112 いざ、大掃除へ
男たちがこの国に来て、何年経っただろうか。
バラバラの時期に潜入し、完全にこの地に溶け込んだ三人だが、上からの命令で破棄された倉庫街に集められた。
昔に大きな災害があり、柵で囲われ、封鎖された区画だ。
これが終われば祖国に帰してもらえると約束されていたが、もう今となっては、規則でがんじがらめの祖国よりは、自由気ままに暮らせるこの国で骨を埋めたいと思っている。
もちろん、そんなことは、口が裂けても言えないが。
主な任務は変わらず、この国の情勢調査を続けることだったが、今は上からの命令を持ち帰ることが最優先となっている。
反対側にはちゃんとした入り口があるのだが、あまり知られていない裏口のほうが、誰からも見られないので重宝している。
それまで飄々とした足取りだった男たちは、封鎖区画に近付くにつれて急ぎ足となり、ひと気が無くなると小走りで裏口へと向かった。
「くそっ、ヤバイぞ。早く知らせねぇと……」
「おい、見張りはどうした?」
いつも立っている見張りが、二人とも居なくなっていた。
扉が閉まっているのはいつものことだが、手をかけても動かない。
三人は焦りの表情を浮かべる。
鍵がかかっているのか、それとも何かに引っかかっているのか……
「何やってる。さっさとしろ」
「いや、だって、扉が……」
その時、ドサッという音がした。
一番後ろにいた男が、声も無く倒れたのだ。
リーダー格の男が「どうした」と声を掛けている間に、扉に手をかけていた男が、呻き声を上げて崩れ落ちる。
最後の男が、襲撃だと気付いて中の仲間に知らせようとするが、声を上げる前に鳩尾を、続いて苦痛で身体を折り曲げた所に後頭部を痛打され、地面に転がる。
薄れる意識の中、チラリと目に映ったのは、桃色に包まれた艶やかな黒髪の天使だった……
外に出ていた敵は、これで全員片付いたと、ピンクから報告を受ける。
これで、敷地内の敵に専念ができる。
ここを占拠したのは、サンクジェヌス帝国の潜入工作員たちだった。
だが、騒動を起こした連中とは、少し様子が違うらしい。
クロエの偵察で魔獣の姿が確認され、使役された幽霊たちが、その世話に駆り出されていることが判明した。
それに、何らかの特殊な技で、魔獣を操っていることも。
どうやって、そんなものを運び込んだのか不明だが、この騒乱に乗じてなのは間違いないだろう。
もしかしたら、数年前に起こったという王都での魔獣騒ぎも、この連中の仕業かも知れない……とは、マリーさんの見解だ。
この破棄された倉庫街は、柵で囲われ、出入りできるのは正面と裏口のみ。
当然、立ち入りは禁止されているが、どうせ誰も入らないだろうと、ろくに警備もされていなかった。
だからこそ幽霊が棲みついたのだろうし、悪人に利用されたのだろう。
中にはいくつかの建物があるが、敵が潜んでいるのは二カ所。
大きな倉庫と、その脇に建つ屋敷。
屋敷といっても帳場に利用されていたものだが、そこで敵は寝泊まりしている。
裏口を封鎖した俺たちは、その屋敷に潜入して、静かに敵の排除を目指す。
昼の弐つ鐘を合図に、この傍都や王都だけでなく、周辺の町や村でも、メイプルが作成したリストを参考に、一斉検挙が行われている。
本来ならば、俺たちが立ち去った後、じっくりと作戦を立てて行われるはずだったのだが、かなり強引に急いで実施されたのには理由があった。
もちろん魔獣が放たれる前に、ということもあるのだが……
騒乱のどさくさで行方不明になった人々が、その魔獣の餌にされていると分かったからだ。
それを俺が知ったのは、この区画に潜入する直前だった。
『もし、お兄さまがそれを知れば、無理にでも急ごうとするでしょうし、食事も喉を通らなかったでしょう。作戦のことを相手に覚られてはいけませんし、作戦の開始時間は決まっているのですから、その直前まで伏せておこうと……、そう私が判断しました』
言葉こそ毅然としたものだが、本当に申し訳ない気持ちで一杯だという感情が伝わってきたので、メイプルにとっても苦しい決断だったのだろう。
今回の計画に多少は関わっているらしいが、規模が大きな作戦だけに、何もかもメイプルの思い通り……というわけにはいかないだろうし、相当悩んだ上で、取り得る策から最善を選んだに違いない。
だから、文句を言うのは間違っているし、そもそも文句を言うつもりもない。
『メイプル、気を使わせたな。おかげで全力が出せそうだ。ありがとう』
この言葉で、少しでもメイプルの気持ちが軽くなればいいけど……
相変わらずというか、用意周到というか、これもピンクの仕業だろう。屋敷内に残っていた三人は深い眠りに落ちており、労せず縛り上げることができた。
何か気配を感じ、視線を向ける。
微かにだが、白いモヤが消える様子が見えた。
もしあれが使役された幽霊なら、すぐに倉庫へ連絡が行くだろう。
『幽霊に見られた。メイプル、急いで合図を。俺たちはフェルミンさんの援護に向かう』
グリーンがうなずいたのを確認し、俺はシアンを連れて、屋敷の入口へと向かう。
詳しく説明するまでもなく、グリーンはガイゼルさんに念話を送り、イエローは護衛に残る。
屋根から正面に向けてピンクが合図を送っているのは、騎士たちに向けたもので、裏技念話のことがバレないための偽装行動も兼ねている。
やはり、あの幽霊に監視させていたのだろう。
屋敷前に黒狼が立ち塞がり、戦いが始まろうとしていた。
「なぜ、こんなところに魔獣使いが……?」
なんて声も聞こえてくるが、黒狼を遠巻きにしている三人に向かって、俺とシアンが斬り込む。
「なんだ、こいつら!」
その問いかけは、ごもっともだが、答えてやる義理はない。
いや、せっかくだから、名乗りをあげてもよかったな……と思ったが、既に身体は動いていた。
一気に距離を詰めると、手にした木剣で、相手のアゴ先を狙い打つ。
目を回し、ガクンと力を失った相手が倒れた。
「ヒュ~、お見事ぉ!」
そのウィッチの歓声と拍手は、誰に向けられたものだろうか。
時を同じくして、シアンの相手もお腹を抱えて悶絶し、残る一人も空から舞い降りたピンクの一撃を後頭部に受けて昏倒していた。




