105 幽霊屋敷の大掃除
契約の翌日、再びミアの新居へとやってきた。
名目は除霊だが、実際には建物や敷地の調査と軽く手入れをするためだ。
幽霊たちとの話し合いは、ディアーナ、サクヤに任せ、ミアとサンディーは建物の調査をしている。
メイプルには、サクヤの世話と全体の指揮を任せてある。
そして、俺とシアは、外で道を切り拓いているのだが、なかなかに大変だった。
特につる植物は厄介で、どこにでも入り込むし、どこにでも絡みつくし、どこにでも根を張る。
それを根気よくブツ切りにして引っこ抜きながら、少しずつ作業できる範囲を広げていく。
こういう時、最大の戦力となるクロエは、別件で出かけている。
魔獣の話をしていた相手をクロエに調べてもらっていたのだが、それに関連した調査があるらしい。
フェルミンさんとマリーさんもだ。
昨晩、とうとうフェルミンさんに置き土産を渡したのだが、それが少々刺激が強かったようで、マリーさんと共に王宮へと行ったきり戻ってこない。
置き土産とは、みんなが調べてメイプルがまとめた、敵の潜入者や協力者たちのリストだ。
表紙なども含めて五百枚以上となる、なかなかの大作に仕上がっていた。
その精査に時間がかかっているのだろう。
とりあえず今日は、裏口から井戸までの道を作ればいい。
まずは建物内を使えるようにしたいのだが、水が使えるようになれば掃除の効率が格段に上がる。
「シア、あんまり無理はしなくていいからな」
「うん。分かった」
頼めば何でも一生懸命に取り組んでくれるのだが、加減というものを忘れがちなので心配になる。
もっとも、先に俺がバテそうだけど……
木製の構造物は悲惨なことになっていたが、石積みの井戸は生きていた。
ボロボロになりつつも蓋が役目を果たしていたようで、あまり中に物は落ちていなかった。
まあ、それでもいろいろと入っているだろうから、飲む気にはならない。
滑車などもないので、事前に用意したロープ付きの桶を使って汲み出し、バケツに移し替えて屋敷の中へと運び込む。
……つもりだったのだが、裏口の前で足を止めた。
扉は開け放たれたままなのだが、そこから見える様子に驚く。
出る時は、障害物だらけで扉に近付くのもひと苦労だったのに、あの惨状が嘘みたいに消えていた。
積もっていた埃も、薄っすらと……ぐらいにまで減っている。
「サンディー、裏口に来れるか?」
「は~い。お兄ちゃん」
姿が隠れていたが、思ったよりも近い場所にいた。
「あっ、お水。井戸は大丈夫だったみたいね」
「まあ、ロープの桶で汲み出さないとダメだけど。大丈夫そうに見えるけど、一応確認してもらおうと思って。どう? 使えそう?」
「濁ってないし、あんまり臭いもしないから、大丈夫でしょ。ありがとう」
「それにしてもすごいな。もう、こんなに片付いたのか?」
俺の言葉に、サンディーは嬉しそうに後ろを振り返る。
そこには、驚きの光景が……
運び込んだホウキやチリトリもだが、チリトリ代わりの板や、ホウキ代わりの角材などが、意思を持ったかのように動き回って、埃を集めている。
それに、時々、物が飛び交う。
「私にもよく分からないんだけど、幽霊さんたちが手伝ってくれてるんだって」
「幽霊が?」
なるほど……と思いつつ、幽霊を見ようと意識を集中させる。
「うぉっ!?」
そりゃまあ、これだけの人数(霊数?)がいれば、片付けるのも早いだろう。
それにしても、幽霊たちが、これほど協力的だとは思わなかった。
普通に考えれば怪奇現象なのだが、日が高くて明るい時間帯に、これだけ大量の幽霊たちが、せっせと掃除に勤しんでいる姿は、滑稽に思える。
もちろん馬鹿にしているわけではない。
「思ったより、早く終わりそうだな……」
「すごいよね。物がどんどん勝手に飛んでいくし、ホウキやチリトリが勝手に動いて掃除をしてくれるなんて、おとぎ話みたい」
「じゃあ、水はどうする?」
「拭き掃除も出来そうだから、どんどん汲んでもらおうかな。そうね……」
サンディーの視線を追っていくと、部屋の一角に、まだ使えそうな水瓶などの容器が集められていた。
「あの入れ物に、溜められるだけ溜めてもらってもいいかな。ここからが、私のお掃除スキルの見せ所……だよね」
頭巾にエプロン姿のサンディーが、雑巾を握りしめて力こぶを作る仕草をする。
「ああ、頼んだぞ。まあ、これだけ手伝いもいるし、大体のところは今日中に終わるかもな」
中の掃除は、彼女に任せておけば間違いないだろう。
ならばと、水を汲みに行こうとすると、サンディーがボソリと呟いた。
「いいな、お兄ちゃん。私にも幽霊が見えたらいいのに……」
「だったら、ちょっと試してみるか?」
「……えっ?」
昨日までは、俺にも幽霊が見えてなかったと思う。
もちろん、ディアーナは別だ。彼女は俺の召喚体だから、幽霊になっても見えていたのだと理解できるが……
心当たりがあるとすれば、やはりディアーナの存在だろう。彼女と契約したことで、何らかの影響があったと考えれば、納得ができる。
それに、何か切っ掛けがあったとすれば、昨日のアレ意外に考えられない。
「ディアーナに憑り付かれた時のイメージを送ってやれば、もしかしたら……」
そこへ、ぬっとディアーナが顔を出す。
壁から顔が……じゃなくて、普通に近付いて横合いから顔を出しただけだが。
「アニさま、いけずやなぁ。憑り付くぅやなんて、人聞きの悪い。あれは、ウチとアニさまが一つになって、力を合わせて戦こうた愛の証やぁ、ゆうのに……」
「またそうやって人をからかって……って、サンディー、落ち着け。あれは協力して戦ったってだけで、愛とかそういうのはディアーナの冗談だからな」
「冗談やあらへんのに……。せやけど、ごめんなぁ。サンはんはホンマにアニさまの……」
「まてまて、話をややこしくするなって」
賑やかで結構だが、こんな調子だけに、ミアが三つ子の長女を引き受けてくれて良かったと思う。今はまだ難しいだろうが、いずれは、暴走気味の二人を上手く制御してもらえればと、期待したい。
「なあ、ディアーナ。俺以外にも、幽霊が見えるようにしたり、声が聞こえるようにしたり……とか、できないか?」
「ん~、どやろ。たぶん出来るぅ思うけど……。アニさまが何しよう思てはんのが気になるし、見せてもろてええやろか」
「まあ、そうだな。奥の手はいくつあってもいいし、試せるうちに試したほうがいいよな。サンディーは、どうする?」
「うん、大丈夫。やって、お兄ちゃん」
迷わず、即答が返ってきた。
ならばと、できるだけ具体的なイメージを思い浮かべ、力と共に送り込む。
俺の試みは成功したが、どうやら力を送り込んでいる時にだけ有効なようで、あまり使い勝手がいいとは言えない……という結果に終わった。
なので、ディアーナに頼むと、おもむろに幽霊となってサンディーに憑依した。
……と思ったら、突然、俺に抱き付いた。
間違いなくディアーナの仕業なんだろうけど、これはこれで悪い気はしない。
「どないです、お兄はん。あたしの身体、柔っこくて、ええ匂いするやろ?」
「ああ、そうだな。でもディアーナ、全然サンディーになりきれてないぞ。それに、これ、絶対に後で怒られるぞ」
俺の腕の中で、サンディーの身体がビクンと震える。
どうやら身体の支配権を取り戻したようだ。
俺にとばっちりがこなけりゃいいな……と思っていたが、サンディーは意外にも冷静で、幽霊が見えるようになったと報告すると、置いてあったバケツを持って屋敷の奥へと入っていった。
「まあ、そうだな。俺の前でも平気で着替えるぐらいだからな」
男として見られていないのは少し寂しいが、兄妹なんだから……じゃなくて、召喚術士と召喚体なんだから、それも仕方がない。
変に意識されるよりは、よっぼどマシだ。
そう思ったのだが……
「そんなことあらへんよ。サンはん、顔真っ赤にして、すっごいええ笑顔してはったわ。ほいで、念話で『ありがとう』やて。ほんま可愛らしいなぁ」
これもまた、ディアーナの冗談だと聞き流すことにして、元気いっぱいに掃除を始めたサンディーの姿を確認してから、俺とシアは水汲みへと向かった。




