109 俺の望みは……
事前に連絡していたとはいえ、嘘のように簡単に、王宮の中へと通された。
手続きも何も、門番に特命官情報を見せただけだ。
馬車で運んできた木箱は、さすがに中身を調べられたが、問題は無かった。
今日の俺は、貴族さまだった。
この服は、サクヤやマリーさんの意見を元に、頂いた反物を使ってサンディーとミアが仕立ててくれたものだ。
パレットルーム──ミアの屋敷にある屋根裏中央部屋に、最低限の機材を運び込んで作られた。
いわば、新しくなったキッシュモンド商会が作った、最初の作品だ。
パレットルームというのは、ミアが名付けた。
召喚人を色で呼ぶのなら、その待機部屋は、さながら絵具を乗せておくパレットのようなものだ……と。
同行しているフェルミンさんからは、初々しくていいわよぉ……なんていわれたが、服に関していい出来だと褒めてくれた。
そのフェルミンさんは、いつもの魔女姿のままだ。
『マリーさん。部屋に通してもらいました』
『わかりましたわ。手配したので、案内に従ってくださいな』
『はい。ありがとうございます』
無心に硬貨を選り分けながら試行錯誤した結果、みんなの居場所や行動はもちろん、マリーさんとの念話もできるようになった。
もちろん、フェルミンさんや、ガイゼルさんとも。
原因は、判明してしまえば簡単なことだった。
間抜けな話だけど、みんなが重なり合うほど近くに存在していたのに、それに気付かず、さらに遠くへと意識を広げていたのだ。
それに気付いて近くを意識したら、みんなの位置がばらけ、距離や方向だけでなく、どこで何をしているのかも把握できるようになった。
もちろん、目印の場所も。
「王宮だけあって掃除も行き届いてますね。でももっとこう、金ピカに飾り立ててあるイメージがあったんですけど、意外と普通ですね」
「まあねぇ。対外的なこともあるからぁ、最低限の贅沢はしてあるけどぉ、王族のみんなはあまり無駄遣いをしないからね~」
民が苦しんでるのに王族が贅沢三昧をしていたら、民たちの心が離れるし、逆に、民に余裕があるのに王族たちが慎ましやかだと、尊敬する人も多いが、軽んじる人も出てくる……と、教えてくれた。
領主にも言える事だから気を付けるように……という言葉を添えて。
扉がノックされ、案内の女性騎士が現れた。
いきなり王の間とか、大広間に案内されたらどうしようかと思っていたけど、目的地が一枚扉の部屋だったので少し安心する。
女性騎士がノックをして俺たちの来訪を伝えると、中から入室を許可するフェルデマリー王女の声が返ってきた。
扉が開けられ、失礼しますと中へ入る。
数歩進んで、思わず足を止める。
横をフェルミンさんが通り過ぎていき、背後で扉が閉ざされた。
「そう身構えずともよい。よく参ったハルキよ。全てはフェルミンから聞いておる。前々から、そちには礼をと思っておったのだ」
なぜ、王さまが……?
王妃さまの姿も確認し、慌てて跪いて首を垂れる。
「国王陛下、王妃殿下、王女殿下。私のために、わざわざ時間を割いていただき、感謝致します。事前にお伝えした通り、先日、我が妹が購入した物件にて、昔の貨幣や、貴重な文献と思われるものが多数見つかりましたので、ご報告と献上に参りました」
もう、自分でも何を言っているのか、分からない。
とにかく、伝えるべきことは伝えた……と思う。
だが、「ご機嫌麗しゅう」や「ご尊顔を拝し恐悦至極」とかを忘れていた。
「ホントにハルキってば、いつも大げさよね~。いつまでもそんな態度だとぉ、王さまが怖い人みたいでしょぉ? ほら、立って、立って~」
フェルミンさんに、強引に引っ張られ、王さまの前に引きずられていく。
チラリと見えた姫さまは笑顔だったので、今のところはまだ、失礼なことにはなっていないのだろう。
「ハルキよ。知っての通り、我は王である。だが、この場では、我も、ブランマリーも、フェルデマリーも、この国をよくする為に集う特別任命官の同志である。なので、堅苦しい挨拶や言葉遣いは不要だ」
「そうですわ、ハルキ。この場で必要なのは、立場や序列などではなくて、正確な情報や、適切な対処法ですわ。礼よりも、忌憚ない意見こそが重要なのですよ」
そういうことならば……とは、なかなか気持ちを切り替えることはできないが、少しだけ気持ちが軽くなった。
「分かりました。そのように努力します」
どうやら、俺が王都に来て……いや、その前のことも含めて、全て王さまに筒抜けだった。
廃墟の件、国家試験、騒乱鎮圧の活躍、ディッケス前領主の件や害獣退治に至るまで、全てだ。
さらに……
「これに見覚えはありますか?」
王妃さまは、首飾りを外して差し出してきた。
手に取ると、宝石は巨大なのに、ほとんど重みを感じない。
それに、手にしていると、守られているという安心感が広がってくる。
何らかの効果が付与されているのだろう。
「随分と立派な宝石ですね。それに強い力を感じます。……あっ、これって」
王さまが、大きくうなずく。
「そう、そちより献上された石より作られた、鎮護のアミュレットだ。これには随分と助けられた」
「少しでも何かのお役に立てたのでしたら、嬉しく思います。でもこれは、フェルミンさんに託したもの。その功はフェルミンさんへお願いします」
そう言いながら、アミュレットを丁寧にお返しする。
それを受け取った王妃さまは、控えめだが楽しそうに笑う。
「本当に、聞いていた通りですわね。功や恩賞よりも、平和な田舎暮らしを望んでおられると。占の儀でも、御せば縮と消え、放てば幸を生む……などと出ておりましたが、さもあり得ましょう」
「ふむ。己が才覚で田舎暮らしを歩めるよう取り計らったが、それだけでは、ちと褒美が慎ましやかであるな。とはいえ、伯爵とすれば、領地がディッケスのみというわけにもいくまい。いっそ、周辺もまとめて……」
自分で、顔から血の気が引くのを感じた。
意識が遠のき、倒れそうになったところを支えられ、なんとか持ち直す。
「大丈夫かい、兄さん?」
俺をしっかりと抱き留めたのは、純白の召喚人、ホワイトだった。
「助かったけど、こんな場所にいきなり現れたら失礼だろ」
それに姫さまが答える。
「構いませんわ。事情は両親も承知しておりますわよ」
だとしても、さすがにこの姿は失礼だと思ったので、仮面を外させる。
「お初にお目もじ仕ります。マスターの妹として王都にて店を構え、滞在する予定のミアと申します。不躾ながらマスターの危機と知り、馳せ参じました」
「こうして見ても、まだ信じられぬが、真、召喚体なのだな」
この反応に、ほんの少し親近感を抱くが、それよりも、怒られなかったことに安堵する。
「知っての通り、私の召喚体たちは、普段は人として暮らしております。そして、このミアと、もうひとりサクヤが、連絡係として王都に残ります。また、他の者が王都で活動する場合は、この召喚人の姿をさせますが、よろしいでしょうか」
「うむ、許す。であれば、王宮に入るための手筈を整えねばな。フェルデマリーに任せる」
連絡だけならマリーさんに念話を送ればいいだけだが、証拠品などを届けてもらうには、王宮に入る手段が必要だ。
そちらは姫さまにお任せするとして、俺は王さまの説得を試みる。
「お騒がせしました。私にはディッケスのみでも荷が重いと感じておりますので、さらにその周辺もとなると恐縮するしかありません。それに、私のようなものがいきなり伯爵となれば、他の者が黙っていないでしょう」
「ふむ、一理ある。だが困った。それでは皆に、功に報いる事が出来ぬ不甲斐ない王と思われてしまうな」
そんなことは欠片も思わないけど、常に周りからどう見られているかを考えて行動するのは、なかなかに大変そうだ。
これも、信賞必罰の倣いなら、何かを頂かなければ収まらないのだろう。
……すでに十分、いろいろと頂いたような気もするけど。
「でしたら、知識を与えて頂きたく存じます。知っての通りディッケスは、豊かとは言えない地。土の改良や、適した作物の栽培、品種改良というものにも着手したく思います。それに、良き肥やしや、除草、防虫技術なども……」
ついつい熱が入り過ぎた。
だが、王様は、真剣な表情で話を聞いてくれている。
「まだ、あの地の発展に、どのような知識が必要なのか分かりませんので、できるだけ様々なことを知ることができればと願います」
「ふむ。そちの思いは理解した。だが、生活に必要な知識に制限は設けておらぬはずだが」
「存じております。ですが、世に出ている書物は、高価な上に古い技術がほとんど。研究中の知識を得る術はありません。王立学院の見学をと考えてはみたのですが、それは難しいと聞いております。ですので、まずは食べ物を充実させるため、農業、畜産に関する知識だけでも得られればと思っております」
考え込んだ王さまは、フェルミンさんと、マリーさんに意見を求めた。
全てを聞いていたフェルミンさんは、なぜかニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ねっ、王さま。変わった子でしょ?」
「そうだな。そなたがもう一人増えたような気分だ」
それって、俺がフェルミンさんと同じ……?
一瞬の間を置いて、二人同時に否定する。
「ほれ、そっくりだ」
「……まあ、いいわ。ハルキ~、メイプルちゃんを呼んでもらえる?」
たしかに、実際に勉強をするのはメイプルだが……
不思議に思いつつも、フェルミンさんの指示に従う。
俺の呼びかけに応え、軽装鎧姿のメイプルが現れ、仮面を外して挨拶をする。
「お呼びにより参上致しました。メイプルと申します」
「私はぁ、このメイプルちゃんを、王立学院の研究員に推薦するわ~」
またフェルミンさんが、思い付きで無茶なことを言いだした。と思ったら……
「ふむ。採用する」
二つ返事で、王さまが許可を出した。




