつれいしちゃうわ~。こんなの、余裕に決まってるじゃない」
「じゃあ、ちゃっちゃと終わらすわよぉ」
俺には、人形が何をしたのか分からなかった。
災厄の魔女が、腕をサッと上げて「やりなさい!」と命じると、見えない壁の向こうの魔獣たちが、次々と破裂していった。
とても正視に堪えない光景が続き、あっという間に全てが動かなくなった。
いや、仕留め損ねた最後の一匹がいたが……
「うにゃ~、しぶといわねぇ~」
そんな人形のひと言と共に、弾け飛んだ。




