110 王都に別れを告げる
こうして受付にキャロル姉妹が一緒なのは珍しいが、こちらとしては都合が良かった。
俺とシアは、出立の挨拶も兼ねて、悪霊退治の証明書を受け取りに来た。
イライザさんは証明書発行の為に奥へ引っ込んでいるが、かわりにネイザさんが応対してくれている。
「お二人には、お世話になりました」
「冒険者に別れは付き物ですけど……。ハルキさんたちがいなくなると、王都も寂しくなりますね」
「俺も寂しいですけど、雪で道が閉ざされる前に戻らないといけませんから。それに、妹のミアとサクヤがまだ王都に残りますし、召喚人たちにもお使いをお願いすることもありますので、その時はまたよろしくお願いします」
「はい、もちろんです。それにしても、これで妹さんが七人ですか? もしかして、まだ妹さんが居たりしませんか?」
「えっと……それは、内緒にしておきますよ」
「まさか本当に、まだいるんですか?」
そんな会話をしながら笑い合うが、その質問には俺も答えられない。
奥からイライザさんが戻ってきた。
「なんだか賑やかですね。ハルキさん、こちらが証明書となります。本部に提出すれば、依頼料が支払われます」
「ありがとうございます、イライザさん。イライザさんにも、お世話になりました。いろいろと困らせてしまいましたけど、妹や召喚人たちのこともよろしくお願いしますね」
「ええ、もちろん。当出張所でお待ちしております」
こちらも、相変わらずの……いや、少し冷たい感じもするが、なんともイライザさんらしい答えだ。
だけど……
「なあに、お姉ちゃん。緊張してるの?」
「なに言ってるの。ネイザ、まだ業務中ですよ」
「ちゃんと笑顔で挨拶しないと。半年か一年か……しばらく会えなくなるんだよ。そんな仏頂面でいいの?」
仏頂面というよりは、何だか感情を押し殺しているように見える。
この二人には、冒険者になるのを断ったり、そのくせバンバン換金に来たり、かと思ったらいきなり永久組合員になるって言ったり、王さまの前に引っ張り出したり、本当にいろいろと迷惑をかけてしまった。
そりゃ、文句のひとつも言いたくなるだろう。
それを我慢しているのなら、そっとしておいたほうがいい。
「ああ、いいですよ、ネイザさん。本当にイライザさんには迷惑をおかけしましたから。それでは、失礼しますね。どうか、いつまでもお元気で」
シアと一緒に頭を下げ、背を向ける。
……と、いつもの冒険者たちが、口々に別れを惜しみ、エールを送ってくれる。
「ハルキさん、ちょっと待ってください」
何事かと思ったら、イライザさんが何かを持って近付いてきた。
渡されたのは手のひらサイズの木箱だった。
「貴族さま相手にどう接すればいいか分からず、いろいろと失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。こちらは、冒険者組合商用門前出張所からの記念品です。よろしければ、お受け取り下さい」
「記念品?」
「数多くの功績を残されたハルキさんに、とのことです」
「ありがとうございます。開けても?」
「はい、ぜひ」
小さな宝石のペンダントだった。
「幸運のアミュレットとなっております。……その、私自身、驚くようなことや戸惑うことも一杯ありましたけど、貴重な体験をさせて頂きました。その……嬉しかったです。ハルキさんも、お元気でお過ごしください」
「はい、お世話になりました」
さらにイライザさんは、しゃがんでシアと目線を合わすと、小さな袋を渡す。
「シアちゃんには、これね。琥珀糖よ」
どうしようとこちらを見つめるシアに、小さくうなずいてやると、ニッコリ笑顔を浮かべて小袋を受け取る。
「ありがとう」
「シアちゃんも、また来てね」
「うん。お姉さん、またね」
手を振るシアに、イライザさんの表情がほころぶ。
例えるなら、春の残雪を割って新芽が顔を出したかのような……
作り笑いではない、心からあふれ出た笑顔だった。
冒険者組合本部にも寄って、お金を受け取った。
悪霊退治の依頼料だから、マリーさんやフェルミンさんにも受け取る権利があるのだが、ミアの新生活に役立てて欲しいと言われてしまった。
なので、みんなからのご祝儀として全額をミアに渡すと決めていた。
それにしても、よほど困っていたのだろう。正金貨が五枚に、小金貨が多数。大銀貨に至っては百枚を超えており、相当な金額になっていた。
これで、屋敷の設備はひと通りそろえられるだろう。
王立学院への挨拶と、研究員になる予定の召喚人グリーンの紹介も終わった。
商業組合では馬車の準備が進められているが、用事があれば念話が届くだろうし、俺が行ったところで邪魔にしかならない。
「さて、どうするかな……」
残るはケットシーハウスへの恩返しなのだが……
いろいろと考えたけど、結局、何も思い浮かばなかった。
お金や物だと、お礼にはならない。だとすれば、何か心のこもったものを……となるのだが、それが一番難しい。
期限が迫る中、俺はマリーさんに相談することにする。
だけど……
『そのような気遣いは無用ですわよ。あの建物を維持しておりますのは、メイド教育の場としてでありますから、こうしてお客人を招いて実践できましたことこそが、ご褒美なのですわ』
そう言われてしまうと、ますます手詰まりになってしまう。
『……ですので、時々で構いませんので、また妹さんたちだけでもケットシーハウスへ遊びに来ていただければと思います』
『そうですね。村で採れた作物を、時々届けさせるようにしますね』
『それは楽しみですわ。こちらとしては、毎日でも構いませんので、いつでも来るようにと伝えておいてくださいな』
『はい、分かりました。ありがとうございます』
もし、喜ばれるものがあるとすれば、メイド修業に役立つことだろうか。
とはいえ、本職のメイドさんに教えられることなど、そう多くはない。
可能性があるとすれば、家事ならサンディー、知識ならメイプル、交渉や接客ならミアということになるが……
何をするにせよ、管理人さんの許可が必要になりそうだ。
これもまた、あとで相談することにしよう。
「シア、付き合ってくれて助かったよ。串焼き、買って帰ろうか」
「うん。くっしやっき、くっしやっき~♪ こっこのくっしやっき~♪」
シアらしからぬ振る舞いに驚いたが、これはこれで……
「どうした。いきなり歌い出して」
「ディア姉が、嬉しい時は歌えばいいって、教えてくれた」
サンディー……じゃなくて、ディアーナのほうか。
なんともディアーナらしいが、さすがに人目が気になる。
「シアが楽しそうで俺も嬉しいけど、あんまり騒ぐと迷惑になるから、人のいる場所で歌うのは控えような」
「うん、分かった」
あんまり人前で歌わないように……と、伝えたかったのだが……
人前では声を小さめにしているが、小型陸鳥の串焼きを買って食べ始めるまで、シアはずっと謎の曲を歌っていた。
その、翌日……
俺たちは王都を出発した。




