106 目印(マーキング)
さらに翌日になると、敷地内の雑草がきれいさっぱり無くなっていた。
なんでも、幽霊たちが夜通し作業をしてくれていたらしい。
その幽霊たちと話し合った結果、ここに残ってミアを手伝ってくれるモノたちと、傍都ベルにあった廃墟に戻りたいモノたちに、分かれることとなった。
そこでメイプルが、その廃墟を取り戻すことを提案した。
とはいえ、相手次第ということになるが……
なんせ、相手が正当に敷地を手に入れて居住権を得たのなら、こちらとしても手出しができない。
幽霊たちを使役して強制労働させているという話は気になるが、それも俺たちが口を挟める話ではない。
ただし、相手が敵国から潜入した者だったり、このキュリスベル王国に仇なす者だったりすれば、王国としても堂々と排除できる。
クロエが調べていたのは、まさにその廃墟についてであり、今日はディアーナも調査に加わってくれている。
代わりにと言っては何だが、こちらにはフェルミンさんが来てくれた。
風精霊が言うには、長い会議に嫌気が差して逃げてきたらしいが……
せっかくだから、例の目印をやってしまおう、ということになった。
やはり、最新の魔導ランタンは明るさが違う。
まだしばらく照明の用意が出来なさそうだったので、奮発して十個も用意した。
それを使って、隅々まで見て回る。
さすが幽霊だ。
暗闇でも平気だというだけあって、隅々まで綺麗になっていた。
まだ外観には廃墟の面影が残っていたが、内部は塵ひとつ無いと言ってもいいほど綺麗になり、すぐにでも入居が出来そうなほどだった。
家具類は全滅だったらしいが、サクヤの部屋だけは家具も内装も綺麗なまま残っていたらしい。
それに、屋敷も驚くほど傷みが少ない。
ディアーナは、サクヤのチカラかも知れないと言っていたらしいけど……
建物は、二階建てに加え、屋根裏部屋があった。
ケットシーハウスに比べれば小さいが、それでもエントランスホールがあるような屋敷だけに、屋根裏も広い。
というか、ちゃんと階段がある上に三部屋に分かれており、壁を厚くして寒暖差対策がされているあたり、元から倉庫ではなく、部屋として設計されていたのではないかという造りだった。
実際、サクヤは、屋根裏部屋に住んだことがあり、お気に入りだったらしい。
身体を悪くしてからは、二階中央の部屋に移ったらしいが……
もう一つの屋根裏部屋は姉が使い、小さな窓が一つしかない真ん中の部屋は、倉庫として使われていた……と話してくれた。
俺たちは、その、倉庫に使われていたという屋根裏中央部屋へとやってきた。
何も物が無いせいか、全員が入れるほどの広さがある。
そこに、俺、フェルミンさん、サンディー、ミアの四人が立っている。
この人選は、ここをサンディーの部屋にするからだ。
正確には、俺の召喚人、イエローの……だが。
もちろん、サンディーは、俺と一緒にウラウ村へと帰るのだが……
サンディーには、屋敷の手入れはもちろんのこと、お店のことでもいろいろと協力してもらうつもりだ。
たけど当然、サンディーは俺の妹であり、普通の人間ってことになっているので、同じ時期に王都でも見かけた……なんて話になったら都合が悪い。
そこで、俺の命令でイエローが王都に残り、ミアやサクヤの様子を俺に伝えたり、いろいろと手伝ったりしている……という形にする。
もちろん、他の者たちも同じで、王都に跳んで活動してもらう時は、仮面の軽装鎧姿になって召喚人として振る舞ってもらうつもりだ。
そしてここが、作業部屋を兼ねたイエローの……というか、俺の召喚人たちが待機する部屋とし、普段は引きこもっている……ということにする。
本当の目的は、妹たちがいつでも王都に来れるよう、目印するため。
でもそれは、王都にはミアが残るので、彼女を目印にして跳べばいいだけの話なのだが……
それに、サクヤも目印になることが分かったので、そうそう困ることはないとは思うけど、誰かに見られでもしたら釈明が大変なので、できれば部屋に跳んでもらったほうが無難だろう。
もちろん、機材をそろえて実際に作業が出来るようにし、ベッドなどもそろえて生活ができるようにする予定だ。
「じゃあ、始めるわよぉ。早速だけど、ハルキ~、身体の一部を渡して~」
「……えっ!?」
「だからぁ、身体の一部よぉ。それを媒体にして陣を描いて、定着させるのよぉ」
なんとなく、イメージはつかめた。
俺の身体の一部を使って陣を描くことで、それを目印にするわけだ。
「髪の毛でもいいですか?」
「あ~、だめだめ。できれば肉があるといいんだけど……」
「それって……指とか?」
さすがにそれは、代償が大きすぎる。
そりゃ、いくつも作るのは無理なわけだ。そう思ったのだが……
「嫌よねぇ、やっぱり~。だったら血でやってみるぅ?」
「それで出来るんだったら、お願いします」
どれだけ必要になるのか分からないが、指を落とすよりかは遥かにマシだ。
「ちなみにフェルミンさんは、何を使ったんです?」
明らかに聞かれたくなかったのだろう。
なぜか顔を赤らめ、視線を泳がせた挙句、内緒だと言われてしまった。
ということは、血以外の何かなのだろうか。
まさか指って事はないだろう。
少なくとも手の指は全部そろっていたはずだ。
「血って、どれぐらい必要なんですか?」
「そうねぇ……。五、六滴ってところかしらねぇ……」
その程度なら、ちょっと指を切るだけで大丈夫そうだ。
正直、それでも少し嫌だけど……
「サンディ~、例のモノぉ、用意してくれた?」
「は……はい、これ。……でいいんですよね?」
なぜかサンディーは、少し顔を赤くして挙動不審になりながら、封のされた小瓶を取り出して、フェルミンさんに渡した。
受け取ったフェルミンさんは、封を解きフタを開けると、取り出した小皿に小瓶の中身を注ぐ。
なんだか、ツンとした刺激臭が漂うが、何かの薬品だろうか。
「じゃあハルキ~、ここに血を垂らしてねぇ」
精神収納からナイフを取り出し、これもみんなの為だと思いつつ、思いっ切って指を切る。
ぷつぷつと染み出すように現れた赤い雫を、グッと力を込めて大きくしていき、小皿の中へと落としていく。
一滴……また、一滴………
「これでいいですか?」
「そうねぇ」
フェルミンさんは小皿を手に取ると、かき混ぜるように軽く揺する。
真剣な表情で、その液体を眺め、やがて小さくうなずくと、床の上に置いた。
「ここからがぁ、コツがいるのよねぇ……」
そう前置きをして、フェルミンさんが説明を始める。
要約すれば、杖で召喚陣を描く要領で、この液体を操作して陣を描くらしい。
その文様は、俺自身の召喚印である『実った稲穂』だ。
「心配しなくてもぉ、大丈夫よ~。イメージさえ、しっかりすればぁ、ハルキなら簡単よぉ」
召喚術士の杖を手に、意識を集中してみるが、いまいちイメージが湧かない。
それが分かったのか、フェルミンさんは更なるアドバイスを送ってくれた。
「この液体がぁ、自分の身体の一部だって思えば、動かせるはずよ~」
だから身体の一部を要求されたのか……
そう思ったら、閃いたとでも言おうか、唐突に理解できてしまった。
文様を描くことはひとまず脇に置いて、液体を動かすことに……いや、身体の一部を動かすことに意識を集中させる。
いや、違うな……
俺の場合、意識を集中させて動かそうと思うとダメな気がする。だから……
目を閉じ、この液体を飲んで身体の一部となる様子を思い描く。
まずは球体にして……、ポンポンと弾むように。
次は、細長くして蛇のように……
ゆっくりと目を開けると、液体は想像通りの姿になっていた。
ならばと、液体の蛇に向けた杖の先を、くるくるとゆっくりと回す。
それにつられて、液体も空中で円を描き始める。
「これ、面白いですね」
「えっと……、そうかも知れないけどぉ、早く描いちゃって~」
じゃあ、そろそろ……
召喚陣を描く要領で、杖の先を床に向けて液体を操作して文様を描いていく。
描くというよりも、イメージを固めるといった感じだが……
はみ出たところや歪なところを少しずつ修正していき、納得のできる出来栄えになったところで、床に押し付ける。
「どうですか?」
「う~ん、そうねぇ。初めてなのに、上手だわぁ。じゃあ、最後はアレよねぇ」
「アレ……ですか?」
契約とは違うけど、印にはキスをするものなのだろう。
床に、しかも、よく分からない薬品と俺の血に……というのは不安だが。
「フェルミンさん。これ、身体に入っても大丈夫ですよね……」
「ん~、たぶん、人体に害はないはずよぉ。飲み過ぎたら知らないけど~」
なら、いいか。
俺は、床に這いつくばって、召喚印を形作る液体に唇を当てる。
液体が光を放ち始め、しばらくして消えた。
床には何も残っていなかった。
薬品のような刺激臭も消えている。
少なくとも目には見えていないのだが、不思議なことに、ここに何かがあるということは分かる。たぶんこれが目印なのだろう。
「じゃあ、さっそく誰かぁ、呼んでみて~」
誰にしようかと迷っていると、メイプルのほうから連絡が来た。
どうやら、離れていても目印を感じ取ることができるらしい。
『じゃあ、頼む』
そう伝えると、目の前にメイプルが現れた。
「さすがです。お兄さま。ちゃんと分かりましたよ」
「じゃあ~、もう一度ねぇ。今度は全員、下の階に降りて~」
俺が返事するよりも早く、フェルミンさんが指示を出す。
言われた通り、フェルミンさん一人残して二階に降りると、再びメイプルに跳んでもらった。
『お兄さま、成功です! フェルミンさんからも、お墨付きを頂きました!』
そんな言葉が、喜びの感情と共に送られてきた。
大変な思いをしてこの場所を手に入れたのも、元はといえば、この目印をするためだ。
それだけに、無事に成功して良かったという思いが心の底から湧き出てくる。
それを息と共に大きく吐き出し……
「あの部屋、好きに使ってもいいからな」
そう言って俺は、サンディーと握手を交わした。




