111 漆黒の召喚術士と災厄の魔女
さすがに風が冷たい。
雲や木々に陽光が遮られると、途端に冷えてくる。
ウラウ村からもってきた防寒服に、俺の服を作った端切れを利用したという手袋や、王都で購入した毛糸で編んだ耳まで覆う帽子まであるので、何とかなるとは思うけど……
本格的に寒くなり、道が雪で閉ざされる前に戻ろうと思えば、たぶんもうギリギリのタイミングだと思われる。
往来が復活した道には、徒歩や馬、牛、それに、いくつもの馬車が走っている。
俺は手綱を操りながら、速度を合わせて前の馬車に続く。
隣にはシアが座って周囲を警戒し、後ろの客車にはメイプル、サンディー、そしてフェルミンさんが乗っている。
ミアとサクヤは王都に残り、クロエとディアーナはずっと別行動だ。
クロエは傍都ベルでガイゼルさんと連携を取り、ディアーナは遥か遠く、南南東にあるサンクジェヌス帝国に潜入していた。
いくら幽霊でも大変だろうに。どうやって、そんな場所まで行ったのか……
一応だがメイプルに、何をさせているのかと聞いてみたのだが、この国を混乱させられた意趣返しですよ……という言葉以外を引き出すことができなかった。
なんでも、上手くいけば、この大陸に平和が戻るのだそうだ。
なんとも大げさな話だが、余計な口を挟んで邪魔をしても仕方がない。
俺の思いを一番深く理解しているメイプルだけに、信頼して任せることにする。
『サンディー、傍都が見えてきたけど混んでるみたいだ。今のうちに昼食を摂って、こっちと代わってくれないか?』
『うん、分かった。みんなにも食べてもらうね』
『そうしてくれ。……ああ、急がなくてもいいからな。たぶん、当分は中に入れそうもないから』
俺たちが向かっているのは傍都ベルだった。
もちろん、村へと帰る旅だが、その前にフェルミンさんを傍都ベルへと送り届け、そのついでに観光をする……という名目になっている。
だが、真の目的は別にある。
幽霊たちが追い出されたという廃墟に用があった。
後ろで物音がしたと思ったら、フェルミンさんが出てきた。
「フェルミンさん、食事は?」
「それはぁ、向こうに着いてからにするわ~」
「でも、こんなに混んでたら……」
「任せてぇ、近道するわよぉ~」
そういうと、俺から強引に手綱を奪い、早く退いてと催促してきた。
あまり速度が出ていないとはいえ、危険極まりない行為だ。
サンディーも代わってくれるというので、毛糸の帽子と手袋を渡し、シアと一緒に客車へと入る。
「お兄さま、シアちゃん、お疲れ様です。寒かったでしょう。すぐに温かいものを用意しますね」
「ああ、助かる」
「プル姉、ありがとう」
とはいえ、横の窓こそ格子と薄衣で多少なりとも外気を遮っているが、前と後ろの窓は開きっぱなしで、風が通り抜ける。
だから、ここもそう暖かいというわけではない。
三人で身を寄せ合って暖を取る。
いきなりフェルミンさんは、列から外れて脇道へと入る。
それは、俺も考えなかったわけではないが……
正門を目指したのは、できるだけ一般人を装い、目立たないようにしてベルに入ろうと思っていたからだが、フェルミンさんは貴族門から堂々と入った。
しかも、俺たちも含めて、何の検査もなく通されてしまった。
まあ、フェルミンさんだけに、そんなこともあり得るのだろう……と思ったが、何の事はない、事前にガイゼルさんが話を通しておいてくれたのだ。
そのまま、馬車ごと、騎士の詰め所へと入る。
「やあ、みんな。よく来てくれた」
「ガイゼル閣下、お久しぶりです」
「これはこれは、ウォーレン男爵殿、よくぞ参られた」
なんだか、こうやって呼び合うのも変な感じだ。
思わず二人で笑い合う。
「ほらぁ二人とも~、バカやってないで、支度をするわよぉ」
小部屋に入った俺たちは、食事と身支度を整えていく。
ちなみに昼食は、お弁当にと渡されたケットシーハウスからの差し入れで、サンドイッチとホットドックが山積みになっていた。
辛いものや甘いもの、それにお肉がガッツリ入ったものや、ジャムを挟んだ軽めのものまで、実に様々だ。
それを、温かいスープと共に頂く。
ガイゼルさんの話では、すでに準備は整っているらしい。
クロエは、相手を見張っているが、今のところ動きはない。
着替えを済ませ、俺たちも例の廃墟へと向かった。
「見事な廃墟ですね」
「ちょっと暴れただけでぇ、簡単に崩れそうよねぇ……」
「だからって、壊さないで下さいね。幽霊たちに返すんですから」
「約束はできないけどぉ、善処するわ~」
なんとも、不安だ。
ガイゼルさんと分かれた俺たちは裏口へと向かい、黒猫の手引きで破棄された倉庫地区への潜入に成功した。
できれば少人数のほうが良かったので、メイプルとサンディーを置いて来ることも考えたのだが、危険を感じたら精神世界に避難すればいいからと、本人たちが同行を強く希望した。
今回は、特命官としてのお仕事だ。なので、彼女たちには、召喚人姿──仮面の軽装鎧姿で参加してもらう。
そして俺も、黒い仮面に黒い服、黒いトップハットに黒マント姿……
フェルミンさんが考案し、半ば強引に着せられ、こんな姿になっていた。
思い描いたのは、漆黒の召喚術士の衣装……なのだそうだ。
「やっぱりぃ、特命官って素性がバレると危険だしぃ、変装は必須よねぇ」
なんてことを言っていたが、なんだか今さらな気もする。
すでに商業組合には明かしてしまったし、冒険者組合や王立学院でも、気付いている者がいるだろう。
そもそも、フェルミンさんは、思いっきり知られてしまっているわけだし、いまいち説得力がない。
だけど……
「私ぃ、この服を脱いだら、誰にも気付かれないわよぉ?」
このひと言で、納得した。
マリーさんにしろ、ガイゼルさんにしろ、プライベートと特命官の姿を使い分けている……ような気がする。
だからといって、今の俺の姿は、悪目立ちが過ぎる。
これでステッキでも持てば、物語に出てくる魔術士のようだ。
……いや、奇術師のほうが近いだろう。
「マスターブラック。その……すごく似合っておられると思います」
クロエの反応も少し微妙で辛いが、こうなれば漆黒の召喚術士、マスターブラックとして振る舞うまでだ。俺自身と同一人物だと分からないほどに。
さらに、フェルミンさんからは、こんな注文も付け加えられた。
仲間なんだから、任務中は、余計な気遣いも敬語も不要。私の事も「ウィッチ」と呼ぶように……と。
でも、すでにフェルミンという名前が知れ渡っているので、別にフェルミンでも構わないらしい。ただし「さん」付けは禁止だそうだ。
ちなみに、妹たちの配色を少しだけ変えている。
サクヤには純真無垢な純白が似合う……ということで、サクヤがホワイトに。
代わって、ミアはブルーとなった。
シアの場合、元々薄い青色だったので、色は変えず、呼び名をシアンにした。
だからまあ、ここに居るのは、漆黒の召喚術士、シアン(シア)、イエロー(サンディー)、グリーン(メイプル)、ピンク(クロエ)、そして、災厄の魔女(フェルミンさん)……ということになる。
もちろん、災厄の魔女というのは俺が名付けたわけではなく、世間でそう呼ばれているらしい。
なんだか秘密組織っぽくて、ワクワクしている自分がいるが……
デビュー戦だけに無様な姿は晒せないな……と気を引き締める。
そこへ、作戦の開始を告げる昼の弐つ鐘が、遠くから鳴り響いた。




