104 満開に咲く
戦っている時は必死だったので、あまり分かっていなかったが、相当激しい音が外まで聞こえていたらしい。
時折、閃光が走ったというのは、聖印や聖法術の光のことだろうか。マリーさんの魔導術も派手に飛び交っていたような気もする。
とにかく、そのこともあり、フェルミンさんの思惑通り……か、どうかは分からないが、無事に無料で物件を譲ってもらえることになった。
しかも、思わぬ副産物──悪霊討伐の賞金も出るらしい。
……という連絡が、メイプルから送られてきた。
その少し前……
ミアたちが商業組合に戻り、いざ契約の話を進めようとすると、恰幅の良いおじさんが出てきて、金貨百五十枚という代金を請求された。
それでも格安なのだが……
このおじさんは、ブースカという、ギルモンテの上司だった。
ブースカも組合長補佐の一人だが、序列はギルモンテよりも上で、財務を担当しているらしい。
かなり高圧、かつ、一方的にして事務的に話を進めようとしてくる相手に、メイプルはニッコリと微笑む。
「では、残念ですが、ディアお姉さまには、明日からの除霊は必要なくなったと、お伝えしておきますね」
そう答え、席を立とうとする。
驚いて「除霊は終わったんじゃないのか?」と問うブースカ。
「そうですね。危険な悪霊は祓って頂きましたけど、まだ潜んでいる可能性があるそうです。それに、あの場所は悪霊が集まりやすくなっているようで、根気強く定期的に除霊を繰り返さないと、放っておけばまた現れるそうです」
「そのようで、また明日にでも徹底的に掃除すると言ってました。まだ危険だから、迂闊に入ってはいけない……とも」
メイプルの言葉に、組合長補佐が補足を加える。
それを聞いて舌打ちをしたブースカは、金貨百二十枚と訂正する。
そこで、決め手となったのが、フェルミンだった。
「では、次にフェルミンさんが来られた時は、ブースカさんに任せますよ」
ギルモンテの宣言にギョッとするブースカ。
さらにギルモンテが追い打ちをかけていく。
この除霊を提案したのがフェルミンで、それに彼女自身が加わったと伝える。
フェルミンは、あの物件のことも商業組合の内部事情も全て把握しており、無料で譲ることを条件に協力したのだ……と。
さらに、激しい戦闘音や閃光、ボロボロになった俺の様子などを語り、フェルミン自身も魔女衣装が無残な状態になるほど、身体を張って対処したと熱弁した。
あの土地に棲まう悪霊たちは、商業組合だけでなく、王都にとっても、国にとっても、長年に渡って悩まされ続けてきた問題だった。
組合でも、厄介事を押し付けられたと嘆き、無料でもいいからと引き取り先を探していたような物件だ。なのに、欲を掻いて代金を請求したことがフェルミンにバレたら、どうなるか……
それに、やっと厄介事から解放されたと思ったのに、あなたの横やりで御破算になったと組合長が知ったら、どう思うだろうか……とも。
それを聞いたブースカは、好きにしろと言い捨てて、大きな四角い印鑑を書類に押して、奥へと引っ込んでいった。
「不快な思いをさせて、悪かったな」
「いや、こうして話がまとまったのなら、構わない」
ミアは穏便に事を運ぼうとするが、メイプルは不満気に詰め寄る。
「どうしてあんな人が重要な地位におられるのですか? 本当にこの組合を信用してもいいのかと、疑ってしまいます」
困ったようにギルモンテが頭を掻く。
「ここには、欲の皮が突っ張った連中が山ほど来るからな。そういう奴らにゃ、あれぐらい言わないと話が進まなかったりするんだ。あの人にとって、さっきのは挨拶のようなもんだ」
「ひどい、挨拶ですね」
「違いねぇ。けど、根は優しい人だから、悪く思わないであげてくれ。お詫びといっては何だが、いい事を教えてやろう」
そう言って、ギルモンテは、冒険者組合から賞金が出ていることをメイプルに教えた。除霊の成果を記した、商業組合発行の書簡を添えて……
俺たちがケットシーハウスに戻って真っ先に行ったのは、サクヤの紹介だった。
ケットシーハウスへ向かう道中、俺は、チルがチル・フロイデ・キュリスベルと名乗ったことを明かした。
それは王族を示す名前であり、本当に王家に所縁のある人物だった場合、何かの文献に残っている可能性がある。
それはそれで、彼女の出自や詳細を知る手がかりになるのだが……
王家の人間──正確には幽霊だが、それを俺が従えているという状況は、少々マズいのかも知れないと、思い至る。理由を挙げればキリがないが、不敬罪を問われたり、良からぬことを企んでいると誤解されたり……等々。
どうやら本人は、生前のことには興味がないようなので、彼女の合意のもと、新たな名前に変えてもらうことにした。
そこでクロエが……
「チルという言葉は『散る』に通じます。もちろん美しき名には違いありませんが、その逆の意味で『咲く』というのはどうでしょうか。そうですね……名前でしたら、サクヤ、とするのが良いかと」
そんな提案をしてきた。
クロエが張り切るのも分からなくもない。
自分に妹ができると思っているのだから……
だが、クロエの下となると、あまりにも幼くなり過ぎる。
なので、クロエと双子の十歳ということにした。
「この子は、ミアと一緒に王都で暮らしていた、サクヤです。クロエの双子の妹で、少し身体が弱いのですけど、せっかくなので少しだけでも一緒に過ごそうと、連れてこさせて頂きました」
あまりと言えば、あまりにも苦し過ぎる説明なのだが……
「そういうことですので、よろしくお願いしますわ」
そんなマリーさんのひと言で、すんなりと受け入れてもらえた。
たぶん、言葉が無くても、マリーさんが連れてきた時点で受け入れられていたんだろうけど……
本当に、管理人さんたちには甘えっぱなしなので、芽生えた罪悪感の群生地で遭難しそうなほどだ。
なんとか恩返しをしたいところなのだが、金銭や物品では意味がないだろう。
ここを出立する前に、何かを考えないと……
そんなことを思いながら、いつもの子供部屋へと向かう。
ここへ帰ってくるとホッとする。
俺たちにとっては、いつもの安らぎ空間なのだが……
やはり、こういうのが好きなのだろう。初めて見る童話の世界にも似た雰囲気に、サクヤは満開の笑顔を浮かべ、目を輝かせている。
その手を、人の姿の戻ったクロエが引き、部屋の中へと誘う。
「ありがとうございます。クロエ姉様」
「う~ん、やっぱりクロエが末の妹じゃなくなるのは寂しいな……」
サクヤの言葉を聞いて、つい反射的に呟いてしまった。
そんな……としょげ返るクロエが、とても愛おしい。
だが、意地悪するのも何なので、二人は同列の末妹だが、もしどっちが妹なのかと問われたら、サクヤのほう……ということにする。
それを受けて……
「でしたら、クロエ、お願いしますね」
「はい。サクヤ、こちらこそ、よろしくお願いします」
改めてそう呼び合い、無邪気に笑い合う二人を見つめながら、俺はうんうんと満足げにうなずいた。




