103 重みや熱を感じて歩き出す
事の顛末をメイプルに念話で報告してから、六人で建物を出る。
そのうち、一人は猫の姿で、二人は幽霊だったりするが……
もし、ディアーナが幽霊に戻った時と同じなら、メイプルたちにはチルの姿が半透明になって見えているはずだ。
そして、組合長補佐のギルモンテさんには見えていないはず。
先に、マリーさんとフェルミンさんに確認してもらい、大丈夫だと確信しているが、それでもさすがに少し緊張する。
そう言えば、メイプルから苦戦した様子を装って……などと言われていたが……
俺の場合、実際に傷を受けているし、着衣も乱れ、汚れているので、わざわざ装う必要もないだろう。
フェルミンさんも、あの床を転げ回っただけに、魔女衣装の汚れが酷い。
俺だけ疲労困憊というのも変なので、みんなと同じように胸を張って、何でもなかったと余裕の笑みを浮かべる。
「まさか、本当に無事に出てくるとはな……」
組合長補佐さんが、緊張から解き放たれたといった感じで、少し放心気味に声を漏らす。
それにミアが答える。
「あの四人は特命官だからね」
「四人……って、あの兄ちゃんもか?」
「内緒だけどね。ボクたちの自慢の兄さんだよ」
「お貴族さまになったって話は聞いたが……。なるほど、特命官に……」
改めて、そんなことを言われると照れてしまう。
背後から流れてくる会話に耳を立てながら、マリーさんが門を戻している様子を見つめる。
すこし歪になったが、無事に封鎖が完了した。
組合長補佐さんに向けて、ディアーナが説明を始める。
「ものごっつ手こずってもうたけど、こんなもんやねぇ。目立ってはったんは、あらかた成仏してもろたけど、まだ潜んでるかも分からへんから、迂闊に入ったらあきまへんえ」
ちなみに、チルは俺の近くで漂っているのだが、みんなには念話で見えないふりをするようにと伝えてある。
一応、メイプルに確認すると、半透明になって見えているとの返答があった。
シアの目線が、明らかにチルの姿を追っているが……まあ、大丈夫だろう。
「また、明日にでも、徹底的に掃除させてもらうつもりやけど……。アネさま、話は進めてもろて、ええですよ」
「ありがとう、ディアーナ。助かったよ」
ミアの言う通り、本当にディアーナが居てくれて助かったと、しみじみ思う。
幽霊たちと、友好的に和解できたのは、彼女のおかげだ。
この土地や屋敷を、ミアが買い取ること。
こちらに危害を加えない限り、無理に追い出さず、保護するよう努めること。
悪い噂の払しょくに努め、呪の溜まりにくい場にすると共に、定期的にお祓いをすること。
突然のことだけに、また明日にでも話し合うこと……などを決めてきた。
「ディアお姉さま、ハルキお兄さま、お疲れ様でした。あとはこちらで手続きをしておきますので、先に戻って休んで下さい。マリーさん、フェルミンさんも、ご助力頂き、本当にありがとうございました」
メイプルが、ぴょこんと頭を下げてお辞儀をする。
そう言いながら、念話で『あとはこちらに任せて下さい』と伝えてきた。
ならばと『お言葉に甘えて、ゆっくり休ませてもらうよ』と返答する。
最後にディアーナが、簡単な説明……というか、忠告をして……
ミア、メイプル、サンディー、シア、そして組合長補佐さんに見送られながら、俺たちは殺戮の館、改め、幽霊の楽園……でもなく、ミアのものになる予定の敷地を後にした。
さすがに、この姿のまま移動するとなると目立つ。
ディアーナは鎧を消して外出着に戻っているが、それでもこのメンバーで歩いていたら、目立ってしょうがない。
そんな中に、ボロボロになった俺の姿が混ざっているのは、さすがに少しみっともないので、見送ってくれたみんなの姿が見えなくなると、物陰に隠れて着替えることにした。
その目の前で……
「ちょっと、何を……」
フェルミンさんが、豪快に服を脱いだ。
埃まみれだったから着替えたかったのだろうけど……
帽子を脱げば意外に背が小さいし、ローブを脱げば華奢なので子供に見間違えられるのかも知れないが、これでも二十代の……たぶん後半の女性だ。
あまりにも大胆過ぎるが……
でもまあ、どうせ着替えるなら、恥ずかしがってもたもたするよりも、手早く済ませたほうがいい……というのも分かる。
俺も、急いで服を着ようとしたら、ディアーナに止められた。
「ほんま労しいなぁ。アニさま、堪忍なぁ。すぐに治すよって……」
「ディアーナがそんな顔をする必要はないよ。あれは、俺が対応しきれなかっただけだから。そんなに気にされると、俺のほうが恥ずかしい……」
裸が……じゃなくて、己の未熟さが。
聖法術の癒しだろう。詠唱も何もないが、ディアーナが手のひらをかざすと、みるみる傷が消えていく。
血の跡すら残っていない。
「やっぱり、ディアーナはすごいな。ありがとう。完全に戻ったよ」
激闘の痕跡は、完全に消えた。
これで、管理人さんや、メイドたちが心配することもないだろう。
服を着て、黒猫を抱え上げる。
その間にチルは、ディアーナに言われた通り、実体化しようと頑張っていた。
マリーさんが見守っててくれたのだが、どうやら上手くいかないようだ。
それならばと、俺は簡単に説明をしてから、精神経路が繋がった指輪を通じて、ほんの少しだけ力を送り込んでやる。
目を閉じて、う~んと唸りながら力む姿が、とても健気で応援したくなる。
どうやら力を送り込むだけだとダメなようなので、実体化……というか、普段はあまり意識した事がない、身体があるという感覚──肉体やその動きをできるだけ詳しくイメージして送り込んでみる。
それが功を奏したのか……は、分からないが……
がんばれと念じながら、みんなが見守る中、フッと何かが切り替わるように、チルの姿がはっきりと現れ、着地した拍子にバランスを崩してたたらを踏んだ。
「おっと……、大丈夫か?」
黒猫を片手で抱えたまま、チルを受け止める。
ふわふわとした感じではなく、しっかりと触れている感覚があるし、もたれかかってくる圧力もある。
「成功……かな? ディアーナ、見てやってくれ」
「ほな、こっちへ歩いてくれはります?」
フェルミンさんどころか、マリーさんも興味津々だ。
そりゃまあ、召喚体のディアーナとは違う、本物の幽霊の実体化だ。
俺だって気になる。
ジャンプをさせたり、手を握らせたり、様々な動きをさせて確かめている。
「いやほんま、びっくりやわぁ。細こう言うたらキリぃおへんけど、これやったら、だ~れも幽霊やなんて気ぃ付かへんやろねぇ」
どうやら上手くいったようだ。
「チル、歩けるか?」
なんとか大丈夫そうだが、その歩みは遅いし危なっかしい。
「あんまり無理をしてもしかたがないし、歩く練習は今度にしよう。まずは、身体に慣れないとな。……チル、この子を抱いててやってくれるか?」
黒猫をチルに渡すと、まとめて抱え上げる。
大丈夫だ。しっかりとした重みや熱が伝わってくる。
この状態を無理なく維持できるようなら、妹として紹介しても大丈夫だろう。
「そうねぇ。ニックに乗せてあげようかって思ったけどー。そっちのほうがいいわよねぇ」
フェルミンさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべると、姿を現した黒狼に乗り、さっさと移動を始める。
その後を追いかけて、俺たちも歩き始めた。




